【53話】スクロール
【53話】 スクロール
病院の朝は、早すぎる。
六時。
目が覚めてるかどうかなんて、
誰も確認しない。
「業務開始よ」
キョウコの声で、
体だけが先に起きる。
修行とか、
成長とか、
そういう言葉はもう出てこない。
ただの労働。
⸻
朝の申し送りが始まる。
モンスター達は番号で呼ばれる。
「12番、昨夜も暴走」
「19番、食事制限あり」
「28番……限界ね。
そろそろショーヘイさんに“押して”もらう必要があるわ」
押す。
倒す、じゃない。
でも、その違いを考える余裕はない。
⸻
モンスター病棟。
拘束されたモンスターたちが、
朝から檻を揺らしている。
飯。
掃除。
治療と呼ばれている、
よく分からない作業。
同じことの繰り返し。
気づいたら、
何も考えていなかった。
考えると、
手が止まる。
止まると、
怒られる。
⸻
その中で、
一体だけ目に引っかかる存在がいた。
でかい。
硬い。
ほとんど動かない。
《バッテリー》
この前、
ショーヘイが倒した——
ように見えたモンスター。
砂みたいに消えたはずのやつ。
……ここにいる。
拘束されたまま、
微かに震えている。
「これ……処理済み、ですよね?」
聞いた。
「ええ」
看護師は即答する。
「完全に“処理”は終わってます」
倒した、とは言わない。
⸻
その横。
さらに気持ち悪いのがいた。
無数の指。
全部、親指。
上へ。
上へ。
何もない空間を、
必死に擦り上げている。
止まらない。
名前。
《スクロール》
見ているだけで、
頭の奥がムズムズする。
理由はない。
気づいたら、
ポケットに手が伸びていた。
スマホ。
反射的に、
QRコードを探す。
パシャ。
「ちょっと!!」
怒鳴られる。
「勝手に撮らないで!」
「それ、一応武器でしょ!」
慌ててスマホを下げる。
——そうや。
この世界でスマホは、
モンスターを倒すためのもの。
触る理由なんて、
それしかない。
はず、なのに。
⸻
十八時。
業務終了。
……終わってない。
飯、なし。
給料、なし。
ブラックすぎる。
でも、
文句を言う元気もなかった。
「今から、修行よ」
キョウコの声。
針。
痛み。
倒れる。
夜十二時。
寝る。
朝五時。
また針。
三日。
考えるのを、
やめた。
⸻
「……無理です」
声が、
自分のものみたいじゃなかった。
キョウコは少し考えてから言う。
「病棟、変えてあげるわ」
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プレイヤー病棟。
やることは同じ。
違うのは、
相手が人間なだけ。
……こっちの方が、
しんどい。
喋る。
要求する。
文句を言う。
聞き流す。
考えない。
考えると、
壊れそうになる。
その時。
ベッドの端に、
壊れかけのプレイヤーがいた。
虚ろな目。
親指が、
勝手に動いている。
画面は、ない。
それでも、
上へ、上へ。
何かを探すように。
——さっきのモンスター。
《スクロール》
嫌な予感がして、
またスマホを構える。
パシャ。
当然、怒られた。
⸻
夜。
修行が終わる。
ベッドに倒れ込む。
何も考えたくない。
でも、
手だけが動く。
スマホを開く。
理由はない。
指が、
勝手に上へ滑る。
スクロール。
止まらない。
アルバムを開く。
⸻
モンスター
《スクロール》
⸻
タップ。
そこに映ったのは、
“なり方”だった。
ずっとスマホを触っていた。
食事中も、仕事中も、歩く時も。
友達といる時も。
いつからか、
スマホを持っていない時でも、
親指が上になぞるように動くようになっていた。
止められない。
いや、
止めようとも思っていない。
皆やってることだ。
止められないのは、仕方ない。
上へ。
上へ。
いつしか、
自分なのか、
親指が自分なのか、
分からなくなった。
いつしか、
自分は親指になっていた。
⸻
息を飲む。
震える指で、
次を開く。
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プレイヤー
《ショート》
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スクリーンタイム。
本日
24時間 00分
アプリ別。
動画 8時間42分
ゲーム 6時間15分
ネット 4時間03分
音楽 3時間28分
その他 1時間32分
合計
24時間 00分
待ち受け表示
0分
⸻
「……寝てへんやん」
呟いた声が、
やけに軽い。
でも、
背中に冷たいものが走る。
モンスター《スクロール》。
壊れかけのプレイヤー《ショート》。
そして——
俺。
ブラック労働で、
脳みそが空っぽになった後。
俺も、
何も考えずに、
スクロールしていた。
スクリーンタイムの数字を、
ぼーっと見ていた。
頭が、回らない。
ブラック労働で、
思考が削れている。
《スクロール》
《ショート》
意味は、
分かる気がする。
でも、
考えようとすると、
疲れる。
指が、
勝手に動く。
画面を閉じて、
また開く。
閉じて、
また開く。
「……これ」
「どないしよ」
口に出したけど、
答えは出ない。
止めるべきか。
触らない方がいいのか。
そもそも、
考える資格があるのか。
分からない。
分からないまま、
指が上に滑る。
スクロール。
頭が、空っぽになる。
それだけが、
少し楽だった。
⸻
〜つづく〜




