【36話】 外泊
それから俺は、
毎日、外に出た。
理由は、ない。
外に出て、
少し歩いて、
すぐに戻る。
それでも、
なぜか外出だけは、やめなかった。
何度も、挑戦した。
気づけば、
一時間。
二時間。
午前中いっぱい、
外にいられるようになっていた。
「お、またいくんか?」
「えーなぁー」
ナオキと
マモルさんの表情や仕草で伝わる。
誰も直接口には出さないが
——応援されている。
⸻
ある日、
外泊許可が出た。
ただし、
親に連絡して
迎えに来てもらう必要がある。
病院の中の、
公衆電話。
受話器を持つ手が、
少しだけ震えた。
「……もしもし」
『〇〇!?』
一瞬で、
声が明るくなる。
『良かったぁ……!
体調はどう?
元気?』
家に帰れることを伝える。
聞けば、
何度も病院に来てくれていたらしい。
服も、
色々、持ってきてくれていた。
面会も、
何度も希望してくれていた。
——ただ。
医者が、許可しなかったらしい。
「本人が望まないと、
面会はできません」
そう言われていた、と。
……俺は。
自分から、
「会いたい」とは、
言えなかった。
感謝を伝えて、
電話を切った。
⸻
次の日。
ついに、
外泊の日がやってきた。
落ち着かない。
いつもより、
何周も廊下を歩いた。
「〇〇さーん、
お迎え来てますよー」
向かう途中、
ナオキとすれ違う。
「楽しんでこいよ〜」
軽く、笑う。
「オッケー」
「行ってくる」
俺も、軽く返した。
⸻
車に揺られて、
何時間か。
家に着く。
見慣れた家。
見慣れた玄関。
ドアの前で、
一度、深呼吸する。
「ただいま」
「おかえり」
オカンの声は、
思っていたより、普通やった。
でも、
目だけは、
ずっと俺を見ている。
親父は、
少し後ろで立っていた。
「ちょっと……痩せたな」
それだけ言って、
それ以上は何も言わない。
居間に入る。
いつものテーブル。
いつものテレビ。
オカンが、
当たり前みたいに言う。
「ご飯、どうする?
軽めにしとく?」
「うん」
それだけで、
胸の奥が、少し熱くなる。
親父が、
テレビを見たまま、言った。
「無理せんでええからな」
「帰ってきただけで、
今日は十分や」
俺は、
何て返したらいいか分からんくて。
「……ありがとう」
それだけ言った。
オカンが、
少し間を置いてから言う。
「お風呂、
もう沸いてるで」
⸻
風呂に入る。
湯気が、
ゆっくり天井に溜まっていく。
久しぶりに、
誰にも見られていない時間。
肩まで浸かって、
息を吐く。
……家や。
ほんまに、
帰ってきたんやな。
頭を洗う。
シャワーの音を聞きながら、
色んなことを思い出す。
白いロビー。
ナオキの顔。
外の空気。
それから、
さっきの、オカンと親父の声。
「帰ってきただけで、今日は十分や」
その言葉を、
頭の中で、何度もなぞる。
泡だらけの手で、
何となく、かかとをこする。
……ん?
なんやこれ。
めっちゃ、黒いやん。
床に足をついて、
もう一回、ゴシゴシ。
泡を足して、
全力でこする。
……取れへん。
皮脂でも、
泥でもない。
違和感。
しゃがんで、
よく見る。
黒い……
というより、
滲んでる。
線、や。
——待て。
これ……。
滲んだ、
QRコードみたいに見える。
はっ、と息が止まる。
心臓が、
遅れて跳ねた。
⸻
俺は、
慌てて風呂を出た。
遠くの方で
おかんが
「熱かったぁー?」
と聞いてる。
そのまま自分の部屋に
_______
返却してもらった、
二台のスマホ。
画面が、
バキバキに割れている方を手に取る。
カメラを起動。
ブレる。
でも。
かかとの、
滲んだQRコードにかざすと——
そこだけ、
綺麗にピントが合った。
ピ。
『アルバムに保存されました』
恐る恐る、
アルバムに手を伸ばす。
——
続く。




