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【34話】 歩

時間解放は、

いつの間にか完全解放になっていた。


廊下の先に

ロビーがある。


おかしを食べている人。

本を読んでいる人。

テレビを見ている人。

目的もなく、ずっと歩いている人。


みんな、少しずつおかしい。

でも、別に普通の人だ。


ロビーの端。

一つの机だけ、人だかりができていた。


何をしているのかと思ったら、

将棋だった。


真ん中に座っているのは、

皆から「マモルさん」と呼ばれている人。


指が、足りていない。


服の隙間から、

刺青がちらっと見える。


——ああ、この人はそっちの人や。


でも、

顔がイメージと違う。

安心する顔。

何かあったら必ず

守ってくれそうな顔。



しばらく見ていると、



「おい」



声が飛んできた。


(やば。見すぎた)


「将棋、やろうぜ」


……いや、俺、全然ルール知らなくて。


「ええよ、ええよ。

教えたるから、来い」


断る理由はない。

というより、断る勇気がなかった。


ガラガラ、と音を立てて

将棋駒が机に広がる。


「ほな、並べよか。

 好きに並べてええ」


「え、置き方とか……」


「そんなん気にせんでええ。

 ただな、王様だけは

 端っこの真ん中な」


言われるがまま、

王様の周りに駒を並べた。


「よし。

 俺、先行な」


マモルさんが、

“歩”と書かれた駒を前に出す。


「次、お前」


俺も同じように、

歩を一つ進めた。


歩と歩が、ぶつかる。


俺が、相手の歩を取る。


その瞬間、

マモルさんが後ろから

“飛車”を滑らせた。


俺の駒が、消える。


「な」


マモルさんが言った。


「将棋はな、

先に近づいた駒の方が

取られやすいねん」


「せやけどな、

後ろでちゃんと見てる駒がおったら

取り返せる」


盤の上を、指で軽く叩く。


「一人で突っ込んだら終わりや」


しばらく指して、

最後にマモルさんが言った。


「ほんでな」


「将棋は、

王様を取ったら勝ちちゃう」


「先に王様を取られた方が、

負けや」


その言葉が、

妙に胸に残った。


「……わかるか?」


俺は、

すぐには答えられなかった。


そのとき。



「マモルさーん」


聞き覚えのある声がした。


振り向くと、

ナオキがロビーに立っている。


「将棋、やりましょ〜」


「お、来たな」


マモルさんが笑う。


二人は慣れた手つきで向かい合い、

何も言わずに駒を並べた。


——あ、これは常連や。


数手も指さないうちに、

空気が変わる。


ナオキの駒は、

やたら前に出る。


マモルさんの駒は、

動かない。


結果は、

言うまでもなかった。


ナオキの王様が、

あっさり追い詰められる。


「参りました..」


ナオキが頭をかく。


「うわー……また負けた……」


マモルさんは盤を見たまま、

ぽつりと言った。


「お前さぁ」


「筋は、ええねんけどなぁ」


ナオキが顔を上げる。


「でもな、

感情が溢れとるねん」


「俺の王様、取ったろ!って顔しとる」


くくっと笑って、

続ける。


「将棋はな、

 ゲームや」


「勝ちたい顔した時点で、

 もう見えとる」


ナオキは苦笑いする。


「いや〜……

 でも一回ぐらい、勝ちたくて」


「勝ちたかったら、尚更や」


マモルさんは、

はっきり言った。


「勝とうとすんな」


そのとき、

マモルさんがちらっと、

俺を見る。


「よし」


「じゃあ次、

 お前な」


……え、俺?


また、よく分からんまま

盤の前に座る。


駒の動かし方も、

正直あやふやだ。


横でマモルさんが、

最低限だけ教えてくれる。


「それ、前や」


「今は取らんでええ」


「ほら、見とけ」


言われるままに、

駒を動かす。


考えてない。

狙ってない。


ただ、言われた通りに

置いているだけ。


気づいたときには、


「……あれ?」


ナオキの王様が、

逃げ場を失っていた。


「負けた……」


ナオキが、

本気で悔しそうな顔をする。


「なんでやねん……」


周りから、

小さなどよめきが起こる。


マモルさんは、

盤を見て、

静かに笑った。


「ほらな」


「勝とうとしてへん奴が、

一番強いねん」


ナオキは、

納得いかない顔のまま、

俺を見る。


俺は、

自分でもよく分からんまま、

盤を見下ろしていた。


——なんか、勝ってた。


それだけやのに。


さっきの言葉が、

また胸に浮かぶ。


先に近づいた駒の方が、取られる。

勝とうとした方が、負ける。


ロビーの時計が、

静かに進んでいた。



その時

突然、声が上がった。


「これはまだ異世界や!!」


一瞬、何のことか分からなかった。


次の瞬間、

机が倒れる音。

椅子が引きずられる音。



誰かが暴れ出す。


数人の職員が駆け寄り、

必死に取り押さえる。


抵抗する腕。

床を蹴る足。


そのまま、

引きずられていく。


扉が閉まる音がして、

ロビーは急に静かになった。


さっきまでのざわめきが、

嘘みたいだった。


誰も、何も言わない。


俺は、

将棋盤から目を離せずにいた。


マモルさんが、

駒を片付けながら、

ぼそっと言った。


「お前らも安心すんな」


一瞬、手が止まる。


「玉のそばは、地獄や」


その言葉が、

静かなロビーに落ちる。


将棋盤の上には、

動かない王様だけが残っていた。


時間解放は、

終わっていなかった。


——むしろ、

始まったばかりだった。



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