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【32話】攻略法




目を開けた瞬間、

世界はもう白かった。


天井。

壁。

床。


全部、同じ白。


影はある。

でも、影としての意味が薄い。


遠くで、

ドアが閉まる音。

金属が擦れる音。

空調の、低い唸り。


——ここ、どこや。


体を起こすと、

ベッドが小さく軋んだ。


柔らかくもない。

硬すぎもしない。

「長時間寝かせる用」

そんな硬さ。


右を見ると、

便器と、小さい手洗い。


左は——

何もない。


ほんまに、何も。


壁に触れる。

冷たい。


ノック音。


「……」


反射的に、背筋が伸びる。


壁の下の方。

横に細長い隙間が開いて、

トレーがシュッと差し込まれた。


ご飯。


声はない。

顔も見えない。


一瞬、

ゲームみたいやな、と思って——

すぐに打ち消す。


——いや、ちゃう。


メニューも出えへん。

時間表示もない。


水筒が一本、置いてある。

フタ付き。

量は、見た感じ一日分。


食べ終わっても、

何も起きない。


どれくらい経ったか、分からん。


部屋の端を歩く。

四歩で壁。

向きを変えて、また四歩。


ぐるぐる回る。


逆立ちしてみる。

血が頭に集まって、

少しだけ、楽になる。


瞑想。

数を数える。


寝る


起きる


また寝る


シュッとトレーが出てくる



……何日目か、分からん。



考えんようにしても、

思考は勝手に戻ってくる。


ガチャ。


三人。

「入ったらアカン所」。

トイレ。


——あれは、ほんまやった。


自分に言い聞かせるみたいに、

声を出す。


「……あれは、ほんま」


返事は、ない。


少し間を置いて、

ふと、思う。


——隔離。


この状況を指す言葉は、

たぶん、それや。


隔離。

うん、隔離やな。


でも——

なんか、違う。


普通の隔離って、

「外から切り離される」感じやろ。


ここは、

切り離されてるというより——

完全に包まれてる。


逃げ場がない。

境界も分からん。

外を想像する余地すら、薄れていく。


名付けるとしたら。


「……スーパー隔離やな」


自分で言って、

少し笑いそうになる。


笑えへんけど。


____________



面談


ある日、

ドアが開いた。


人が立っている。


白衣。

眼鏡。

若くもなく、老けてもない。


「こんにちは」


普通の声。

やさしい。


椅子が二つ、置かれて、

向かい合って座る。


「体調はどうですか?」


——この質問、ズルい。


「……普通です」


「眠れてます?」


「……まぁ」


メモを取る音。


「ここに来た経緯、覚えてますか?」


来た経緯。


川。

人。

警察。

説明。


「……俺、ゲームしてたんです」


医者は、頷く。


「どんなゲームですか?」


「異世界で……ガチャがあって……」


喋れば喋るほど、

空気が固まっていくのが分かる。


「現実だと思ってます?」


一瞬、詰まる。


「……思ってます」


「でも、異世界だったとも思っている?」


「……はい」


医者は、少しだけ笑った。


「混乱してますね」


胸の奥が、熱くなる。


「ちゃう!

 俺が言ってるのは——」


「大丈夫ですよ」


遮られる。


「今は、ゆっくり整理しましょう」


——この瞬間、

負けたって分かる。


「ほんまの話やねん!」


声が大きくなる。


医者は驚かない。

ただ、ペンを止めて言う。


「興奮が強いですね」


立ち上がる。


「隔離に戻りましょう」





廊下は、やけに明るかった。


連れて行かれる途中、

ナースステーションの前を通る。


その奥。


一瞬だけ、

目が合った。


ナオキ。


白衣でも、患者着でもない。

でも、

ここに馴染みすぎている。


主人公が何か言いかけた、その瞬間。


ナオキは、

人差し指を立てて、

口元に当てた。


——チャック。


静かに閉める仕草。


「あ」


声にならない声が、

喉で止まる。


——そーゆー事か。


言葉にしたら、

アウトなんや。


理解した瞬間、

妙に冷静になる。


ドアが開く。


白い部屋。


ベッド。

便器。


ドアが閉まる音。


カチャン。


静か。



主人公は、

しばらくその場に立ったまま、

動けなかった。


——チャック。


あの仕草。



——“分かっとるで”。


——“今は、喋るな”。


そういう合図やった。


ナオキは、

ここに馴染みすぎていた。


知っている。

やり方を。


知らんふりをする事。

正しい事を、

胸にしまう事。


白い天井を見上げる。


——なるほどな。


——ここは、

——賢い奴が勝つ世界やない。


——気づいても、

——言わん奴が生き残る。


——ナオキは、

——それを教えてくれたんや。


胸の奥が、

じんわりと温かくなる。


感謝やと、

気づくのに少し時間がかかった。


——ありがとうな。


声には、出さへん。


出したら、

また閉じられるから。


ベッドに腰を下ろす。


時間のない時間が、

また始まる。


でも——

さっきより、

ほんの少しだけ、

先が見えていた。



それから、

何度か面談があった。


内容は、だいたい同じ。


「体調はどうですか」

「眠れていますか」

「混乱は減ってきましたか」


主人公は、

ナオキの仕草を思い出しながら答えた。


言いすぎない。

言わなさすぎない。

“正しい事”を、

そのまま言わない。


医者は、

少しずつ頷くようになった。


ある日、

カルテを閉じて言う。


「そろそろ、

 普通のお部屋に戻りましょうか」


一瞬、

息が詰まる。


「あそこ、辛いでしょう?」


優しい声。


「もちろん、

 まだ鍵はかけますが」


すぐに続く。


「少しずつ、

 時間解放していきます」


「様子を見ながら、

 増やしていきましょう」


——なるほどな。


隔離は、

終わらない。


形が変わるだけや。


主人公は、

小さく頷いた。


声には、出さない。


それでええと、

もう分かっていた。


白い天井を見上げる。


——来たな。


——次のステージ。


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