【30話】職務質問
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「……冷たっ……」
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水を吐きながら、
主人公は川岸に転がった。
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全身びしょ濡れ。
服は肌に張りついて、
身体が重い。
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「……はぁ……はぁ……」
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顔を上げる。
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空。
雲。
木。
川。
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(……フィールド、
リアルすぎん?)
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立ち上がろうとして、
よろける。
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「……HP減っとるな、これ」
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いつもの癖で、
スマホを取り出す。
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「よし……」
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「とりあえず、
ログアウト試すか」
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スマホを操作しようとした、
その時。
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「すみませーん」
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背後から、
声。
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振り向く。
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警察官。
二人。
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「……あ」
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一瞬だけ、
思考が止まる。
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(NPC……?)
(いやプレイヤー?)
(ん?)
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「どうされました?」
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口調は、
やけに優しい。
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でも。
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距離が、
ちゃんとある。
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「いえ、あの」
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主人公は、
スマホを掲げる。
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「今から
ログアウトしようと
思ってて……」
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警察官が、
一瞬だけ固まる。
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「……ログアウト?」
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「あ、はい」
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「異世界から戻るやつです」
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空気が、
ほんの少し変わる。
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警察官同士が、
目を合わせる。
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「……お名前、
教えてもらえますか?」
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声は、
さらに穏やか。
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でも。
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(あれ?)
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(質問、
イベント用ちゃうな……)
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「えっと……」
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口を開いて、
詰まる。
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(……俺、
今どこの世界の人間や?)
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「……ちょっと、
待ってください」
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スマホを見せようとする。
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「ほら、
このアプリが――」
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画面。
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何も、
ない。
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「……あれ?」
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胸の奥が、
ざわっとする。
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「……ちょっと、
寒そうですね」
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警察官の一人が、
静かに言う。
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「車で、
休みましょう」
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「いや、
大丈夫です」
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主人公は、
一歩下がる。
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「もうすぐ
ログアウトできるんで」
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その瞬間。
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警察官の一人が、
無線を取る。
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声は、
低く、落ち着いている。
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「こちら〇〇」
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「川で
錯乱状態と思われる男性」
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「低体温の可能性あり」
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「精神的な不調も
見られます」
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主人公の耳に、
はっきり届く。
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「……え?」
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「念のため、
病院へ直行します」
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その言葉で。
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世界が、
一段階だけズレる。
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(……病院?)
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(そんなイベントやったっけ……)
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警察官は、
変わらず優しい。
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「大丈夫ですよ」
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「何もしなくていいです」
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「ゆっくりで」
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その「ゆっくり」が、
胸に刺さる。
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パトカーの後部座席。
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ドアが閉まる。
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ガチャ。
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逃げ道が、
音を立てて消える。
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窓の外。
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川。
森。
空。
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全部、
現実っぽい。
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でも。
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主人公は、
まだ思っている。
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(……これ)
(ほんまに、
現実か?)
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(それとも、
異世界の
一番嫌なイベントか?)
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パトカーが、
静かに走り出す。
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ログアウトは、
まだ成功していない。
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つづく。




