【29話】女神様がいるんだよ
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トイレに入った瞬間。
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「……はぁ」
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思わず、
息が抜けた。
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壁。
床。
便器。
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全部、
ちゃんとしている。
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ぐちゃぐちゃだった世界が、
ドア一枚で
嘘みたいに消えた。
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「……助かった……」
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誰に言うでもなく、
呟く。
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ここだけ、
世界が“分かる”。
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寒くもない。
暑くもない。
時間も、ちゃんと流れてる気がする。
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……気がする、だけやけど。
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便座に座る。
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「……あ」
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トイレットペーパー。
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ない。
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「……ないんかい」
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思わず、
笑ってしまう。
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「いや……」
「ここ異世界やんな?」
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考え始める。
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(これ、
身体ごと飛ばされてるんか?)
(それとも、
意識だけ?)
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一瞬、
嫌な想像が頭をよぎる。
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(もし意識だけやったら……)
(ここでトイレしたら……)
(現実で普通に……)
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「……」
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「まぁ、ええか」
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急に、
どうでもよくなる。
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最近、
どうでもよくなる速度が
異常に早い。
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ふと、
思い出す。
てかもし、、
ん?
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「……ログアウト」
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スマホを取り出す。
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アプリ起動。
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メニュー。
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ぽち。
ぽち。
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「……え」
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ログアウト。
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普通に、
ある。
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「は、ははは……」
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「あるんかい……」
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一瞬、
本気で安心しそうになる。
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でも。
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(……いや)
(これは……)
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胸の奥で、
嫌な予感が
静かに固まる。
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【ログアウトしますか?】
【はい/いいえ】
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「……はい」
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指でタップ。
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【入ったらアカン所では】
【ログアウトできません】
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「なっっっっっ!!」
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今までの人生で
1番の「な。」
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「やろうと思ったわ!!」
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「そらそうやろうな!!」
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「分かっとったわ!!」
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一気に、
全部出る。
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でも。
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(……あん時は)
(できとったんかーい)
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急に、
悔しさがくる。
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目が、
じわっと熱くなる。
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「……あー」
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「ちょっと、泣くわ」
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便座に座ったまま、
少しだけ泣く。
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最近、
ほんまによく泣く。
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涙を拭いて、
立ち上がる。
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「よし」
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「トイレ来たら……」
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「掃除やな?」
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特に理由はない。
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外に出られない。
やることもない。
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だから、
掃除する。
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便器。
床。
壁。
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ゴシゴシ。
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ピカピカになる。
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なんか、
ちょっとだけ
気分がいい。
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ふと。
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便器の、
奥。
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誰も、
絶対に手を突っ込みたくない場所。
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「……」
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「俺、
何してんやろな……」
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自分で言って、
ちょっと笑う。
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そして。
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手を突っ込む。
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「……あ?」
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指先に、
何か当たる。
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「……?」
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さらに奥。
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「……レバー?」
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一瞬、
迷う。
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でも。
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「……まぁ」
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「そら、引くよなぁ……」
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ガッチャァ——
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次の瞬間。
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ズバァァァァァッ!!
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とんでもない水量。
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便器ごと、
世界ごと。
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主人公の視界が、
一気に流される。
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「うわああああああ!!」
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冷たい。
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音。
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流れ。
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「……?」
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目を開ける。
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川。
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空。
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自然。
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「……え?」
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(あー……)
(異世界の川、
リアルやなぁ……)
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現実世界だと、
まだ知らないまま。
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つづく。




