【23話】まだ何も
歩いている。
ただ、歩いている。
景色はそれっぽいのに、
音が薄い。
風の音も、
足音も、
どこかワンテンポ遅れてくる。
「……まだ、何もしてへん」
独り言。
確認みたいに、
もう一回言う。
「俺、まだ何もしてへんよな?」
返事はない。
⸻
スマホを見る。
通知、なし。
チュートリアル、なし。
説明、なし。
「いつ始まるんや……」
歩く。
止まる。
また歩く。
流石に、
長い。
「いや長いて」
思わず声が出る。
「道、
長すぎやろ」
⸻
立ち止まって、
その場に座り込む。
やることがない。
進むか、
スマホを見るか。
それだけ。
⸻
何気なく、
画面の下をタップする。
【現在地】
反応する。
「……え?」
画面が切り替わる。
⸻
【移動先】
・街
・山
・海
「なんやねーん」
今度は、
はっきり声が出た。
「最初から
そこにあったんかい」
歩いて、
考えて、
悩んでたのが、
ちょっとだけアホらしくなる。
⸻
一瞬迷って、
「街」をタップする。
(バシュッ、とか来るやろ)
(さすがに)
⸻
……。
何も起きない。
「……は?」
数秒待つ。
「いや、
切り替われや」
⸻
画面が変わった。
でも――
派手さは、ゼロ。
地味なマップ。
現在地のピンと、
少し離れた街のアイコン。
距離表示、
そこそこ。
「そっちかい……」
思わず、
スマホを伏せる。
⸻
仕方なく、
街の方向へ歩き出す。
しばらくして、
人影が見えた。
普通の服。
普通の歩き方。
「あ、人おる」
少し安心する。
⸻
すれ違う。
目が合う。
……何も言われない。
会釈もない。
表情は、
ちゃんと人間なのに。
「……」
もう一人。
またすれ違う。
同じ感じ。
⸻
(プレイヤー?)
(それとも……)
スマホを見る。
相手の情報、
表示されない。
ポイントも、
名前も、
何も出ない。
⸻
その時、
ふと気づく。
誰も、
スマホを見ていない。
持ってすらいない。
それなのに、
迷いなく歩いている。
⸻
「……あ」
言葉にならない違和感。
説明は、
ない。
でも、
分かってしまう。
(ここに住んでる人、や)
⸻
街は、
もうすぐそこだった。
チュートリアルは、
まだ来ない。
俺はまだ、
何もしてへん。
でも。
この世界は、
もう動いている。
⸻
ようやく街に入った。
思ってたより、
普通だった。
石畳。
低い建物。
洗濯物が干してある。
「……異世界って、
もっとこう……」
言いかけてやめる。
リアルすぎる。
⸻
しばらく歩いて、
ふと一軒の家の前で止まる。
ドアがある。
普通の、木のドア。
(……入れるんかな)
一瞬、
罪悪感みたいなものがよぎる。
でも。
この世界、
ルールが何も分からない。
⸻
ゆっくり、
ドアノブに手をかける。
……回る。
「え」
あっさり、開いた。
⸻
中に入る。
「……すみません……」
反射で、
小さく声が出る。
⸻
リビング。
テーブル。
椅子。
ソファー。
そして――
人がいる。
男か女か、
よく分からない。
こっちを、
チラッと見る。
一瞬だけ。
それだけ。
何も言わない。
⸻
(え)
(普通に入れた)
(てか、
普通に無視された)
⸻
もう一人いる。
その人も、
ちらっと見るだけ。
テレビを見ている。
(……ええんか、これ)
⸻
恐る恐る、
ソファーに腰を下ろす。
沈む。
柔らかい。
「……」
怒られない。
誰も、
何も言わない。
⸻
(あ、
そういう世界なんや)
勝手に入っても、
問題ない。
というより――
気にされてない。
⸻
一気に、
力が抜ける。
背もたれに寄りかかる。
「あー……」
思わず、
声が漏れる。
⸻
その時。
ふと、
身体が訴えてくる。
(……トイレ)
⸻
立ち上がる。
廊下。
突き当たりに、
それっぽいドア。
(まぁ、
ここまで来たし)
⸻
ドアの前に立つ。
ノブに、
手を伸ばす。
⸻
その瞬間――
⸻
「何してんの!!?」
⸻
空気が、
一気に凍った。
さっきまで無視してたはずの住人が、
信じられん形相で立っている。
目、見開いてる。
声、
意味分からんぐらいデカい。
⸻
「そこ!!」
「そこは!!」
言葉が、
途中で詰まっている。
怒りなのか、
焦りなのか、
分からない。
⸻
主人公は、
ドアノブに手をかけたまま、
完全に固まった。
(……あ)
(あ、これ)
(アカンやつや)
⸻
チュートリアルは、
まだ来ない。
でも。
触れたらダメなラインだけは、
今、はっきり分かった。
⸻
つづく。




