【16話】 どっちにする?
ガチャ
ミサキの部屋は、
想像していたよりずっと普通だった。
白い壁。
整った机。
生活感のないベッド。
——ただ、一つだけ。
異様だった。
⸻
充電ケーブル。
床。
机の横。
ベッドの足元。
延長コードに、何本も刺さっている。
同じ規格。
同じ色。
(……多すぎひん?)
無意識に、
自分のスマホを見る。
画面右上。
バッテリー:12%
⸻
その数字を見た瞬間、
胸の奥が、キュッと縮んだ。
⸻
——思い出す。
⸻
それは、
スマロバが始まって少し経った頃。
まだ、
「ヤバい」とだけ思っていた時期。
⸻
放課後の教室。
誰もいない席で、
俺はスマホを机に置いていた。
バッテリーは、
その日も少なかった。
理由は簡単。
無駄に触らんようにしてたから。
⸻
電源を入れる。
画面の端に、
例のアプリ。
目立たない。
主張もしない。
でも、
ずっとそこにある。
(……充電、切れたら終わりやな)
そんな事を考えながら、
ふと、指が伸びた。
⸻
——でも、止まった。
理由は、
はっきりしてる。
(これ、開いたら)
(もう“減る”だけや)
何が減るかは分からん。
けど、
「増える」未来が見えなかった。
⸻
それ以来。
俺は、
バッテリーを理由にして
スマホを触らんようになった。
減るから。
切れるから。
——でも本当は、
「開かずに済む理由」が
欲しかっただけや。
⸻
勝っても、
負けても。
皆が、
設定を増やしていく中で。
俺だけが、
ずっと初期装備のままやった。
⸻
——今。
ミサキの部屋。
至る所に、
充電ケーブル。
バッテリーを気にせず、
何度でも触れる空間。
⸻
「……そっか」
無意識に、
呟いてた。
ミサキが、
振り返る。
「なに?」
俺は、
スマホを見せる。
「俺さ」
「バッテリー少ないままの方が、安心やねん」
ミサキは、
少しだけ目を細める。
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「まだ、開いてないんでしょ」
⸻
ドキッとした。
「……なんで分かるん」
「触った人の目、してない」
淡々と。
⸻
俺は、
スマホを握る。
バッテリー10%。
でも、
この部屋なら。
充電できる。
逃げ道が、
なくなってる。
⸻
「ね」
ミサキが言う。
「減るのが怖いままでもいいよ」
一拍。
「でも」
「減るって分かってて触らんのも、選択やから」
⸻
俺は、
息を吐いた。
(あぁ)
(ここまで来てもうたか)
⸻
スマホを取り出す。
画面を点ける。
例のアプリが、
そこにある。
ずっと、
待ってたみたいに。
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バッテリー残量。
8%
⸻
ミサキは、
何も言わずに引き出しを開けた。
中から出てきたのは、
見慣れた白い充電コード。
それを、
俺の目の前に差し出す。
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「充電しなよ」
⸻
あまりにも自然で、
拒否する理由が見つからない。
俺は一瞬だけ迷ってから、
スマホを差し出した。
——カチ。
端子が刺さる音。
画面右上。
充電中 ⚡︎
バッテリー表示が、
ゆっくり増え始める。
⸻
「……これで、逃げれんくなったな」
俺が言うと、
ミサキは笑った。
「逃げる気やったん?」
⸻
俺は答えなかった。
ただ、
スマホの画面を見つめる。
⸻
アプリ一覧。
その中に、
ずっと見ないふりをしてきたアイコン。
無機質な文字。
SMRB
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タップ。
⸻
一瞬、暗転。
次に表示されたのは、
やけに明るいトップ画面。
⸻
【SMRB】
・対戦相手を探す
・ランキング
・履歴
・ショップ
⸻
どこにでもありそうな、
ソシャゲの画面。
違和感は、
ほとんどない。
——ただ一つ。
画面の右下。
小さく、
本当に端っこに。
⸻
・自分設定機能
⸻
「……あった」
思わず、
声が出る。
ミサキは、
俺の肩越しに覗き込む。
「それ」
「みんな最初に触るとこやのに」
「俺は……」
「触ってない」
「知ってる」
即答。
⸻
俺は、
指を伸ばす。
一瞬、
ためらう。
でも——
充電中。
バッテリーは減らない。
⸻
タップ。
⸻
画面が切り替わる。
白背景。
そして——
赤色の枠
⸻
【※警告】
自分設定機能は
あなた自身の能力を
直接変更します
⸻
スクロール。
赤文字が、
続く。
⸻
※設定中は
端末に高い負荷がかかります
※不正終了は推奨されません
⸻
さらにスクロール。
俺は、
息を飲んだ。
⸻
※自分設定機能使用中の端末は
⸻
一瞬、
文字が途切れる。
——そして。
⸻
スマホが、あなたの命になります
⸻
画面いっぱいに、
赤。
⸻
言葉が、
出てこない。
あの時。
スマホキャッチの後、
途中で消えた警告。
最後まで、
ちゃんと書いてあった。
⸻
「……あーあ」
ミサキが、
小さく笑う。
「見ちゃったね」
俺は、
画面から目を離せない。
胸の奥が、
冷たくなっていく。
⸻
「なぁ」
震えた声で聞く。
「皆……これ知った上で、やってんの?」
ミサキは、
一拍置いてから答えた。
⸻
「知ってる人も」
「知らんふりしてる人もいる」
そして、
俺を見る。
「でもね」
「知ってて使わんかった人」
「あんたが、初めて」
⸻
充電音だけが、
静かに響く。
バッテリー残量。
15%
まだ増えていく。
⸻
俺は、
スマホを強く握った。
(……あぁ)
(俺、ずっと)
(命に触らんようにしてただけや)
⸻
画面には、
次の選択肢が表示されていた。
⸻
【自分設定を開始しますか?】
YES / NO
⸻
ミサキが、
囁く。
「どっちにする?」
⸻
俺は、
まだ答えられなかった。
⸻
(つづく)




