【14話】落差
学食に入った瞬間、
油と湯気の匂いが混ざった空気が流れ込んでくる。
いつも通りの昼。
何も起きない、
はずの時間。
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壁のメニュー表を見上げる。
唐揚げ定食。
ハンバーグ。
日替わり。
カレー。
(ん〜……)
もちろん腹は減ってる。
でも、特別これが食いたいってほどでもない。
今日の気分は、
「失敗しなさそうなやつ」。
俺はカレーにした。
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列を一歩進んだところで、
視界の端に誰かが入る。
リナ。
俺を見てるわけでもなく、
メニューをじっと見てる。
(あ、リナも来てる)
それだけ。
声をかける理由は、ない。
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少し離れた後ろに、
カツヤ。
腕を組んで、
量とコスパを測ってる顔。
(あいつは多分、唐揚げ定食かな)
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さらに後ろ。
ユウタ。
メニューを見てるのか、
床を見てるのか分からん。
肩が少し内側に入ってる。
(なんでいつも
緊張してる感じに見えるんやろうか)
……別に、話すほどでもない。
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注文して、
それぞれトレーを受け取る。
俺はカレー。
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席を探す。
混んでる。
空いてる。
また混んでる。
たまたま見つけた四人掛け。
誰も座ってない。
(ま、ここでええか)
俺が座る。
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トレーが置かれる音。
顔を上げると、
カツヤ。
「……ここ、すわるで」
「どーぞ」
それだけ。
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少し遅れて、
リナが無言で座る。
向かい。
目も合わない。
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最後に、
ユウタが少し迷ってから来る。
「……すいません」
小さな声。
誰に向けたか分からん謝罪。
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四人。
誘ってない。
約束してない。
集まる理由もない。
ただ、
なぜかここにいる。
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しばらく、無言。
カレーをすくう音。
箸が皿に当たる音。
周りの笑い声だけが、
やけに遠く聞こえる。
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(なんやこの感じ)
仲良しでもない。
敵でもない。
でも、
もう完全な他人でもない。
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俺は、
思ったより軽い気持ちで口を開いた。
「なぁ」
三人が顔を上げる。
あ、この瞬間。
ちょっと空気変わった。
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「なんかさ」
スプーンを持ったまま、
言葉を探す。
「俺らって……」
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少し間。
誰も止めない。
だから、言ってしまった。
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「仲間になれたりせんかな?」
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一瞬。
学食の音が、消えた気がした。
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カツヤが先に動く。
箸を置いて、
眉をひそめる。
「……は?」
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「いや、別にさ」
「仲良し四人組!とかじゃなくてええねん」
「でも、スマロバの話できる相手ぐらいおっても——」
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途中で、
空気が完全に冷えた。
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カツヤ。
「アホくさ」
「そんな軽いゲームちゃうねん」
視線が刺さる。
「お前が勝手に下僕なるんはええ」
「でも巻き込むな」
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リナ。
一拍置いて、
きっぱり。
「あんたとだけは、絶対イヤ」
感情が、ない。
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ユウタ。
困った顔で、
小さく笑う。
「……正直」
「なりたい気もするけど」
「後悔しかせえへん気がする」
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一斉に、拒否。
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俺は一瞬、固まって。
「え」
「ちょ、待って」
「やば、めっちゃショックなんやけど」
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冗談っぽく言ったつもりやった。
でも、
誰も笑わない。
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空気を戻そうとして、
俺は勢いで言った。
「ほなさ!」
「仲間なるかならんか、今ここでスマロバしよや!」
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指を立てて、
押すフリ。
「えーいっ」
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——次の瞬間。
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ガンッ。
視界が揺れる。
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カツヤが立ち上がって、
俺の胸ぐらを掴んでた。
「ふざけんな!」
「お前頭おかしいんか?!!」
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リナも立つ。
「死ね!!」
本気の声。
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ユウタは、
何も言わずにトレーを持って立ち上がり、
そそくさと逃げた。
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俺は、
椅子に残ったまま。
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三人とも、いなくなった。
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周りの視線が集まる。
注目。
困惑。
ちょっとした恐怖。
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(……あ)
やっと、分かった。
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「ま、いっか」
そう言って、
俺はスプーンを持ち直した。
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でも。
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席の向かいに、
誰もいない。
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さっきまで確かにあった距離が、
急に、底抜けに深くなった気がした。
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カレーは、
もうあんまり味がしなかった。




