Fact4 夢と現-I don't want to be bound by someone else's rules-
俺は陽が立ち上る中で今、文海とバス停のベンチに座っていた。
話は少しだけ遡る。
ローズ陸奥に完全敗北してから治してもらった文海を慰めようと思っていたが、保健室の先生が消え去った後の屋上で煙草を二、三本ほど吸い終わった文海はもうとっくに切り替えていた。
「そろそろ稼がないと死ぬぜ」
その言葉に、俺は違和感を持つ。
「え、まだめちゃくちゃお金持ってるだろ?」
「違う。私の生存意義が死ぬんだ」
文海さんは大層お怒りらしかった。
「それに、あいつにめっちゃ持っていかれたし」
文海が指し示す端末には『虹村文海 現存価値 2006.2萬円』と書かれていた。
「BJか!」
思わず大声で突っ込んでしまう。闇医者にも程がある。200萬円も取られたということだ。いくら保険がきかないだろう虹村領でも、足元を見すぎている。
しかし、そんな保健の先生に頼らなくてはいけない世界だというのも、また事実だった。
その日は念のため安静にしておき、文海に許可をもらって二人で保健室のベッドで眠った。
俺だって街中でヤクザと出くわしたり、エロい保健の先生に出会ったりしてビジュアル的に疲れ果てていたのだ。だからよく眠ることができた。
そうして起き上がると同時に、文海がまたどこから出してきたのか有刺鉄線バットを抱えながら言う。
「雑魚モンスターを狩りに行くぞ」
「ローズ陸奥戦前にも同じようなこと言ってなかった?」
あり得ないくらい一瞬でボコられてたけど。そして保健の先生に200萬円払ったばかりだけど。
「こんなこと言ったら元も子もないんだろうけどさ、コンビニとかイセタン出張店とかで地道にお金集めても良いんじゃない?」
「……私がまともに働けると思ってんのか?」
有刺鉄線バットを構えながらギラリと文海は目を光らせる。
その姿はどこか潔さや雄々しさすら感じさせた。
「いや、小説家が成り立つなら良いかもしれないけどね」
「誰も読んじゃくれねぇのさ」
文海は四本目の煙草に火を灯しながらどこか悔しそうに言う。目から再び光が失われ、空を仰いだ。
その姿をしばらく見ていたが、ふとしたアイデアが俺に降ってきた。
「それ、虹村領だけの話だろ?」
「……あ? それはそうだが」
「じゃあさ、NEO TOKYO、いやシイナ特別経済特区で出したらどうだろう?」
「馬鹿言うな。ここから出られるとでも思ってんのか?」
えっ!? 出れないの?
「えっ出れないの? じゃねぇよ」
「なんで分かるんだ……」
「顔に書いてあるよバーカ。出るのに3000萬円かかるんだよ」
「虹村領から?」
「そう」
「なんで?」
「虹村大厳が莫迦だから」
「大厳さんは莫迦なの?」
「私腹を肥やせばそれで良いだけの奴だよ」
文海は煙草の煙を吐き出す。ふーーーー。と随分長く息を吐く。アンガーマネジメントかもしれない。
「ここで誰かにやられて死ぬか、金貯めて出るかのどちらかだ」
「小説売るのは?」
「出版社も無いこの世界でか?」
馬鹿言うな、と文海は呟いた。
「やられるくらいなら、やれ」
文海が差し出す有刺鉄線バットを持って、俺は立ち上がった。
そうして今、俺は文海と一緒にバスを待っている。バス会社はあるのに出版社は無いらしい。でも需要の数を考えれば、当然と言えば当然と言えた。そうやって待っていた時だった。
「もう厭なの……」
バス停のすぐ横にある駐車場から、それは聞こえた。
声がする方を見ると女が一人シクシクと泣いている。
「もう厭なの」
反射的にポケットから取り出して端末を確認する。しかし、BOSSの表記もBattle中の表記もない。つまり虹村領に生きる一般人ということだろう。
「もう厭なの!!!」
「うわぁビックリした!!」
すぐ近くで女がいきなり絶叫するので、俺は恐れおののいた。
「なんだようっせぇな」
良かった。文海にも聴こえて──
「何にビビッてんだ? 私が保健室にいた間にヤクでもキメたか?」
「え!? 聴こえてないの!?」
なんてこった。ローズ陸奥の時と同じ現象が起きている。
文海が冷たい目で俺のことを見ている。完全に誤解されている……。
「お前も保健室でボラれたら良い」
「そんな……」
ちょうどいいタイミングなのか何なのか、バスが到着する。
『リトルトーキョー経由洋館行』
バスの電光掲示板はそのように示しており、俺は女を振り向きながらそっと手を文海の服の袖にやった。
バスに乗り込んで後方へと歩きながら、俺は文海に聞いた。
「洋館って、何の洋館?」
「見りゃ分かる。あれは雑魚ボスだから」
洋館という響きにビビりながら座席に座って前を見た瞬間、俺は再び声を上げた。
「もう、厭なの……」
さっきの女が乗り込んできている。畜生! リトルトーキョーとやらか、俺たちと同じ洋館に向かうのかもしれなかった。俺にしか見えていない女が!
「文海にはアレ、見えてないんだよね……?」
「何がだよ?」
「『もういやなの』って言い続ける女」
文海は俺を見ると溜息をついた。
「見えねーよ」
「ですよね……」
「でもお前を見ててもラリってる感じはしねぇ。だから天渡アネラ」
文海の瞳は真っすぐ俺を見る。
「それはお前特有のスキルだ」
「スキル……?」
ただの半グレクソ野郎だった俺に何のスキルが……?
「そうでもないと、私に依頼は回ってこない」
「そう、なのか……?」
文海に依頼が回ってこなければ、俺はビギナーズハード田中に殺されて人生が終わっていたということなのだ。そこからも、文海の言葉には説得力があった。
「それで天渡アネラ。その女は攻撃してくるような素振りはあるか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ……?」
俺は座席を立つと、もう厭なの女の横まで行って、勇気を出して少し顔を覗き込む。
シクシクと泣き続ける女は、「もう厭なの……」と言った。もう一度端末を確認するが、敵のような表記は出てきていない。
俺は文海の隣に戻りながら言った。
「泣いてる」
「そうか。それだけならどうでも良いわ」
「良いの? 放っておいて」
「賞金がデカけりゃ狩るけど」
「いや、何も出てきてない」
俺の言葉に頷くと、文海は目を閉じた。どうやら興味を失ったらしい。
「もう厭なの!!」
またしても叫ぶ女に俺は苛立った。
「うるさいなぁ俺だってもう厭だよ!! 何なんだよさっきから」
「もう、厭なの……」
でも泣いている女を見たら、何も言えなくなった。
あぁ、こいつがずっと付いてきたら厭だなぁ。
しばらく走っていると、ピンポーンと音と共に機械音声が鳴る。
「ご乗車ありがとうございます。リトルトーキョー、リトルトーキョーです。バクダンと言えばこのお店、『ユナイテッドステイツオブオニギリ』はリトルトーキョー駅すぐそばです」
プシュー、という音を立ててバスが停まり、ウィーンと自動扉が開く。
俺の斜め前に座っていた欧米人が立ち上がってバスを降りていこうとしていた。髪が金髪の男の子だったが、俺はどういう経緯で彼が虹村領に閉じ込められてしまったのかが気がかりだった。どうやら出口の方で支払いに苦戦している。
彼は端末を操作しながら運転手にあれこれ説明しているが、要領を得ないらしい。俺は手助けに入ることにした。
運転手に英語で何か話しかけているその隙に俺は彼の持つ端末を盗み見る。
『Bob Current Value $2.05(ボブ 現存価値 2.05ドル)』
「虹村領でボラれすぎだろっっ!!」
「Hey?」
「オー、アイムジャパニー……」
「そいつ金持ってないんだよ。何とか言ってやってくれ!」
運転手が俺に声を掛けてくる。だが0.055萬円と表示された金をこのボブが払えるとは思えなかった。
なるほど、払いたいものの金が無いのが揉めていた原因らしい。
「英語分からないからさ、肩代わりしてもいいか?」
「無駄に親切な奴だな。まぁ良いけど」
俺はボブに降りろとボディランゲージで示す。手を広げているから簡単に端末を奪い取れた。
だからボラれてるんだろうなぁ、とため息をつくと、俺は自分の端末からボブに数ドル送付する。
しばらく経ってから慌てだすボブに軽く苛つきながらも、しっかりと運賃を払って出ていくのを見送ると、思わずボブの無事を祈らずにはいられなかった。特に信仰している宗教は無いが、胸の前で十字架を切ると再び文海の隣に座って大人しく待っていた。
するとボブに続くようにして、啜り泣き女が降りて行ったので、俺はかなり安堵した。金は払っていなかったし運転手も気にかけていなかったので、やはり幽霊か何かなのだろう。そのままぞろぞろと客が降りて行く。
テーマパーク的な入り口があるリトルトーキョーを去ると、バスは山の中へと入って行った。
俺はすぅすぅと寝息を立てる文海を起こさないように外を見ると、林が立ち並ぶ山道で空は雲が立ち込める。
しばらく走っていると、林の樹木が途切れて開けた場所にたどり着く。そこにはいきなり巨大な洋館が現れた。しかしすぐ停まる様子はないままバスは走っていく。その都度どんどん洋館がデカくなっていって俺はビビった。
「ご乗車ありがとうございました。洋館、洋館、終点です。お降りの際手荷物などお忘れ物に充分ご注意ください」
「文海、洋館着いたよ」
俺は文海を揺すって起こす。ゴゴンと音が鳴った方を見れば、洋館の奥で遠雷が轟いていた。まさしく洋館の雰囲気に合っている。
文海は寝ぼけまなこのまま有刺鉄線バットを引き摺りながらバスを出た。俺は二人分の賃料を払って出た。
俺たちと勇者御一行といった出で立ちのパーティだけがここに立っていた。つまり他の皆は全員リトルトーキョーへ行ったということらしい。
「お前のファッションセンスを、問うからな」
文海は俺を見ると洋館へ向かって歩き出す。
ファッションセンス? なんだっていきなり。俺は聞いているようで、まともに聞いていなかった。頭に言葉が入っていかない。
「あの......!」
俺に声をかけてきたのは、勇者御一行のうちの魔術師らしき女性が声を掛けてくる。咄嗟に端末を見ると
『魔術師 レベル78』
彼女は見た目通り魔術師だった。現存価値は?
「なんでしょう?」
「あの、うちの勇者がリベンジに燃えてまして......! 良ければ先に行かせてもらっても構いませんか?」
俺は構わないが。
「文海!」
「なんだよ」
「この人たち先に行きたいんだって」
「ハァ!? 私らが先にバス降りただろうが!」
小学生かよ。
「勝負で勝った方が先に挑戦する、でどうだ?」
「構いませんよ。もっとも、私たちはパーティで闘いますけど」
「止めよう文海。集団でボコられるよ」
「黙れ」
「はい」
あまりの気迫に俺は口を噤んだ。今のところ敗戦しか見ていないが、果たして魔術師レベル78に勝てるのだろうか。
「よろしければ、始めましょうか」
剣を構えた勇者、武器らしい棒をこちらに向ける魔術師、それに筋骨隆々の戦士らしい大男。
対するはバイクが無く、戦闘能力不明の虹村文海と幽霊らしき存在が見えるだけの中途半端な半グレ。
どちらが勝ちそうで、かつ主人公っぽいかは言うまでもない。
まず勇者が勇者らしく切り掛かってくる。剣を振りかぶる素振りを見せた瞬間に文海はスライディングで勇者の脚を刈って転倒させると、立ち上がりざまに下から有刺鉄線バットを振り上げて勇者の後方に位置していた戦士の顎に直撃させた。
その筋肉は飾りなのかと言いたくなるほど呆気なく仰向けに倒れる。
その時、魔術師がゆっくりと棒を動かし、何かを呟く。嫌な予感がした俺は咄嗟に叫んだ。
「文海! 伏せろ!」
俺の言葉に従ってその場で伏せた文海の頭があったところでは棒が空振りしていた。瞬間移動だ。魔術師なら造作もないに違いない。
「小賢しい真似しやがって......!」
文海は低く唸りながら魔術師を睨み付ける。
魔術師は再び詠唱したかと思うと、真っ直ぐ俺に棒を向けてくる。
「ファイアーボール!」
その瞬間、宙浮いた火球が3つ俺に向かって飛んで来る。身体が固まったように動かず、それを見つめるのみだった。
まずい。
その瞬間、身体が飛び上がる。殴られたとかではなく、どういうことか見回すと、俺は文海の腕の中にいた。
「文海......!?」
文海も使えたのだ。"残像だ"が。
真っ直ぐ上に跳躍することで火球を避け、高さの割に軽い衝撃で着地すると、俺を睨む。
「離れんな」
「はい......!」
元はと言えば文海から離れて行ったのだが。
そして置いてあった有刺鉄線バットを右手で持ち直すと、左手をゴスロリの肩部分にあるヒラヒラに触れる。それは往年のイチローがよくやっていた予告ホームランのようで。
「ファイアーボール!」
再び放ってきた火球を見事に有刺鉄線バットで打ち返す。パッシャアアアンと火花が飛び散る。
打ち返された火球はそのまま、倒れている勇者に火を付けた。
「ガアアアアアアア!!」
「勇者!」
「まだやるか?」
「参り、ました......。お先にどうぞ......!」
勇者に水を掛けて火を消しつつ、魔術師は文海に譲った。
虹村領では毎日こんなことばかりやっているのだろうか?
「チッ......! 金も持ってねぇのかよ」
文海が端末を確認して舌打ちする。どれどれと見せてもらうと『虹村文海 残存価値 2007.2萬円』と書かれていた。俺が燃やされ掛けてたった1萬円......!
「行くぞ。ようやく本命に会えるってもんだ」
文海の機嫌は悪いままだったが、どこか楽しそうだった。
Pessimism Life Hardcore
Fact4 夢と現-I don't want to be bound by someone else's rules-
To Be Continued
虹村文海 https://note.com/svnstars
もう厭なの女 https://note.com/svnstars/n/na67317431194
リトルトーキョー https://note.com/svnstars/n/n34478412cdbf
勇者御一行 https://note.com/svnstars/n/n180475cf7008




