Fact3 先生とQちゃん -I wanna come deep inside you. And it has to be you, no one else-
這々の体で、俺たちはローズ陸奥の前から姿を消す。
おぶった文海は完全に意識を手放しているようで、俺の両肩から腕がぶらりと垂れ下がっている。それがますます被害の大きさを物語っていた。
しかしそれにしても、1分も持たなかったな。
ローズ陸奥は強い。そして俺にしか見えないあの女も強い。少なくともあの瞬間移動を俺は理解していない。
虹村領に住むには、まずあれを習得しなければならないのだろうか?
やられた文海を見るに恐らく習得していないのだろうが。
空いている方の手で端末を確認すると、俺も文海も現存価値が減っていない。それに心底安堵していると、文海が意識を取り戻した。
「ふぁ」
「大丈夫か?」
「……うぉえ」
文海は俺の背からすっと降り立ったかと思うと、その場でうずくまって嘔吐する。
打ち所が悪かったのだろうか?
俺はローズ陸奥の気配を気にしながらも文海の背をさする。
「脳が、揺れてる」
「まぁアレにやられたらそうだろうな」
顔が真っ青になっている文海を見て、しばらくローズ陸奥と戦うのは無理だろうなと悟る。
俺もあの女に一切歯が立たなかったのだ。
そもそも残像とは。
文海の嘔吐が終わってから、口元を拭ったのを見て再び俺は文海を背負う。
「……アネラ。あいつ絶対ぶっ潰すぞ」
「……だな」
文海から垂れた汗が俺の頬に落ちる。正直俺もムカついてはいた。一方的に蹂躙されるのは好きじゃないし、勝てると思ったところから逆転されるのも好きじゃない。残像を何とかしなければ、ローズ陸奥はおろかビギナーズハード田中にすら勝つことができない。
それはそれとして、ひとつ聞きたくなったので俺は文海に聞いた。
「俺も文海って呼んでいい?」
「ダメだよアホ」
ダメだった。でも文海は俺をアネラって呼んだ。
それがダメならと重ねるようにして聞いた。
「ニジムラの資産額は親から受け継いだのか?」
文海は俺の問いには答えず、苦しそうに呻き声を出したかと思うと、人差し指でとある場所を指し示した。もう一度吐くかと思って速度を緩めたが、"はやくいって"とどこか艶っぽく耳元で囁かれたので俺は少しどぎまぎしながら彼女をおぶって進む。
そこは廃屋のようだった。兎に角身を隠すようにしてその建物に入り込む。
「……屋上まで運んで」
「なんで屋上?」
「いいから」
苛立ちを露にする文海の指示に従うようにして俺は狭い金属製の階段を上って行った。カンカン、カンカン、という音だけが廃屋に響く。外の喧騒から外れたこの空間は、文海と二人だけの世界だな、と思った。
もぞもぞと動く文海を受け止めると、ふと背中に隠れ秘密巨乳がぶち当たる。
天渡アネラとて男子である。この隔絶された場所で、何かロマンス的なことが起きたら良いだろうなぁ、ともじもじしていると、文海が再び口を開いた。
「fu*k」
「何もしてませんけど!?」
「分かるんだよこの■■■■■■野郎が」
「……ごめん」
そこからは再び靴が階段を鳴らす気まずい音だけが響いた。
しばらく上がっていくと、取れかけの看板に「保健室」と書かれた白い鉄扉の前にたどり着いた。どうすればいいのか。文海に話しかけようかどうか逡巡する。
「いつまでそこに立ってるんだ、早く入れよ」
中から女性の声が響いた。何故俺が立っているのかがバレたのか、全く理解出来ずにいた。
何かを見透かすような、それでいて突き放す感じのない声だった。
そこには白衣を着た保健室の先生がパンダ型の遊具に乗って走り回っているのが見えた。
子供の頃に行った遊園地で見た事がある100円を入れて動かすタイプの遊具だった。
保健室の先生は白衣のボタンを外していて、中には真っ黒いTシャツを着ていた。
そして咥え煙草でパンダの背中についたハンドルを回しグルグルと回転して遊んでいる。
「あの、すみません」
「少し待ってろ、いま終わる」
入れと言われたものの、手持ち無沙汰になっておずおずと声をかけたが一蹴されてしまった。
保健室の先生を載せたパンダは哀愁のあるメロディを奏でて動き回っている。保健室の先生がハンドルをきる度にパンダは右へ左へ向かって動いた。
そして次第に動きを緩めていくと、保健室の先生が咥えていた煙草が燃え尽きるのとほぼ同時にその動きを止めた。
メロディも止んだ。
保健室の先生は満足そうにパンダの背中をポンと叩くと、パンダに跨ったままの姿勢でこちらを見て訊いた。
「なんのようだ」
眼鏡の奥にある垂れ目がドロリと光った気がした。
パンダを降りた保健室の先生はずり上がったままのスカートを直そうともしない。
もう少しで見えてしまいそうだ。
「ここに行けって言われて」
なんとなく見てはいけない様な気がして視線を辺りに向けた。
数台の旧いゲーム筐体が並んでいて、音こそ出てはいないものの画面は明るく光っている。
文海を背負った俺の立ち姿を見て保健室の先生が鼻で嗤った。
「またやらかしたか」
「えっ?」
「これで四度目の敗北だなぁフミよ」
近寄ってきたかと思うと、おもむろに文海に顔を近づけながら保健室の先生は言う。
「……るせぇ」
「ニジムラを知ってるんですか?」
「当たり前だよ、そいつは私が3回も治したんだからな。お前も何か治して欲しけりゃここに来い」
「はぁ……」
俺はそう返すのが精一杯だった。治すも何も、精々虹村領に放り込まれる前の馬鹿な俺を救ってやって欲しいくらいしか思い付かないが。
息が絶え絶えの文海をゲーム機の間に雑に置かれたベッドの上に横たえて、再び先生を見る。
やたら細いピンヒールをカツンと鳴らして歩く保健室の先生は端に置かれた自動販売機に向かうと、そのまま硬貨を投入する辺りに蹴りを入れた。
蹴られた自販機は数本の缶コーヒーを吐き出した。
「飲むだろ、やるよ」
保健室の先生が投げつけたコーヒーは良く冷えていた。
「フミのことなら任せておけ。2,3時間したら元通りにしておいてやる」
「よろしくお願いします」
「脱がすから、お前はどこかに行ってな」
そう言われてしまったので、俺はさっきの扉から出て階段を降りていく。ローズ陸奥は追ってきていないだろうか。文海が乗っていたバイクは無事だろうか。
端末を取り出して確認すると、Battle中の表示が消えていたので、今は戦闘中ではないのだろう。
『天渡アネラ 現存価値299.5萬円』
改めて、今の俺の命の価値は約300萬円だそうだ。思いの外安いような気もするし、これくらいが相場のような気もする。しばらく食べる分には困らないだろうが、何かしらで稼がないといずれは詰むだろう。
そんな事を考えながら廃屋でぼんやりしているが、端末を付けても数分と経っていない。あまりにも時間を持て余しているので、俺は少しだけ辺りを散策してみることにした。WARNINGが出たらすぐに逃げよう、と思いながら。
昨日来たばかりだが、改めて見渡してみると終わっている街だ、と思った。
謎の大型バイクが行き交い、まともに形を保った建造物が見当たらない。文海の父親たる虹村大厳さんが管理しているとか書いていたが何も管理できているとは思えなかった。
「おめぐみを……」
俺に縋ってくるように声を振り絞るホームレスもそこら中にいる。端末を確認すると彼の残存価値は0.01萬円と表示されており、改めて惨い世界だとも思い知る。
現金ではないのでお椀の代わりに俺と同じ端末を差し出してくる。嫌だなぁ、と思いつつその0.01萬円は誰かが送金した結果なのだろうなと考えながらそこの空間も抜けると、商業施設と言っては大げさだが、露店が集合している区画へとたどり着いた。保健室から10分ほど歩いたところだろうか。
入り口らしき場所にあった立札には『極彩色アーケード』と書かれていた。
名は体を表す。
極彩色アーケードに入る前にいたホームレスの姿はなく、代わりにプリズム色のド派手な特攻服を着たヤンキーや蛍光ピンクの婦警姿を身に纏う年齢不詳の女性、ペンキに塗れた学生服を着こなすなど若者が歩き回っている。
特に荒れている様子もなければ警告音を出さない端末の姿から、虹村領の中では比較的に治安が良いと言えそうだった。
ボコり代行、タバコ屋、宗教法人虹村教、もんじゃ焼きnot Vomit、あやしくないおみせ、有刺鉄線バット専門店などなど、ありとあらゆる店が立ち並んでいた。タバコ屋と有刺鉄線バット専門店には行列ができていた。
そんな中、極彩色ではない人が、露店が出しているであろうテーブルに出されたジュースを、テーブルに並ぶ椅子に座って飲んでいた。白濁したそのジュースか酒かは非常に美味しそうで。俺も一つ頼みたいと思った。
露店は無人で、人の代わりに卓上ベルが置いてあったので迷いなく押す。チーン、という音が鳴り響いたかと思うと間もなくスーツをしっかり着こなした男性が現れた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの……。ここで出してるのは桃ジュース、ですか?」
少し訝し気な表情を浮かべるも、スーツ男は答える。
「はい、桃ジュースも取り扱っております。他にはビールとか」
「あ、じゃあ桃ジュースひとつください。桃ジュースがすごい美味しそうだったんで」
「ありがとうございます」
端末を出して桃ジュース代0.3萬円を支払う。普通のジュースにしては高いのだろうが、物価が10倍というシイナ特別経済特区の常識からすると桁外れに安いのかとも思われた。
スーツ男がインカムで指示を出したのかと思うと、俺に言った。
「お持ちいたしますので、お席に座ってお待ちください」
すごいなぁ、俺が外で買ったことのあるジュースは金を払えばしばらく待って、その場で出されて終わりだったぞ。
極彩色ではない先客を見ると、そこには東映映画から飛び出してきたのかと思うほど見事な反社会勢力的暴力系の男が座っていた。
細い体躯に張り付くようなダブルのスーツは黒地に金のストライプが入っており、大きく開かれた派手な模様のカッターシャツはその巨大な襟で本当に誰かを斬れるのではないかと思えた。
あれもボスなのか? それともビギナーズハード田中同様、人を見つけたら賞金代わりに狩りに来るヤバい奴なのだろうか?
しばらく警戒していたが、その反社会的勢力的暴力系男は美味そうにジュースを飲むばかりで、特段何か絡んでくるだとか襲ってくるようなことは無かった。
「お待たせしました、こちらがその商品になります」
再び現れたスーツ男に付き添うように、小柄な男がジュースボックスを持って立っていた。
名札には「Qちゃん」と書かれていた。仕事内容がキツいのか、完全に顔が死んでいる。完璧に疲労の権化とも言うべき姿をしていた。
スーツ男が何かをボソボソと呟くと、Qちゃんはジュースボックスの中から白濁色に光る瓶を取り出して蓋を開け、スーツ男が持ってきたグラスにトクトクと注ぎ込んでくれた。しかしその眼はどこか羨ましそうで、俺はQちゃんも喉が渇いているのだなと思った。
「飲みます?」
思わず店員さんに聞いてしまうほど、Qちゃんは見るからに疲れていた。Qちゃんはウへヘと頭を軽く下げて挨拶をするばかりで、俺の質問には答えてくれなかった。
「それじゃあ、いただきます」
俺はコップを傾けて桃ジュースを飲む。
横目でちらりと見ると、反社会勢力的暴力系の男のサングラスの奥にある瞳と目が合った気がした。
忘れるようにして一気に桃ジュースを飲み干す。あまりにも美味くてビックリした。
帰り際に美味しかったですと言うと、スーツ男は微笑み、Qちゃんは張り付けたような笑顔を浮かべていた。
端末を確認すると1時間半ほど過ぎていたので、早ければもう少しで文海が元通りになるだろう。
あの先生の言葉を信じるならば、の話だが。
そうやって天渡アネラは極彩色アーケードを後にした。
その後にやってきたヒョロリとした男がイセタンシイナ経済特区出店所を見て、驚愕の表情を浮かべて絶叫した。
「Qちゃん!? 爆死したはずでは!?!?!?」
俺は極彩色アーケードから再び保健室へと帰ってきた。
「遅かったな」
俺に声を掛けるのは保健室の先生ではなく、アーケードゲームに興じる文海だった。さっきまでの死に掛けのアレは何だったんだ。
「……元気そうで良かったよ」
「お前もくれぐれも気を付けろよ。ここはぼったくりのヤブ医者だ」
「治してもらっておいてそいつは無いだろう」
いつの間に現れたのか、保健室の先生はクツクツと嗤う。
「クソがよ」
「ローズ陸奥には女がついてる。まずはそいつをやることだろうな」
保健室の先生はそれだけ言うと立ち上がり、パンダの背中に100円を投入すると再び流れ出した悲しいメロディと共に動き出したパンダをハンドルで操作してそのまま屋上フェンスを突き破って落下していった。
「えっ!?」
「心配するな、あいつお決まりの退場の仕方だ」
いつの間にか咥えていた煙草に、文海はライターで火を点けた。
煙草の煙が、廃屋から傾きかけの太陽が照らす空に向かってひたすらに伸びていた。
Pessimism Life Hardcore
Fact3 先生とQちゃん -I wanna come deep inside you. And it has to be you, no one else-
To Be Continued
虹村文海 https://note.com/svnstars
保健室の先生 https://note.com/svnstars/n/n767e1e41cad0?sub_rt=share_pw
極彩色アーケード https://note.com/svnstars/n/n20598784d254
Qちゃん https://note.com/svnstars/n/na5e4f2d8c7b3?sub_rt=share_pw




