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Fact2 1st battle-Ah, my love Rides the southern wind and runs-

本作品はニジムラリョーという作家の全面的なご協力のもと執筆させていただいております。


「とりあえず今日はもう遅いから、そこら辺で寝てろ」


 ぶっきらぼうに言う文海は、いつ取り出したのか手に何かを持っていた。


「何それ?」

 俺は当然の疑問を口にする。

「そろそろローズ陸奥と決着をつけないといけない」

 何かを肩に担いだ瞬間、窓から差し込んだ月光がその物を照らし出す。


 それは金属バットのようだった。何か細かく刺々しいものが巻き付いている。

「この有刺鉄線バットで、奴から3000萬円巻き上げる」


 有刺鉄線バット。それはその名の通り、金属バットに幾重にも有刺鉄線が巻き付けられていた。その一部からは電線が垂れ下がっており、いかにも物騒だった。


「そもそも、あれは何なんだ?」

「たぶん元々は人間だったんだろうな。今は何か知らん」


 完全に人の思考を置いてけぼりにするような発言だ。

 文海は苛ついているのか、少々表情を歪ませるとまた煙草を咥えて火を点ける。

 静かな呼吸音と共に部屋に紫煙が揺蕩う。


「私は少なくとも3回は挑んだ。ステゴロでな」

「あいつにかよ?」


 建物を軽々と破壊する常人離れした筋肉の塊に、この華奢な少女が挑んだというのだろうか。


「あいつのキックは効くぞ。二週間意識不明だった」

「なんとまぁ」


 呆れ混じれに俺は返答する。俺ならワンパンで死ぬかもしれない。初心者狩りの(ビギナーズハード)田中にすら全くと言っていい程歯が立たなかったのだ。


「三度目の敗戦から、こいつをずっとかましてやると心に決めてたんだ」


 有刺鉄線バットを眺めながら文海は心底楽しそうな笑みを浮かべる。あぁ、やっぱりヤバい奴だったんだな。どこか安心する自分が居つつも、やはり怖い。

 俺は今怖い文海を見たくなくて、少し目を逸らすと、床に何かが散らばっているのが視界に入った。よくよく見てみると、それは書き散らかされたような原稿用紙だった。


「これは……?」

「趣味だよ」


 文海は俺と目を合わせずに煙草を吸う。

 しばらく有刺鉄線バットを見つめる文海を待ってから、俺はおずおずと声を掛ける。


「読んでもいいか?」

「……好きにしな」

 俺は『Re: 【超短編小説】狂猫Quick Onion頼むぜジーザス』というタイトルが書かれた一枚目から読み始めた。


『違う、そうじゃないと言う声は「にゃあ」と言う音になってフローリングに吸い込まれていった。

 マジかよ。冗談じゃねぇぞ。

「にゃあ」

 おれの呪詛は再びか細い鳴き声になって消えた。』


 なるほど。変身か、あるいは吾輩は猫であるの現代版なのだろうなと思い至った。


『おれは確かに猫になりたいと願った。

 働きたく無いからだ。

 メシを食って寝る為に働いていくのはごめんだと思った。

 地域猫になって撫でられて可愛がられて生きたいと願った。

 餌の苦労をせず、愛想や社会性を必要としない存在になりたかった。

「あぁ、猫になりてぇ」

 寝床で呟いたときだ。

「その願い、聞き入れた」

 おれが寝る前に聞いたのは幻聴じゃなかった。

 目が覚めると、おれは一匹の中途半端な成猫になっていた。』


 出会ってまだ間もないが、確かに文海を見ているとどこか猫っぽいし、きっと来世には猫になりたいんだろうなという気がしている。

 その瞬間に、猫耳を付けたメイド服姿になった、困り眉をした文海が「にゃあん…」と鳴く姿が脳内を駆け巡り、慌ててかぶりを振る。気を取り直して続きを読む。


『なってしまったものは仕方ない。

 おれは猫だ。

 猫砂が無いので取り急ぎ洗面台で用を足し、ソファで爪を砥いだ。

 伸びをして落ち着いたところで、腹が減った。


 わかっていた事だが、猫のエサなんてない。

 なにを食っていいのか分からない。

 全く自信は無いが、仕方ないので床に直置きしていた米袋を割いて数つぶ齧った。

 不味い。』


 何をやっても現実というものは俺たちの前に立ちはだかる。俺が強盗の罪で手錠をかけられた瞬間だって、どこか夢のようだとも思ったし、きっとこの主人公が猫にさせられたという感覚も、どこか曖昧だったのだろう。

 登場人物の彼はなんで猫になってしまったんだろう。そして、俺はなんで犯罪者になってしまったんだろう。


『不味いが、何も無いよりマシだ。自分のズボラさに感謝をした。

 あとは野菜がある。

 猫は何の野菜を食べていいんだっけ?確かネギ類はダメだったはずだ。じゃがいもやカボチャは硬くて論外だ。


 中学の時にもっとまじめに生物をやるべきだった。……中学で猫の生態なんて習わなかったか。

 野菜を放り込んであるカゴをひっくり返すと胡瓜が転がり出てきて心底ビビった。

 こんなもん冷蔵庫に入れておけよ。

「にゃあ」

 いくつかある野菜の中でもトマトなら平気な予感がしたので試しに齧ってみたら案外とイケた。』


 身体が物理的に小さくなれば、映る世界もまた別のものとなろう。

 確かに生物の授業で猫は習わなかったかもしれないし、仮に明日猫になったとしたら、今読んでいるこれこそが生きた教科書になるのだろうな、と思った。


『ちくしょう、メシでこんなにビクビクしなきゃならねぇなんて考えてもみなかった。

 人間てのはなんて雑な身体をしてやがる。

 前足で口の周りを拭ったりしていたら唐突にジャーン!!と言う音でスマホの目覚ましが鳴った。

 同時にテレビのオンタイマーが作動してニュースが映った。

 びっくりしてオシッコが少し出た。

 馬鹿みたいな音量で目覚ましを鳴らしやがって、なんて怠惰なやつだ。

 気でも狂ってるに違いない。』


 ここで思わず吹き出した。猫になった自分と、猫になる前の自分が被さっている。

 面白い話を書くのだなと思い、ふと文海を見遣ると煙草を咥えてソファに寝そべったたまま、真っすぐに瞳だけがこちらを見ていた。思わぬ形で見合ってしまった俺は気まずくなって再び原稿用紙へと目を落とす。


『苛立ってきたが肉球ではリモコンスイッチが押せない。

 スマホのスヌーズは三分起きに鳴る。

 頭がどうにかなりそうだったが、おれはとっくに猫になっているのだ。

 閉じきらない押し入れに身体をねじ込み、できるだけ奥の方で丸くなった。

 やれやれ、家主がだらしない奴で助かった。


 そうやってしばらくすると、人感センサーでテレビは消えた。』


 ここでさっきまで自分だった物が「家主」に変わっていることに気付いた。人間的な苛立ちなどの感情は残しつつも、少しずつ人間から離れているのかもしれないと思った。自我が消えうせ、畜生へ変わる。そんな機微を感じ取った。


『スマホのアラームは鳴るのを諦めた。

 ざまぁみろ、粘り勝ちだぜ。

 これからゆっくり、どうするか考えよう。

 その前に少し眠るのだ。暗くて狭くて落ち着く。

 ウトウトしていると再びスマホが鳴った。

 今度は会社からの電話だ。

 肉球を使って応答ボタンを押すと

「おい、遅刻するにしても電話のひとつくらい寄越せ」

 と怒鳴られた。

「にゃあん」

 仕方ねぇだろう、猫になってんだから。

「おい、猫か?って事は家か。いつまで寝てるんだ、早く来い」

 電話が切れた。』


 猫の自由さと、人間の不自由さを往来する。せっかく猫になったのに、その安眠は唾棄すべき労働の象徴たる上司に邪魔されるのだ。

 俺はいつの間にか夢中で読み耽っていた。この感覚は、何とも言い表しにくいものだ。


『そうやって何日かが経った。

 腹が減った。

 おれはいま、目の前にあるタマネギを転がしている。

 もう諦めてこれを食って楽になるべきなんじゃないだろうか。

 疲れたよ、と言う呟きは「にゃあ」と言う声になってタマネギの毛根を揺らせた。』


 気が付くと数枚捲った原稿用紙の端っこまで来ており、これ以上の紙は無かった。話はここで終わったのだ。

 俺は呆然とする。

 あまりに唐突すぎて、これからどうなるのだろう、どう展開されるのだろうと思った刹那に終わる。


「これで終わりなのか? 主人公はどうなっ......!」

「人生はクソだ」

「……世界はクソだ」

「……そして、労働はもっとクソだ」


 俺を見て吐き棄てるように文海は呟いた。それは俺の質問に答えるというよりも、普段の思いが吐露されたようだった。

 そして俺を見ると、諦めたような溜息をつく。


「変な話、だろ?」

「まぁ......!」


 面白かったけども。もっと読みたかったが確かに変な話だ。


「そういうもんだよ」


 何がだろう?

 文海はそう言うと両手を頭の後ろにやって目を瞑り、すやすやと寝息を立て始めた。

 女子の家で泊まるのは初めてだったので緊張して眠れないのかと思いきや、今日の色々に振り回されていた俺は呆気なく夢の世界へ飛んで行ったのだった。



 目を覚ますと、窓からは真っ白な光が部屋を満たしていた。


「おう、今日やりに行くぞ」


 有刺鉄線バットを構えた文海は俺を見下ろしながら言った。

 俺に代わって腹の虫がぐぎゅるるる、と返事をする。


「そっか。お前煙草吸わねぇもんな」

「何か、食べるものはありませんか……?」


 というか文海は何も食べないのだろうか?


「その端末から気軽に買えるよ。現存価値は減ってくけど」


 自分の端末に目をやりながらまた煙草を咥える。本当に本当のヘビースモーカーだ。そして今時紙巻きたばこなど、どこから調達しているのだろう。

 そんな疑問は後だ。とにかく今は食べることが生存に直結する。いくらヤバい世界に生きていようが腹は減る。

 適当にアイコンを押しているとLifeカテゴリにハンバーガーのマークが出現する。ファストフードはこんな世界にもあったらしい。

 ホットドッグ、春菊天蕎麦、爆弾オニギリ、生モアイ

 所々変な気はしたが、とりあえずホットドッグを頼んだ。0.5萬円と少し割高だと思ったが、背に腹は代えられないし、俺の現存価値からするとかなり安いと思った。


 文海が二本目の煙草を吸い終わるころに、ピンポーンという音が端末から鳴った。ヴィーンという音が窓の外から聞こえたので覗き込んでみると、ドローンに括りつけられた紐がホットドッグの入った箱に繋がっている。

 決済も端末から終わっているので、それを受け取って食べるだけでよかった。

 何気に娑婆の飯も久しぶりだ。思いきり堪能した。

 端末に表示された領収書には『Presented by NEO TOKYO』の文字が光っていた。これは虹村領の物では無いらしい。


「行くぞ」


 俺の食事を待ってくれていただろう文海は、もう待ちきれないといった感じだった。


「文海」

「ふみって言うなぁニジムラって呼べ!」

「ニジムラ。ローズ陸奥と真正面からやるつもりか?」


 一瞬赤面した文海を見て慌てて俺は言い直した。その手に持つものを思えば、俺の判断は冷静だと言えた。


「……まぁ、今回はこいつがあるから大丈夫だろ」

「いやステゴロよりはマシだろうけどさ……」


 無謀すぎると思う。だが、突破口があるとしたら。


「なぁ、俺にそのバット預けてくれないか?」

「なんでだよ」


 昨日の会話を思い出していた。()()()()()()()()()()()()()()()


「じゃ、予備のバットやるよ。例の女とかいう奴な。ちゃんとかませよ?」


 会話を思い出していたのは俺だけではなかったようで、だからこそ俺を連れて行こうとしているのだろうと思った。


「ちなみにローズ陸奥とそのバットで戦ったら、何分くらい持つ?」

「見てりゃ分かるよ」


 有刺鉄線バットを右肩に背負い、口の端を歪ませながら笑う文海には大変期待したいところなのだが、冷静に考えて3回は負けている。というか見てりゃ分かるのだろうが、勝率があるのかどうかを知りたいのだ俺は。

 しかし俺も予備バットを貰って何とかしようと画策する。

 ローズ陸奥が迫ってくるとする。

 文海がローズ陸奥に向かって真っすぐ飛び込んでいく。

 俺が様子を見て女に殴りかかる。

 勝利。

 3000萬円ゲットだ。

 そんなに上手くいくものなのだろうか?


 とはいえ、やってみないことには分からない。昨晩だけでかなり染められてしまった俺は文海の分と一緒に有刺鉄線バットを肩に担いで文海の部屋を出る。

 階段を降りながら改めて物件に目をやると、無骨なコンクリート造で、トタンの屋根が乗っかっている。木造建築が立ち並ぶ虹村領の中では比較的現代的と言えた。

 NEO TOKYOはどんな場所なのだろうとふと思った。ドローンを飛ばし、外の世界の東京よりも新しくて楽しそうだ。

 文海と一緒にバイクに跨る。フルフェイスのヘルメットをしてから、俺は文海の身体に手を回す。

 二、三度ほどキックしたバイクがエンジンを奏で、そして再び俺たちは昨晩の大通りへと舞い戻った。



 大通りは破壊された建物の集合体のようだった。見る人が見れば爆撃の被害にでも遭ったのだろうと思うだろう。しかし、自治は機能しているようでしていない。虹村大厳は何をやっているのだろうか。


「大体この辺ほっつき歩いてんだけどな」


 眼前に手をやりながら、煙草をやめない文海が見渡す。昨日の感じだと数百メートル離れていてもローズ陸奥の気配が感じ取れるようだった。


「気まぐれってやつじゃないか?」

「無ぇよ。あれはそういう機能を持ってない」


 どういう機能なんだろうかと思いを巡らせていると、ふと視界に昨日の女が入る。相変わらず何も考えていなさそうな顔をしながら大皿を手に持っている。

 ということは、アレも、ローズ陸奥も近いということだ。


「隠れて」

 俺は咄嗟に文海に覆いかぶさるようにして瓦礫に身を隠す。


「……出たのか」

「そうだ」

 慌てふためくことなく、文海は俺に問いかける。そして俺の表情を見てしっかりと悟ったようだった。


 その時に地面が揺れているのを初めて感じ取った。ずっとエンジンを切り忘れているバイクの振動だと思っていたのだが。


「……下か!」


 文海が跳躍した。俺を持って。

 その瞬間に地面が割れ、真下からローズ陸奥が片手ガッツポーズの状態で姿を現した。


「お出ましだな」


 俺は文海に有刺鉄線バットを投げ渡す。片手で受け取ったかと思うと、そのまま文海はローズ陸奥に襲い掛かる。


「むぅん!」

 文海が振りかぶる有刺鉄線バットがローズ陸奥の身体に触れた途端、パッシャアアンという音を鳴らしながら辺りに火花をまき散らした。一体どういう原理で爆発しているのだろうか。


 とはいえ、状況は完全に想定していた通りだった。

 そしてローズ陸奥もまた、反撃とばかりに文海に向かってその肥大化した上半身を思いきり振るう。

 女はと言えば、大皿を持ったまま心配そうにローズ陸奥を見遣る。その視界に文海を捉えているのだろうが、俺は映っていない。

 今がチャンスだ。


 そろりそろりと近付き、思い切り有刺鉄線バットを女の頭に振り下ろした。人体の、肉の生々しい感触が俺の手に伝わる──


──はずだった。


「残像だよ」


 俺の耳元で女が囁く。

 左肩に向かって振り向くと、女は真っ直ぐに俺を見て微笑んだ。

 確か、これは昨日田中にも言われた。


「ちょうど良いや。君もキックボクシングやってみない? 減量は協力するよ」

「何を言って......!」

「陸奥くん、かっこいいでしょ? 早く守ってあげないと、あの娘死んじゃうよ」


 ふと前方を見遣ると、文海が投げ出されていた。ローズ陸奥は文海から興味を逸らしたようで、既に瓦礫になったコンクリートを、蟻を潰すかのように崩し続けていた。

 俺は女を振り払って慌てて近寄り、呼吸を確認する。

 怪我人が絶えないだろう地区だ。せめて医療施設くらいあるだろうと端末を出してみると


『Battle中 虹村文海 現存価値2206.2萬円 天渡アネラ 現存価値299.5萬円

WARNING

BOSS "ROSE陸奥"』


とだけ表示されており、そこには誰の助けも呼べない仕様であった。


「領主様へのホットラインも無いのかよ!」


 一人娘だというのに殺生なもんだ。しかし、そういうもんだよと言った文海の言葉通りなのかもしれない、とも思った。


 俺は女に振り向きざまに言った。


「この借りは絶対に返す」

「ウケる! あの娘と同じこと言ってるね!」


 俺は文海を抱えて、そこから走り去った。


「プレゼントもあげるから、また挑みにおいで!」


 おっとり系何も考えてなさそうで色々考えてた女に復讐を誓いながら。


Pessimism Life Hardcore

Fact2 1st battle-Ah, my love Rides the southern wind and runs-


To Be Continued

虹村文海 https://note.com/svnstars

有刺鉄線バット https://note.com/svnstars/n/n99fed0c4efa4

Re: 【超短編小説】狂猫Quick Onion頼むぜジーザス https://note.com/svnstars/n/nb517ed1c8c21

春菊天蕎麦 https://note.com/svnstars/n/n8d07f5433833

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