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9話 新婚生活(sideメディルス)

メディルスは新婚生活に満足していた。

ライラは大人しくそれでいて賢明な女性だった。

メディルスに必要以上のことを求めてこない彼女は最高の結婚相手だったと言えるだろう。


ぼんやりとカーテンの隙間から差す月明かりをたよりに、すやすやと寝息をたてるライラを見つめる。

ライラは寝るのがはやい。寝つきがいいのか、ベッドに入って横になるとすぐに寝息が聞こえはじめる。


ふっと笑いながら彼女の顔にかかった髪をはらう。ぴとと頬に触れれば滑らかな彼女の肌から睡眠中の人間らしい熱を感じた。

すやすやと眠る彼女は起きる様子もなくメディルスのされるがままだ。


(穏やかだ)


メディルスは自分の結婚生活がこんなにも過ごしやすい心地よいものになるとは思っていなかった。

未だにメディルスの心にはイリーナがいる。

結婚でもすれば相手の女性をイリーナと比べてしまったり、自分が彼女を愛することを咎められ、相手との仲がギクシャクしてしまうことがあるだろうとメディルスはずっと思っていた。

メディルスはイリーナを想うことをきっとずっと辞められないと思っていた。

だから頑なに結婚することを拒んでいたし、それでいいと思っていた。


だが実際はどうだ。ライラはイリーナとは全く正反対……とまではいかないがイリーナに比べて大人しくか弱く感じるご令嬢だ。

だが、だからといってそれがイリーナと比較する要素になりうるのかと聞かれればそれは否だった。

イリーナにはイリーナの良い所があるし、ライラにはライラ特有の良い所があった。「イリーナだったら」などという比較の感情は生まれず、メディルスはありのままのライラを受け入れられていた。

3年も経って徐々にイリーナという存在の記憶が薄れていっていることもその理由だったのかもしれない。

ともかくメディルスは自分が思っていたよりもすんなり、妻としてのライラを受け入れ尊重することができたのだ。


メディルスがイリーナを愛することも、ライラは咎めなかった。それは自分も同じだからという理由だったが、だからこそ、メディルスは罪悪感を抱かず、イリーナのことを想い続けることが出来た。

そう、罪悪感がないのだ。その事実がメディルスの結婚生活を過ごしやすいものへと変えていた。

お互いに同じ痛みを抱えた失恋者である。きっと彼女の心にも未だ忘れられない男の存在があるのだろう。その事を疎ましく思うこともなく、メディルスはただ受け入れていた。

その上で、優しく、聡明な彼女を愛おしく思えていた。


『ふふ、ダメですね。もう吹っ切れないといけないのに』


そう言って涙を流していたライラを想う。

失恋したばかりだと言うのに、新たな道を歩もうと決め国を出て、想い人のことを振り切りメディルスの前で提案をしてきた彼女はとても立派に思えた。

それに比べて自分はどうだ、じゅくじゅくと3年間もイリーナの事を想い、結婚を拒み、全てを拒絶して、前を向こうとはしていただろうか。

ライラを見ていると自分の感情が愛などではない独善的な醜い物のように思えて仕方がない。

そんなことは無いのに。


そっと自分の右手にあるウロボロスの聖印を見やる。この聖印を手にする過程ではイリーナが深く関わっていた。だから、メディルスはこの聖印を見る度に彼女の事を想うのだ。


メディルスは、いつものように聖印に口付けようとして、やめた。


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