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8話 ある日の朝

朝。パチリと目を冷ませば、目の前にはすやすやと寝息を立てるメディルスの顔がある。もう見慣れてしまった光景にふふと笑みを零す。


(本当に綺麗なお顔)


そっと起こさないように彼の顔にかかる髪をはらう。ううんと身じろぐメディルスはお寝坊さんらしい。いつも早く目を覚ますのはライラの方で、日が昇ってしばらくする頃に起こしてあげるのが日課になっていた。

スルリとベッドからおり、トポトポとと水差しから水をそそぎ、水を飲む。ふうと一息つくと、寝室のカーテンを開ける。

今日はしとしとと雨が降っていた。外に出るのは億劫ねと思いながらも、今日はメディルスは領地の視察に向かわなければならない日だ。お勤めが大変そうねなどと思いながら、すやすやと寝息を立てる彼を見やる。


(早めに起こした方がいいかもしれないわね)


馬車での移動も雨が降っていれば道の泥濘などで遅れることになるだろう。出発時間も前倒しにさせた方が良いかもしれない。そっと彼の身体を揺する。


「メディルス、メディルス。起きて、朝よ」

「うぅ」

「今日は雨よ。視察に行くんでしょう?」


優しくゆり起こせば、ようやく身体を起こしてくれた。

くしくしと目を擦る彼は、こう言っては怒られるかもしれないが可愛らしい。ライラは大きな子供か弟が出来たような気持ちだった。


「おはよう、ライラ」

「おはようメディルス」


まだ眠たいのかうつらうつらとしているメディルスは服を着替えてくると自分の部屋の方に行ってしまった。


ライラも身支度を整えに自室に向かった。


「おはようございますライラ様」

「おはようエデル」


エデルに手伝って貰いながら身支度を整える。今日は明るい水色のワンピースにした。


「今日はどちらにしますか?」


エデルに聞かれジュエリーボックスを眺める。


「アクアマリンにしようかしら。ほらあのお花の形をした」


「ああ、あれですか」とエデルはアクアマリンのネックレスを取り出すとライラの首につけてくれた。


これはスヴェインがライラの20歳の誕生日にくれたものだ。

特別な思い出のあるそれはつけるとほんのりと温かい気持ちになれた。おめでとうと言いながら口付けをくれたスヴェインを思い出す。彼のことを思い出すときゅうと胸の辺りがむず痒くなった。


(相変わらず私ったら未練たらたらなんだから)


とはいえスヴェインに貰ったアクセサリーの数々を捨てられない。

思えばジュエリーボックスのほとんどのものがスヴェインから貰ったものなのだ。未練がましくなるのも仕方ないことだろう。


「ねぇ、エデル」

「はい。どうかされましたか?」

「私はスヴェインに貰ったアクセサリーを捨てた方がいいのかしら……」


そういうとエデルは驚いたようだった。


「こんな立派な贈り物を捨てるなど、エデルは考えられませんが……そうですね……奥様が辛い思いをしているのでしたら手放した方がいいのかもしれませんね」

「……」


そっと首元のアクアマリンに触れる。


「手配致しましょうか?」

「ううん。いいわ。今はまだ……」


まだライラはそれらを捨てる勇気がなかった。


寝室に戻るとキッチリ身なりを整えたメディルスが書類片手に丸テーブルに座っていた。

今日の視察の確認をしているのだろう。


「今日はどこまで行かれるんですか?」

「うちの中でも中心地にあるロソンという町だよ。最近そこいらで治安が悪いみたいでね……」

「そうなのですね」


牽制も兼ねた視察だろうとライラは思った。

治安の悪い場所に向かうというメディルスが少し心配にもなったが、彼はウロボロスの聖印持ち。やたらめったらなことで負けはしないわと思い直す。


メディルスは次期サレン伯爵だ。

カイラスは来年にも彼に家督を相続する予定とのことで最近のメディルスは徐々に忙しくなってきているらしい。

ライラも次期伯爵夫人としてミレナから屋敷の管理などについての引き継ぎを受けている途中である。帝国もリュミエール王国も夫人が家を守るという習慣は変わらないらしい。一応側室候補であったライラは苦戦することなくそれをこなしていた。


メディルスはトントンと書類をまとめるとライラに向き合う。


「そういえば君を社交界へ紹介する日の予定が決まったよ」

「まぁ。そうなのですね。どこのパーティになるのですか?」

「2週間後、帝都の皇城で行われる社交パーティだ」

「それは……大舞台ですね」


帝都の皇城。それはつまり皇帝の居城で行われるパーティということだ。きっと参加する面々も立派な肩書きを持った偉い人たちばかりなのだろう。ライラは若干気後れしていた。そんな立派な場でのお披露目など不安で仕方がない。


「そうだね。まぁ、気楽に構えてくれればいいよ」

「むちゃ言わないでください」

「ははは」


ライラはスヴェインの密かな恋人として扱われていた。公の場では誰かにエスコートされた経験も少ない上に、多くの人に紹介されるなどといった経験もしたことがないのだ。


「ついでに帝都の案内もしようか。はじめてだろう?」

「まぁ。それは楽しみだわ」


帝都にはまだ行ったことがない。が、観光名所の沢山ある華やかな場所だと聞いている。ライラは素直にその提案を喜んだ。


「出発は3日前に。滞在期間中は帝都にある別邸に泊まることになるから準備しておいて」

「分かりました」

「じゃあ朝食をとりにいこうか」

「はい、メディルス」


朝はいつもこんな調子でお互いの予定を確認したりしながら過ごす。この穏やかなルーチンにもライラは慣れてきたところだった。


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