5話 未練
あのお茶会からは平和な滞在時間が続いた。メディルスは相変わらず微笑みを絶やさない、そんな姿がスヴェインに重なる。
(スヴェインもいつも穏やかに笑っていたわ)
ふふっと懐かしさで笑みがこぼれる。
ライラはジュエリーボックスからダイヤモンドのネックレスを取り出す。ただ一粒控えめについたダイヤはかつてスヴェインがライラにはじめて贈ってくれたものだった。あのころはまだ自分もスヴェインも幼く、ダイヤのネックレスも首につければ鎖を多く余らせていたが、今ではその長さもちょうどいい。
他にもジュエリーボックスにはたくさんのスヴェインからの贈り物があった。未練がましいと思われるかもしれないが、ライラはそれらを処分することが出来なかったのだ。
(今頃あちらは結婚式の最中かしら)
今日はちょうどリュミエール王国ではスヴェインとシャノンの結婚式が行われているだろう日だ。
この同じ空の下で結婚式ができているのならそれは快晴の素敵な式になっただろう。
(どうかお幸せに)
そう祈りながら、ライラはジュエリーボックスを整理するのだった。
―――
今日のライラはサレン家の庭の散策をしていた。綺麗に整備された庭は今は薔薇の季節なのだろう赤やピンクなど暖色を主とした様々な種類の薔薇が咲き乱れていた。
ふと昔スヴェインと行った植物園を思い出した。植物の葉で指を切ってしまったライラをスヴェインは笑いながら手当してくれたっけ。
薔薇の棘に気をつけながら植物のみずみずしい香りを楽しむ。
(あら、ここからは鍛錬場も見えるのね)
薔薇園の隙間から見えるのは鍛錬場。そこではメディルスが1人剣の素振りをしているようだった。
熱心な方だとライラは感心する。
ふと、メディルスは手を止めるとじっと自身の右手の甲を見つめているようだった。
メディルスの右手の甲。そこにはウロボロスの聖印と呼ばれる印が発現していた。先日の茶会でも垣間見えたそれは紫色の痣のようで、きっとそうではないのだろうが少し痛々しいなと思いながら見ていた。
メディルスはそっと、何か大切な誰かを想うように自身の手の甲に口付ける。その姿はどこか神秘的で、ライラは見てはいけないものを見てしまったような、そんなちょっとした罪悪感に苛まれた。
(きっと大切なご令嬢を想っているんだわ)
ライラはなんとなくだがそんな気がした。なぜそんなふうに考えたのかは分からない。女の勘と言う奴のせいにしておこう。
ライラは音を立てないように庭を後にするのだった。




