3話 同類
翌朝、朝食を終えたライラはメディルスを探した。古い屋敷であるサレン家は広く、ライラは偶然会ったサレン家の使用人に彼が何処に居るかを尋ねる。
「この時間でしたらメディルス様は鍛錬場にいらっしゃると思います」
「ご案内致しますね」と、若い侍女はライラを鍛錬場に案内してくれた。
「!おはようございます。ライラ嬢」
鍛錬場を訪れたライラに、メディルスはすぐに気がついたようだ。
簡素な訓練着を身につけ長い薄紫色の髪をポニーテールに結った彼はこちらに向かってくるとにっこりと笑う。
「昨日は失礼しました。遠くから来られたと言うのに……」
「いえ、気にしておりませんので、ご安心ください」
やはりライラのことを気遣うメディルスは好青年だと言えるだろう。「それはよかった」と笑う彼は困ったように視線を彷徨わせる。昨日の様子から見ても、メディルスはこの婚約に乗り気では無いのだろう。どう言えば国へ帰ってくれるか考えているのかもしれない。ライラは彼の言葉が降りてくる前に先手を打った。
「よろしければ、私とお話してくださいませんか?メディルス様」
「……!よ、よろこんでレディ。それでは後ほどサロンにお茶の準備でもさせましょう。私も着替えたいので」
にっこりと笑うメディルスはとても女性の扱いに長けているなと思った。メディルスと後でお茶の約束をすると彼はホールまでライラを送ってくれた。ゆったりと歩調を合わせて歩いてくれるメディルスを見やる。
(この方……随分と女性に人気そうだわ)
ライラは今日まで婚約が決まらなかったというメディルスがどれだけ頑なに婚約者を拒んでいたかを思い知るかのようだった。おそらく引く手数多だったろうに。それだけ件のご令嬢を愛しているのかと彼への好感度は更に上がった。
―――
サレン家のサロンはよく陽の当たる場所にあった。天井までガラス張りの窓からは朝日が差し込んでいる。外の庭園がよく見える位置に置かれた丸テーブルには簡単なお茶とお茶菓子が用意されていた。
「ようこそ、レディ」
メディルスは先程の簡素な訓練着からシャツとスラックスという格好に変わっていた。首元のループタイにとまるのは琥珀色の宝石。
ライラはお洒落な人だなぁとぼんやり思う。
ライラが席に着くとメディルスはいきなり本題から取り掛かった。
「昨日の会話から察されているとはおもいますが、私はこの婚約の話を聞いていませんでね。貴女には、申し訳ないのですが国に帰ってもらいたいのです」
「……理由をお聞かせ願いますか?」
「私には心に決めた唯一愛する人がいるのです。貴女のことは愛せない」
メディルスは凛とそれでいて優しく諭すようにそう言った。
「それで結構ですわ。私にとってはなんの問題もございません」
メディルスは困ったように目を見張った。
「それに私は子を作る気は無いのです。貴女には白い結婚を強いる事になるでしょうね」
「まぁ。そうなのですね?それでも構いません」
それは意外なことだとライラは思う。メディルスはウロボロスの聖印の血を絶やそうと言っているのだ。歴史ある旧家の考え方ではないと思う。ただ、メディルスには聖印は発現していないが妹が二人いるという。どちらも嫁いでいってサレン家には居ないが血はそちらで受け継がれるのだろう。
メディルスは諦めの悪い人だと思ったのかライラをやっぱり困ったように見つめる。冷たく突き放して来ない彼を見てライラはやっぱりこの人はとても優しい人だとそう思うのだった。
「私も同じなのです。メディルス様」
聞いていただけますか?とライラは自分の身の上をメディルスに包み隠さず話した。王太子の恋人だったこと、側室になる予定だったこと、彼を心から愛していたこと、結ばれなかったこと。
メディルスはただ静かにライラの話を聞いてくれた。
「ふふ、ダメですね。もう吹っ切れないといけないのに」
話しながら流してしまった涙を拭う。
「だから、私も貴方のことを愛せないかもしれません。でも、どんな貴方をも受け入れます。それに国に帰りたくないんです。愛せずともお互いに尊重はできるはず……どうか、私をお傍に置いてはくれませんか?」
「……少し、時間をください……」
メディルスはすぐには答えを出さないようだ。それでいいとライラは思う。ゆっくりと考えてもらって、それでも難しいなら国に帰ろうとライラは思うのだった。
お茶会はそこでお開きとなった。先にサロンから出るライラをメディルスは穏やかに見送ってくれた。




