20話 思い出の人(sideメディルス)
「また今年も貴殿と戦うことが出来て嬉しく思う」
「ええ。私もです。今年は負けませんよ」
ガシリと握手を交わすのは因縁の相手、エンディオ・レイトン。漆黒の髪にルビーのような紅色の瞳をした彼はスラッとミスリルの剣を抜くと待機所から出て開始の位置に向かう。メディルスも彼の後に続いた。
「エンディオ〜!頑張って〜!!」
一際大きな甲高い声で彼を応援するのは彼の妻。メディルスの愛おしい人イリーナ・レイトンだった。長い銀髪に紺碧の瞳をした彼女は5人の小さな従者を連れブンブンと大きく手を振りながらこちらを見ていた。
「……うむ」
などと言ってエンディオは顔を赤らめると、彼女の元に立ち寄るようだ。メディルスもせっかくだし彼女に挨拶しようと後ろをついて行く。
「まぁメディルス!久しぶりね」
「あぁイリーナ。君も元気そうでなによりだよ」
メディルスが手を振れば、イリーナも笑いながら手を振り返してくれた。
「ふふっ!メディルスには悪いけれど、エンディオは今年も私に月桂樹をくださると約束してくれたわ。優勝するのはエンディオよ!」
「それは困るな、僕も月桂樹を渡したい人がいるのに」
「まぁ。私じゃないでしょうね!」
「違うよ。さすがの僕も人妻に、しかも旦那の前で手を出したりしないって」
まぁそうよねと、イリーナはカラカラと笑う。
メディルスは目を細めた。明るい彼女が好きだった。よく笑う彼女が。ちょっと手に口付けただけで真っ赤になっていた彼女によく気持ちを高ぶらせていたものだ。
眩しい彼女は間違いなくメディルスの運命の人だった。が、今はどこか絵本の中の人物を見るような、そんな1つの幕を通じて彼女を見つめれていた。
きっと彼女を愛おしく思う気持ちは残っているのだろうが、かつてのように彼女を狂おしく求める感情ではなく、ただその幸せを願う穏やかな愛情に変わっていた。
きっとメディルスの中の変化が上手く作用しているのだ。
イリーナはぐいと体を欄干から乗り出すとエンディオの頬にキスをした。
「絶対勝ってくださいねエンディオ!」
「当たり前だ」
エンディオもイリーナの頬に口付けた。
何を見せられているのかとメディルスは若干呆れていたが、疎ましく思う気持ちや嫉妬は浮かんでこなかった。
ただ、羨ましくはあった。ライラは最前列を確保できなかったらしく少し上階からこの大会を観戦している。
(……僕もライラから祝福を貰いたかった)
反対側の席に居るライラの方を見やる。
遠目だったが彼女は笑いながら手を振ってくれているようだ。メディルスも手を振り返す。
「選手!前へ」
痺れを切らした審判に呼ばれ、メディルスとエンディオは中央へ向かうのだった。
―――
中央に立ち並び、カンカンとミスリルの剣を挨拶がわりに打つ。
適度に開始の距離をとると審判は両者を確認し、開始の旗を振った。
最初に切りかかったのはメディルスだった。エンディオは凄まじい速さで振り抜かれた剣をいとも容易くかわす。一振二振りと踏み込みを足すが全てすり抜けられてしまった。
エンディオは下がるとこまで下がると一気に踏み込んでくる。
ガァンとミスリル同士がぶつかりあう軽快な音が響いた。
ガンガンっと強い力で打ち込まれ、メディルスは防戦に力を注ぐ。
再びエンディオが剣を振りぬこうとしたところで飛び上がりくるりと軽快に回ってエンディオの背後をとる。後ろから蹴り上げたがすんでのところで彼はメディルスの蹴りを避けた。
と、エンディオからも同様に上段蹴りが飛んできて、メディルスの肩口を掠めた。
そこからまた剣の打ち合いが続いたが、その主導権はエンディオにあるように感じられた。
(……このままではいけないな)
メディルスは考える。どうにかして、彼のペースから逸脱しないと、のまれきってしまう。
彼の剣戟の隙をついてもう一度今度は下段に蹴りを入れる。
今度はエンディオは避けきれなかったようで蹴りは彼の下段にヒットした。エンディオグッと痛みに耐えるような顔をする。
その隙をさらについてメディルスは剣を振り上げる。
決定的な一手にはならなかったが、打ち合いの主導権はメディルスに移った。
そこから何度か主導権の取り合いが発生したが、どれも決定打になることはなく、試合時間はズルズルと引き伸ばされていく。
さすがのメディルスも、ドラゴンの聖印を持つエンディオ相手に疲れを感じていた。
重い一撃は手を痺れさせ、息があがる。
それだというのにエンディオは疲れなど感じさせないほどゆったりと立っていた。
(長期戦はこちらが不利)
メディルスは決定打を決めに慎重に剣を振り抜いた。ふっとエンディオはしゃがみながらそれを避けると、下方向からメディルの腹めがけて蹴りをかましてきた。
(しまった)
と、思った時には遅かった。エンディオの痛烈な一撃はメディルスの腹部を直撃しメディルスは後方に吹き飛ばされる、ゴロゴロと崩したバランスを立て直そうとした時にはビシリと首元に剣があてがわれていた。
「勝者!エンディオ・レイトン!!」
審判の高らかな声が会場に響いた。




