19話 思い出の人
「勝者!メディルス・サレン!!」
高らかに審判の声が響く。決勝にコマを進めたメディルスは対戦相手と握手を交わすと颯爽と選手用の待機所に入っていった。
四カ国合同親善試合は今年はアーライル王国のセリオントという都市で開催されていた。
ライラは今日は朝早くから席取りのために並んでいたが最前列を確保することが出来なかった。少し後ろの方の席でパチパチと拍手を送る。
「おぉ勝ちおったわ。まぁ当然だな」
「あとは決勝戦ね」
一緒に観戦するのはカイラスとミレナだ。2人もメディルスの応援にかけつけていた。
「やはりエンディオ卿が上がってきたか。まぁ妥当だな」
カイラスはエンディオとは顔見知りらしいニヤニヤと笑いながらどちらが勝つことになるかとミレナと賭け事をしている。
「わしはエンディオ卿が勝つに1票入れておこう。彼の実力は本物だ。メディルスもやることにはやるが彼には及ばん」
「まぁ。実の息子にそんな事を言うなんて。私はもちろんメディルスが勝つのに賭けるわ。ライラちゃんはどうする?景品は26年物のワインの開栓権よ」
「まぁ。そんなものを賭けてらっしゃるのですね。私も、もちろんメディルスが勝つに賭けます」
決勝戦が楽しみだとカイラスは豪快に笑っている。
試合が始まるまでにはまだ少し時間があるようだ。
ライラは少し人酔いしてきたため、外の空気を吸ってくると断って席を立った。ついでに化粧直しもしてこようと思いながら客席の裏の休憩ができる場所に向かう。
化粧室から出てきたライラはうーんと伸びをして硬くなってしまった体をほぐす。ずっと座りっぱなしだったのだ。辺りを見回せばそこは人通りが多い、屋台が立ち並んでいる場所だった。
香ばしい炭火の香りや、飴を売る店主の声が響いている。
(帰りに買って帰るのもいいわね)
などと考えながらどんなものがあるか少しだけ覗いていると、トントンと、ライラの背を叩くものがあった。
「!ス……」
「シィー」
そこに立っていたのは静かにと人差し指を口元にあてる懐かしい人。髪の色を本来の金髪から黒髪に魔法で変えたスヴェインその人だった。鮮やかな空色の瞳を細めながら彼はにっこり笑うとライラを端に連れていった。
「びっくりしたわ。来てるのは見えていたけれど」
「ふふ。君が元気にしているか気になってね。こっちからも見えてたからこっそり追ってきてしまったよ」
彼は現在は王位を継承しリュミエールの王として四カ国合同親善試合の場に立っていた。ライラも遠目でその姿は確認していたが、まさか会いに来てくれるとは思っていなかったのだ。
「シャノンはもうすぐ臨月と聞いているわ。また早めのお祝いになるけど、おめでとうスヴェイン」
「ありがとう。君はどう?元気にしてた?」
「ええ。元気よ。メディルスにはとても良くしてもらっているわ」
「なら良かった」とスヴェインは微笑んだ。
「本当はもっと話したいことがいっぱいあるけど、もうすぐ決勝戦が始まってしまうからね。あんまり君を引き留めてはおけないな」
「そうね。ありがとうスヴェイン。会いに来てくれて。顔が見れただけでも嬉しかったわ」
「私も君の元気そうな姿が間近で見れてよかった」
そう言ってスヴェインはかつてのようにライラの頭を優しく撫でた。その手に、ほんの少しだけ心が震えた気がしたが、切なくなったり、苦しくなったりすることは無かった。ライラはきちんとスヴェインを過去の思い出の人にすることができていたのだ。その事に安心すると同時に、メディルスへの愛おしさが溢れてくる。
きっとそれはスヴェインも同じなのだろう慈愛の瞳からはかつてのような深い熱を感じることはなかった。
「お幸せに、ライラ」
「ありがとう。スヴェインもお幸せに」
手を振って別れたあと、ライラは席に戻る。
メディルスの決勝戦が始まるのだ。