14話 区切り
帝都からサレン伯爵領に戻り、ライラ達は日々を過ごしていた。
ライラはトントンと書類を整える。これは家の者たちの就業記録だ。ライラも順調に伯爵夫人としての仕事を覚えていっていた。
書類を片付け、他になにかできることはないかと自分の執務室を見回す。ライラは今までの帳簿から収支の流れでも確認しておこうとパラパラと帳簿を開く。
食費や使用人への支払い、収入などの羅列を見ながら1日を過ごす。夕方になる頃には大体のお金の流れの感覚が掴めてきた。
夕食の時間になるとエデルがライラを呼びに来てくれた。
ライラが食堂へ向かうと、カイラスとミレナは席についていた。
「お疲れ様ライラちゃん」
「はい。……メディルスはまだ来ていないんですか?」
「あやつには重要な資料の整理をやってもらっているからな一段落するまで暫くは来んかもしれん」
そうなのかと思いながら、先に食べてしまおうというカイラスの提案で食事が始まる。
雑談をしながら食事をとり終わると、カイラスとミレナは部屋に戻って行ってしまった。
ライラは食堂でメディルスが来るのを待った。
給仕をしてくれた屋敷の侍女と雑談しながらメディルスが来るのを待つ。が、メディルスは食堂にはやってこなかった。
(何かあったのかしら)
ライラはメディルスを探しに行こうと立ち上がる。
資料室に立ち寄ったが、メディルスの姿はない。資料の整理は終わっているようで綺麗に片付けがされていた。
(メディルス、どこいっちゃったのかしら)
ガチャガチャと、心当たりがある部屋を開けて回るが彼は何処にも居なかった。結局彼を見つけたのは夫婦の寝室でだった。
メディルスは疲れたのかバタンと普段着のままベッドにうつ伏せに倒れていたのだ。
(まぁ。おつかれだったのね。でもご飯を食べさせないと……)
ライラはメディルスに近づくと揺り起こす。
「メディルス、ご飯はたべないの?……メディルス?」
少し、違和感を感じた。彼の体温が尋常じゃないほど熱く感じるのだ。見れば頬もどこか紅潮している。ぴとと額に手をやればすごい熱が出ているように感じられた。
「まぁ……」
風邪だろうか。最近は冬に近づきだんだん寒くなってきたから身体がついて行かなかったのかもしれない。
とりあえず1度起こして服だけでも着替えさせないと苦しくて仕方がないだろう。
「メディルス、メディルス大丈夫?」
「んぅ……ライラ?」
彼はゆっくり起き上がると頭を押さえる。
「頭がガンガンする……」
「大丈夫?とりあえず、お水と食べ物を用意するから寝具に着替えて」
「うん……」
ライラはメディルスの部屋に行くと厚手のガウンを持ってきてあげた。彼のそばに置き、着替えておくように言い含めると、
食堂へ向かう。メディルスが熱を出した事を伝えれば料理人は急いで今日の合鴨の肉を細かく刻み粥を作ってくれた。
料理人にお礼を言って、水差しも持って部屋に戻る。
メディルスはガウンに着替えて寝転がっていた。
「メディルス。夕食を貰ってきたわ、食べれる?」
「うん」
メディルスは丸テーブルに座るとのそのそと粥を口に運びはじめる。トポトポと水をそそいであげればありがとうと言って彼はコップを口にした。
「今日は客室を用意してもらってそっちで寝る事にするわ。ここは使って」
「悪いね……ありがとう」
ご馳走様と粥を食べ終えたメディルスは布団に入り込んでしまった。片付けをしながら様子を伺う。
「お大事に。おやすみメディルス」
「おやすみライラ」
食器を持って部屋を出るとふぅと一息つく。メディルスも人の子だ。ウロボロスの聖印を持っているとしても風邪には勝てなかったのだろう。
食器をキッチンに返すとエデルに客室を用意してもらい、ライラも寝る支度をした。
ベッドに入り寝ようとするが、上手く寝付けない。いつもならすぐに眠気が襲ってくるというのに。
ふと時計を見れば深夜の2時を回っていた。自分がこんな時間まで眠れないとは珍しい。
(メディルス、大丈夫かしら……)
様子を見に行ってみようかと、ライラはメディルスの様子を見に夫婦の寝室へ向かった。
静かに扉を開ければ、彼はすやすやと眠っていた。額に触れればまだ熱があるようだ。熱いのだろうか若干、汗が流れている。
(明日はお医者さんに見てもらわないとね……)
そう思いながらライラは静かに部屋を出る。風呂場に行って水の魔術石を使って新しいタオルを濡らし、かたく絞るとそれをもってメディルスの元に戻る。
優しく汗を拭ってやればんぅとメディルスは目を開けた。
「イリーナ……?」
そのか細い声にドキリとした。それはメディルスの大切なご令嬢の名前だ。彼女の夢でも見ているのだろうか。
彼はタオルを持つライラの手に自分の手を絡めるとぎゅうと力を込めてきた。
「っつ!」
ウロボロスの聖印の怪力で握られて痛みにライラは顔を歪める。
メディルスが手を引くと、ライラは姿勢を崩し、すっぽりと布団ごと彼に抱きしめられてしまった
「行かないで……」
懇願され、離してもらえなくなってしまった。
仕方なくライラはされるがままになる。
(彼の心にも忘れられないご令嬢がまだいるのね)
元々知っていた事だ。
優しいメディルスに接されているとまるで自分の事を一番に愛してくれているように錯覚してしまう。が、彼の心の中の一番はきっと彼女だ。それでいい。それでもメディルスからの愛情はしっかり受け取れていたし、ライラにはそれで充分だった。
ツキンと感じる胸の痛みはきっと嫉妬だ。
とうとうライラはメディルスの心の中にいるご令嬢にも嫉妬を覚えるようになってしまった。その意味が分からない訳でもなく、ギュッと胸をおさえる。
そっと普段よりも一段と近い位置にある綺麗な顔を眺める。
(そんな貴方でも私は受け入れる。愛せるわ)
ちゅとその唇に口付ける。
それはライラにとって1つの区切りとなる行為だった。
スヴェインとの思い出を大切に残し、目の前の男を愛するという区切り。
「私は貴方を愛してる、メディルス」