11話 夜会
「奥様、ご準備が整いましたよ」
「ありがとう」
準備を手伝ってくれたサレン家別邸の侍女にお礼を言ってライラは鏡を見やる。
今日はライラがメディルスの妻として出席するはじめての夜会だ。皇城で行われるそれは皇女様の誕生パーティも兼ねているらしく多くの人が訪れるのだという。
ライラはメディルスの髪の色をイメージしたラベンダー色のドレスに身を包み、首元にはあのスヴェインにはじめて貰ったダイヤのネックレスをつけていた。ライラは勇気をもらいたい時にこのネックレスを着けるようにしていた。
小粒のダイヤはドレスにもよく似合い、控えめなライラの性格を象徴しているかのようだった。
ドレスの確認をしているとコンコンと控えめなノックが聞こえた。
「ライラ?準備できたかい?」
「はい。入っても大丈夫ですよ」
ガチャリと部屋に入ってきたメディルスはグレーのスーツに琥珀色のブローチをつけていた。長い髪はサイドで結われ、ゆったり前に流されている。キラキラと輝くエフェクトが見えるような彼を直視出来ず、ライラは視線を逸らす。
「?どこか変だった?」
「いえ!とても素敵ですよメディルス」
「ありがとう。君もとっても素敵だよ。僕の髪色にあわせてくれたんだ」
「はい。妻なのでこれくらいはしないとと思い!」
グッと意気込めばメディルスは笑いながらライラの頭を撫でた。
別邸から皇城までは30分程度でたどり着く距離だった。正門で馬車を降り、受付をすませれば豪奢なシャンデリアがいくつも連なる広いパーティ会場に案内される。
「とても広いですね……」
「気後れしてる?」
「少し……でも頑張ります!」
「ふふ。そう」
それからメディルスにエスコートされながら順々に挨拶回りをしていった。皇族の方への挨拶は特にとても緊張したが、メディルスが上手く会話を誘導してくれたのでライラが困ることはなかった。
その後もライラは挨拶回りを続けていたが、あちらこちらからチラチラと視線を向けられていることに気がついた。様子を伺えば、その視線はほとんど若い女性から向けられたものだった。
(そういえばメディルス……って多分だけどものすごくモテてたと思うの……)
視線の意味に答えを出し、ライラは少し俯いた。あまり他人からの不躾な視線に慣れていないのだ。
「あの方がメディルス様の……」
「まぁ。とうとう決められたのね……」
ヒソヒソと囁かれる声が何故か耳障りに聞こえる。
近隣領の侯爵様との会話を終え、歩き出したところで明るい声がかかった。
「ようメディルス。お前結婚したんだってぇ?俺にも奥さん紹介しろよ」
そう言って軽々しい態度で声をかけてくるのは茶色の髪に緑色の瞳をした青年だった。
「ロベルト……」
メディルスは嫌な奴に会ったというふうに顔を歪める。
「メディルス、こちらの方は?」
「腐れ縁の幼なじみだよ。ロベルトと言います」
「はじめましてお美しいレディ。ご紹介に預かりましたロベルト・シューマンと言います」
よろしくとロベルトはニカッと笑った。
「まぁ。そうだったのですね。はじめまして、ライラ・エル・サレンと申します」
ライラが挨拶するとロベルトはじとりと上から下までライラを眺めた。
「めっちゃ美人の奥さんじゃねーか!かーっイケメンはいいねぇ!」
「うるさいぞロベルト」
「結婚しないなんて言って頑なだったのに」
「こっちにも事情があったんだ。それよりライラ、疲れていないかい」
「えと」
「うぉい!俺が目の前にいるのに」
「そうか。挨拶は終わったしテラスで休もうか、ライラ」
「無視か!無視なのか!」
キャンキャンと喚くロベルトはメディルスとは仲がいいのだろう。
砕けた様子で言い合う二人をライラは新鮮だなぁなどと思いながら眺めていた。
「結婚してなんか冷たさに拍車かかってない?俺寂しいぜ」
「そんなことはない。余計なことを喋る前にどこか行ってくれないかなぁとは思ってるけど」
「うわぁひでえ!聞いてくれるかライラちゃん。こいつ昔から……」
「おまえのそういう所が余計だと言ってるんだ!」
「痛い痛い!」
ぐにいと片手で顔面を捕まれロベルトは悲鳴を上げていた。こんな様子のメディルスは珍しい。結局メディルスはロベルトと一言二言話すとライラをテラスへ案内した。
3階のテラスは人が5人ほど入れる半円形のものだった。外に出れば月が真上で輝いており、ひんやりとした夜風が心地よい。
「えっと、ロベルトさんは良かったんですか?」
「あいつの話に付き合うと長いんだよ……」
メディルスはこれまた珍しい、眉間に皺を寄せてため息をついた。
「足は大丈夫?」
「はい。まだ大丈夫です」
「そうか」とメディルスは微笑む。
「なにか喉を潤すものを取ってくる。ライラはここで待っていて」
「ありがとうメディルス」
メディルスはライラをテラスに置いて喧騒の中をかき分けて行ってしまった。
ライラはふぅと一息つく。
挨拶回りも一段落した。あとは皇帝の挨拶の後に行われるダンスでも踊って帰るのだろう。そんなことを思いながらぼんやりと月を眺めていると、しゅるりと背後から絹が擦れる音がした。
メディルスが戻ってくるには早すぎるとおもいながら振り返ると、そこには長い金髪を緩やかにカーブさせた真紅のドレスのご令嬢がいた。
「申しわけありません。今待ち合わせに使っておりまして」
テラスに涼みに来たご令嬢だろうとライラは丁寧に使用中であることを伝えた。
が、ライラはバシンといきなり扇子を使って強い力で頬をはたかれてしまった。
「っつ!」
「なんであなたのような女がメディルス様と!!!」
急な出来事にライラは状況がうまくのみこめなかった。
「私の方がメディルス様をお慕いしているのに!!」
女はもう一度扇子を振り上げる。ライラはとりあえず反射的にそれを避けたが、振り抜かれた扇子はプチリとライラのネックレスを引きちぎった。
(ダメっ!)
横に飛んでいくダイヤモンドに手を伸ばす。身体は欄干から乗り出していた。
「ライラ!!!」
すんでのところで、ライラはメディルスに抱とめられ、テラスに戻される。
それでもネックレスは指をすり抜けて階下へ落ちていってしまった。
(いや!)
「!ライラ!?」
顔面蒼白でライラは走った。メディルスが驚いたような顔をしていた気もするが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
すみませんと断りながらパーティ会場を抜け、テラスの下の位置の庭へ走る。
(確か、この辺り……)
はぁはぁと息を切らしながらダイヤのネックレスが落ちたであろう場所を探す。月明かりしか頼りがない庭は暗いが、小さなダイヤモンドをライラは一生懸命に探す。
「……ライラ?」
「……っメディルス」
優しく声をかけてくれる彼を見て、とうとうライラの涙腺は決壊してしまった。ボロボロと涙を流すライラをメディルスは優しく抱きしめる。
「どうしたの?」
「っふ、ネ、ネックレスが落ちてしまって……。あれはとても大事な物なの」
「分かった。一緒に探そう?」
そう言ってメディルスは衛兵に退城を願われるまでずっと、ライラのネックレス探しに付き合ってくれたのだった。




