No.0002 嘘がつけない人物
最初に彼女を見たときの印象は「かわってる人」と感じた。
「花園くん、ネクタイがずれてるよ」そう言って、無表情で直してきてくれたのが、一ノ瀬凛だった。
僕は慌てて、「あ・・ありがとうございます」とちょっと俯き目で言って顔を挙げたら、もう、彼女の視線はパソコンに向いていた。
周囲は彼女の事を"常識の異邦人"と呼んでいた。いつどこで何を言い出すかわからないからだ。
でも、花園には、何となく感じるものがあった。一ノ瀬凛は"嘘がつけない人"だと・・・
だから、ありえない、内部告発の資料を勝手に持ち出し上司を追い込んだ?
そんなこと彼女には不可能に決まっている。
「おまえさ、まだあの人の事庇うつもりなの?」
同期の田中が気まずそうに小声で言い寄ってきた。
「うん」
「やめとけよ、関わらない方が安全だろ」
「関係ないよ」
花園はそう言って、その場を離れた。
彼女の常識が社会の常識と少々のズレがあるのは、事実。
でも、自分にとってはズレが救いになってた。
半年前花園がプレゼンで大失敗し、上司に怒鳴られて廊下で座り込んでいた時、誰も声を掛けなかった中で、一ノ瀬凛だけが、言った。
「失敗はよくあること。問題は次は、どうしたらいいかですよ、同じことは繰り返さない事」
率直なアドバイス、確かに頷ける。そして真心が伝わった。偽りもない飾りもない、透明な言葉だった。
だからこそ、信じる、一ノ瀬はズルい思考なんて一ミリも持っていない事。
昼休み、人気のない会議室で一ノ瀬凛が一人座っていた。パソコンを開き、しらべていた。
「先輩」
一ノ瀬は顔を上げた。
[何か?」
「僕、手伝います、濡れ衣晴らしましょう」
しばらく沈黙した・・・。
その後、くびをかしげて、
「ありがとう、花園くんの評判まで悪くなりますよ」
「構いません」
迷いのない声に、ほんの少し目を濡らしていた。