ベルゼブブ
登場人物
楓間煌(19)
お金と女性に対しては行動力抜群な男。弟と共に物探し屋を営む。趣味はダウジング。面倒は見ないが大の愛猫家。O型。
楓間五月(14)
出掛けるときは必ずお気に入りの鞄に、役に立つであろう小物を詰める面倒見の良い男。兄と共に物探し屋を営む。A型。
ハエ男(27)
突如街に現れた怪物。元は人間だったらしい。自分の事をよく話したがる自己顕示欲の強い男。A型。
科学の進歩、それは私たちが住む世界に多大な恩恵を与えた。しかし、それは世に認められた輝かしく倫理的なものである。科学には世に知らされることのない闇なる技術も存在する。人体蘇生・細胞複製そして異種合成。ここに闇の科学技術により誕生した一人の男の物語を綴ろう…。
「キラ兄、すごいニュースだよ。街は大騒ぎだ。」
狭い事務所の中に響く二つの声。一つは物探し屋を営む楓間煌の弟、五月の甲高い声。もう一つはテレビから流れる突如街に現れた怪人の悪行を伝える声。
「ハエ男現る!何か凄いことになってるよ!これに便乗して一稼ぎ出来ないかな!?」
「ハエ男…?何それ、気持ち悪い…。俺は嫌だよ。ここでじっとしてれば安全じゃん。第一、俺物探し屋だし。俺が見たいのはそんなグロい男のケツじゃないぜ。」
「ふぅ…。あいつ捕まえて羽根もぎ取ってヤフオクに出品すれば高く売れるだろうなぁ…。」
「…。」
「しかも、テレビに映って有名になれば仕事も繁盛するだろうなぁ。」
「む…。」
「お金が入れば事務所も広くなるだろうなぁ。」
「むむむ…。」
「綺麗な事務所になれば美人のアルバイトも雇えるだろうなぁ。」
「むむむむむ…。なるなる。よ〜し、行くぞ!この国の民をいざ救わん!!Go for money!」
「うわぁ、流石キラ兄、呆れるくらい極端だぁ。よし、行こう行こう!」
そして二人は仕度を整え部屋を出た。二人が抱えていたものは、探求心と好奇心、あと五月の背負った小さなリュックだけだった。
二人が現場に着くと、街は騒然としていた。報道陣と数多の機動隊がハエ男を取り囲んでいる。生憎一般人は立ち入りを禁止されており、楓間兄弟は近くの高台からその光景を眺めていた。ハエ男は公然のど真中で一人の女性を人質に取り、機動隊と対峙している様子だった。
「お前は包囲されているんだ、もう抵抗出来まい!大人しくひれ伏せ!」
「撃てるものなら撃ってみろ!お前らでは俺に傷一つつけられやしない!例え俺が人間を傷つけたとしてもな!お前らはその光景をただ奇声をあげて眺めていれば良いんだ!」
ハエ男はそう言い放つと人質の首に手をかけた。その瞬間…ズダダズシュン!!ハエ男に向けて数発の弾丸が発砲された。
「無駄だ…。音魔法・リフレクトリング!」
ブワァ…ハエ男の周りに渦巻く求心力を遠心力へと変えるバリアが張られた。そして、発砲された弾丸は反射され元の機動隊に的中した。
「す、凄い…。キラ兄、あいつ凄いよ。やっぱり人間じゃない…。」
「…解ってる、俺も見ていた。あの現象は何だ?一瞬の出来事でよく見えなかったが弾丸が跳ね返ったのか…?アイツはさっき音魔法と言っていた、まさか空気の振動を操ったのだろうか。どうする、俺らで捕まえられるか…。もう少しアイツの情報が欲しい…。」
二人がたじろいでいると、何やらハエ男は大きな声で大衆に言い放った。
「お前ら凡人に俺の気持ちが解るまい。何故俺を阻止する?何の為だ?平和の為か?こんな俺がこの世界でお前らの平和に従い生きていたとこで、それが俺にとって平和だろうか?いや、違う!お前らは俺を受け入れやしない!ただ生きているだけで俺を殺そうとするじゃないか!!自分の平和を俺に押し付けるな!!」
「ぐっ…、何を言っている!大人しくその女性を放せ!!」
「フ…、所詮当たり前を当たり前としか考えられない人間に当たり前を問うても無駄か。お前らに良いことを教えてやろう。お前ら人間の絶対的な弱さの理由だ。この世界に存在する力には十二の属性がある。火・氷・雷・地・風・水・光・闇・重力・音・生物・物質、その中でお前ら人間が一体何を使いこなせると言うのだ…。そして、俺はどうだと思う?見せてやる、俺の力を!」
「また来るよキラ兄!」
「風音魔法・ソニックインパルス!」
フルララララ…群衆は巻き起こる衝撃波により、一斉に弾き飛ばされ、その力により人質の女性までも吹き飛んだ。さらに衝撃は壁をも伝わり隠れている者にさえ被害を加えた。
「うわぁっ!キラ兄、ここまで衝撃が…って、おりょぉ!?」
「止めろハエ野郎…。群衆に手を出すな、俺が相手だ!」
「…何だお前は?」
ハエ男によってバリケードが破壊され、身動きが自由になった煌は五月の気付かぬ間にハエ男の近くへと飛び込んでいた。
「全くもって悪役さんとやらはどいつもこいつも自分の事を聞かれてもいないのにペラペラと話すものだな。まぁ、自己顕示欲が強いからこんな目立つことやっちゃうんだろうけどね。そのおかげでお前の対処法も解った。五月、アレを出せ!」
「もぅ、いきなり飛び出さないでよ…。コレで良いんだね。はぃ。」
五月は煌に言われると、背負ったリュックからあるものを取り出し、煌に渡した。
「お前らは俺の話を聞いていたのか?お前ら人間に俺は倒せない。」
「ん?話ってあの水・金・地・火・木・土・天・海ってやつだろ?聞いてたさ、もちろん。それを踏まえた上でここに立ってるんだよ。」
「く…。もういい。ならば、見せてみろ!必死にもがき苦しむ姿を!人間ごときには何も出来やしない!うぬが非力さを嘆くが良い!!」
「読んで字の如くだな。いちいちウルサいんだよハエ野郎…。」
煌は五月から受け取った物を握り締め、ハエ男へ走り寄った。そして、ハエ男に飛び掛かろうとした瞬間…。
「遅い…。音魔法・ソニックレイド!」
ハエ男の体は瞬時に煌の背後に移った。ガシッ…ハエ男の爪が煌の背中に突き刺さる。透かさず煌は空中で振り返り、手に持ったものをハエ男の羽根に張り付けた。
「うるぁぁぁぁぁあっ痛ってぇぇぇぇえ!!ハハハハ、やったぜハエ野郎!」
「何だコレは!?羽根に何か張り付いている!?」
煌が張り付けたのは鳥黐だ。それは羽根にこびりつき思うように動かせない。
「お前はハエだ、恐らくその羽根で風と音を操っているんだろう!羽根さえ防げばお前は単なる老けた蛆虫だ!ハエと聞いて色々持ってきた甲斐があったぜ!でも痛ぇ!」
「さすがキラ兄!持ってきたのは僕だけど!」
「くぉぁっ!!小賢しい真似をぉぉ!」
逆上したハエ男は煌を掴むと全力で投げ飛ばした。煌は数メートルほど吹き飛び、ビルの壁に突き当たった。暫く痛みに悶えていたが、すっと顔を上げた。
「この程度の攻撃、大したこと…うおっ!」
煌が横たわる下には一匹の野良猫が倒れていた。煌の下敷きになり意識を失ったようだ。煌は無類の愛猫家である。煌は激怒し、ハエ男に再び走り寄った。
「俺の怒りに触れたな!目にもの見せてやる!!」
「キラ兄!それ以上は駄目だ!!」
「よく見ろ五月!お前の好きな子猫ちゃんが倒れてるぜ!!」
「あ、それならオッケーだ。」
煌は殴りかかったが、ハエ男は軽々と煌の腕を受け止め、逆に蹴り倒した。
「さっきは油断したが、お前…ハエの動体視力をナメるなよ。」
体を守るために突き出された腕を掻い潜るようにハエ男の爪が煌を襲う。
「どうした、手も足も出ないか。人間ごときが粋がりやがって、こうなってしまえば悪足掻きも出来まい。」
「臭ぇ…。」
「…?」
「近くで見ると余計気持ち悪いなハエは。しかも臭ぇ。さてはお前、体洗ってないな?」
「馬鹿が、それで挑発しているつもりか?悪いがもう隙などは見せん!」
「俺が見たいのは隙じゃない…。ヘヘッ…。」
「では、何だと…?」
「これ、な〜んだ?」
そう言うと煌は袖口からライターを取り出しハエ男の腕に火を着けた。全身油まみれのハエの体は勢い良く燃え上がろうとしていた。
「貴様ぁぁぁぁぁあ!!!」
ハエ男は煌を突き放し、自ら自分の腕を全て引きちぎった。
「クソックソックソッ!人間ごときが!人間ごときがぁ!!」
「その人間ごときの俺に追いやられたお前はやはりただのハエだったな…。残念だがお前はもう動けない。このドデカイ羽根は貰っていく。」
煌は踞るハエ男の体から羽根をもぎ取った。
「やったぜキラ兄!羽根ゲットだ!でも…。」
「帰るぞ五月、獲物は手に入れた。」
「クソッ…、全て人間のせいだ!アイツの…。俺がこんな惨めな思いをしているのも、こんな醜い姿をしているのも!」
「アイツって…?」
「俺は元々一人の人間だった。ある企業の研究員として働いていた。周りの仲間は業績を認められ、次々と研究員から博士号を得て自立していった。しかし、俺だけはいつまでたってもしがない研究員として働いていた。そんな時、俺を博士へと推薦してやろうという人が現れた。俺は歓喜し、直ぐ様その人の元へと走った。実際に面会すると、そいつは条件を突き付けてきた。それは、一度だけ助手として実験台になるというもの。」
「実験台…?一体何の?」
「フ…、想像つかないか?異種合成の実験だ。俺は、こんな体になるとは思わなかった。解っていたら絶対に断っていた。クソッ…アイツのせいで…。お前らに解るかこの屈辱がぁ!?」
「キラ兄…。」
「ん?ごめん、違うこと考えてた。で、何だ?」
「…。」
「…。」
「…なぁ、早く帰ろうや。ヤフオクで出品しないと。」
「あ、うん。そうだね…。」
楓間兄弟は荷物を抱え、ハエ男との戦場を背に歩き出した。
「あ、そうそう。持論だが、現状の何もかもを他人のせいにする奴はろくでなしだ。例え人の形をしてたとしてもお前はろくな人生を歩みはしないぜ。」
その言葉を言い残し、二人は再び歩み始めた。
数日後、二人は閑散とした事務所内でテレビを見つめていた。
「それにしても、相変わらずお客来ないね。羽根も誰も買ってくれなかったし。」
「まぁな。しっかし、何故誰も俺らの事を追っかけてこないんだ?」
「うん。それがね、ハエ男との戦いはカメラが吹き飛んだせいで僕らあんまり有名になれなかったみたいなんだ。一説ではハエ男の件は倫理問題に触れるって事で公には伏せられたみたいだし。」
「俺の勇姿を誰も見てなかったなんて…。」
「残ったのはこの気持ち悪い羽根だけ…。ふぅ、地道に頑張ろうよキラ兄。」
「そうだな。じゃあ俺はダウジングでもしてこようかな。店番は任せた!」
「え〜!?」
かくして街には平和が訪れ、二人も普段通りの生活に戻った。そして煌はその手にロッドを握りしめ、新たな獲物を探し始めた…。