3話 桃と狸
第三章 桃とリス
1
油の匂いがむせ返るような通りで、カナメは今日も似顔絵の紙を手に聞いて回っていた。
あきらめの色や焦燥を見せるでもなく、ただ、事務的に繰り返す。
屋台の列はどれも油で湯気をあげ、香辛料の強い匂いがまるで空気そのものを辛くしているようだった。
目も鼻もじんと痺れるほどの刺激の中、それでもカナメの問いかけはどこか頼りなく、声だけがその喧騒にかき消されていった。
「新天地に入ったばかりだってのに……」
滴る汗を手の甲でぬぐいながら、カナメはぼやくように独りごちた。
どこを見ても熱気と油の匂い――……その中で、近くの屋台に歩み寄る。
鉄板の上では、肉の塊がジュウジュウと音を立てていた。
その屋台を構えていたのは、筋骨たくましい男だ。
浅黒く日焼けした肌に、ノースリーブのインナー。火照った腕には油跳ねの痕がいくつも浮かぶ。
無造作に肉を返しながら、彼はちらりとカナメを見た。
この暑さにこの料理だ。どこか苛々しているのが目にとれる。
一品買えば話を聞く。それがこの男なりの取引らしい。
「散財だなあ」
ぼやくように呟いて、大きな肉が穿たれた串を一本買う。熱はあるのに、味は強烈な香辛料に負けて頭に残らない。
それでも取引は成立した。
けれど――……返ってくる言葉は、もう聞き慣れたものだった。
――……わからない。
――……そんな子は見ていない。
――……写真ならまだしも、絵ではなあ。
当たり前のように並べられる“無関心”の言葉たち。
溜め息をついて妹の絵が描かれた紙を胸ポケットにしまうと不意に「もし」と声をかけられた。振り返ればそこに煌びやかな服を着た女性がいる。
露出が多く、ほぼ裸と言っていい。
このきつい日差しの中で、その肌はあまりにも眩しかった。
けれど、露出が多いのにその顔だけはしっかりと黒のフェイスベールで隠されている。
「私は知っている」
歌うように彼女は言い、左手を出す。
金を払え、ということらしい。
「いくら?」
「千」
「二分割だ。知りませんでした、じゃ困る。こっちも生活がかかっているからな」
からかうように笑いながら銀貨を見せれば彼女は頷いてそれを一枚預かった。
「今は向暑の時 雨がしとしと降りやれば
道を行く旅人は なんともそれに気が滅入る
それでも お尋ね申す 妹の場所を何処へ と
女は答える代わりに 指をさす
はるか遠く 桃の花咲く村に指さす」
女が歌い出した瞬間、カナメの目はほんの少し見開かれた。
……詩?
それとも新手の呪文か?
どちらにしても、予想していた応答とはかけ離れていた。
もっと回りくどい言い回しか、見当違いの説法でも始まると思っていたのに。それを裏切るように、彼女はまるで風のように、唐突に一方を指し示す。
「つまり、桃の村に行けってこと、か? たぶん、そう、なんだろ?」
納得したように呟き、カナメはポケットに指をかける。もう一枚、銀貨を――……。
その時、小さな影が、不意にカナメの視界に割り込んできた。
そこにいたのは、ふさふさとしたタヌキの尻尾を揺らす小柄な少年だった。
黒の半ズボンに白いシャツ。髪にはピンクと緑の飾り紐が編み込まれていて、その彩りが日差しにちらちらと揺れる。
童顔を引き立てるその装いは、一見すれば“可愛らしさ”を狙ったものに見える。だが、まるで少女のようなその見た目とは裏腹に、彼の目元にはしっかりとした芯があった。
次の瞬間、彼はきっぱりと言い切る。
「それはどうかな?」
ハキハキとした声。物腰に迷いはなく、その凛とした口調が、飾り立てた外見との違和感をあっさりと吹き飛ばしていた。
「僕はここに三日滞在しているけれど、この人、どんな人にも同じ事を言っているよ。詐欺なんじゃない?」
つられるようにカナメは女を見ると、その女は「けれど、答えたからには銀貨を」と手を伸ばしている。
――……どうしようかな。
と、悩む間もなく金属が叩きつけられるような音が響いた。先程の屋台の主人がフライパンをカウンターに乱暴に置き、ずかずかとこちらに向かってきた。
顔には汗、腕には油の跳ねた痕。暑さもあいまって、明らかに限界寸前だったのだろう。
その視線が向いたのは女でもカナメでもなく、小柄なタヌキの獣人に一直線だった。
「おい、獣人が――ふざけた口をきくな」
怒鳴り声は、油煙の立ち込める空気を割って響いた。
やはり、というか、とうとう火がついた。
店の前で詐欺だのなんだの言われてはたまらない、という店主なりの怒りだったのだろう。けれど、獣人も黙ってはいなかった。
「獣人だろうが、同業者として詐欺は見過ごせないよ」
その言葉に、カナメは思わず目を細める。
暑さと苛立ち、そして差別と正論。どれがきっかけだったのかもはや判別できないが、
(これ、ケンカが始まるんじゃないの?)
そんなことをぼんやりと考えてしまう。
案の定、男の拳が振り上げられた。
「おっとっと……」
カナメが割って入ったのは、ほんの一瞬のことだった。殴られる前提での行動だ、けれど止める理由もあった。
だが、次の瞬間、男の拳は不自然に逸れていた。
風が吹いた。いや、吹いたような気がした。
カナメ自身、何をしたわけでもない。
ただ、肩先に微かな感覚が走っただけだった。
拳は、まるで空気の上を滑るようにずれた。
男は片足を踏み外したように体勢を崩し、よろめく。
(異能が出たか。……運が良かった)
そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
「このタヌキに加担しようって?」
すんででバランスをとりなおした男が、睨みつけながら不敵に言う。
「そういう訳じゃないけど、暴力は見ててヤだなあって」
カナメは、そう言ってヘラヘラと笑った。しかし、内心ではすっかり冷静だった。それが恐怖なのか興奮なのか自分でもよく分からない。
「面白そうなことをしているじゃないか」
その空気を破るように、背後から声が降ってきた。
明るく、やけに楽しげで、場の空気をまるごと裏返すような声だった。
「折角だし、ボクも混ぜてくれよ」
振り返ると、そこにいたのは耳と尻尾を持つ獣人の青年――……その堂々とした出で立ちは今まで逢ってきた、獣人“らしさ”とは少し違う独特な雰囲気を纏っていた。
白い髪の先端は茶色に染まり、犬耳と尻尾も同じグラデーションがある。
スーパークロップド丈の上着のせいで、日焼けすらしていない鍛え抜かれた腹筋があらわになっている。
軽装なのに目を引くのは、その均整のとれた体格だけじゃない。この場に不釣り合いな笑顔こそが不気味だった。
「今度は犬か」
男がギロリと睨む。その声に苛立ちが混じっていた。
もう二度も邪魔をされた。熱気も相まって、沸点はとっくに越えていたのだろう。けれど、白柴の耳と尻尾を持つその男は、まるで意に介した様子もなく笑った。
「この素晴らしい対話に、出生なんて関係ないだろう?」
どこか芝居がかった声で、彼は軽やかに構えをとった。
その姿を見て、カナメは理解した。これはもう収まりがつかない、と。
「今のうちに、逃げましょ」
そう囁くと、隣にいたタヌキの獣人の手を取った。
彼は一瞬目を丸くしたが、すぐに察して頷いた。
――……それを見ている、一つの赤い眼がある。
その鋭い眼光だけが、騒がしさの中で妙に静かだった。
2
逃げ込んだのは、騒ぎから少し離れた場所にある食堂だった。
入口で足を止めると、制服の整った若い店員がこちらに気づいて、柔らかな声で言った。
「ようこそ。一名様と……一匹、様ですね」
言葉に迷いがあったのは、戸惑いか、それとも皮肉かカナメには理解できなかった。それ以上は読み取れないまま、二人は無言のまま奥の席へと案内される。
手渡されたメニュー表を、カナメは一応受け取った。
「さっきは助けてくれてありがとう。ここは僕が奢るよ」
タヌキの獣人はそう言って気まずそうにカナメからメニュー表を預かる。
「いや、いいよ。そっちが先に助言をくれたんだろ。こちらこそ、助かったよ」
カナメがそう言うとタヌキの獣人は目をぱちくりとやってから苦笑した。
「お礼を言われるなんて久し振りだな。あ、自己紹介がまだだったね。僕はハヅキ。ハーちゃんでもいいよ」
「はーちゃん?」
「そっちのほうがカワイイでしょ? ――……さて、注文は君に任せるから店員さんを呼んで?」
たしかに、ハヅキは中性的な顔だ。愛らしい尻尾に、小さなふさふさとした耳。世間で言う“可愛い”というやつなのかもしれない。
けれど、カナメにはどう返せばいいのか分からなかった。
(まあ、そういう人もいるんでしょうね)。
困惑しながらもそう結論付ける。
ハヅキはカナメの様子など気にする様子もなくメニューをぱたんと閉じると、まるで常連客のような顔をしてテーブルに軽く肘をついた。
やってきた店員は、明らかに気の乗らない顔でやってきた。しかし、カナメから注文を受け取る時はすでに表情を笑顔に変えている。そして、持ってきたお冷をカナメのほうにだけに置いた。
「あの、こっちにもお願いします……」
カナメがハヅキの方を指さしてそう言うと、店員は気まずそうに謝りつつ、水をハヅキの前に滑らせる。そして、さっさと厨房の方へ戻っていった。
「優しいね。もしかして獣人には初めて会うの?」
ハヅキに言われてカナメは首をかしげる。
「そんなことないけど。……たしかに元居た所には獣人はいなかったと思う」
そうすると、ハヅキは成程と言いながらクスクスと笑った。
「獣人はいたと思うよ。多分、耳削ぎか尾打ちをしたんだと思う」
「なにそれ」
「聞きたい?」
「遠慮します……」
素直にそう言えばハヅキは「賢明だね」と笑う。
「ここでも獣人の差別は横行しているのか」
「まあ、迫害よりはましかな」
さらりとそんな物騒なことを言ってのけてハヅキは水を飲んだ。
「ああ、おいしい。久しぶりに冷たい水を飲むよ。冷たい水は商品だから、自分では飲めないんだ」
ハヅキがそう言って、コップを揺らす。その言葉の意味をすぐには掴めなかったが、言い直す様子もない。
「……俺が昔読んだ絵本だと、獣人は人間と仲良く暮らしてたけどな。まあ、獣人こそが架空の存在かと思ってたくらいの知識だけど」
カナメは話題を切り替えるように、あえて軽く言った。けれど、ハヅキの返事はすぐに戻ってくる。
「それは絵本だからだよ」
苦笑しながらも、ハヅキの目はどこか醒めていた。
「いたとしても、よほど奇怪な国だろうね。あるいは、それはもう獣人じゃなくて“上位存在”って呼ばれるものになる」
「なにそれ」
「聞いたことない? 天翔馬、唄女、龍人、焔羽――……」
聞いた端から抜け落ちていくような聞き慣れない単語ばかりだ。
カナメには一つも実感が湧かない。それが余計に別の世界の話として聞いていた。
「まあ、魚の獣人と馬の獣人とそう変わらないよ。でも彼らは、ここよりずっと高いところにいるんだってさ。おとぎ話だけどね」
へえ、とカナメは思った。
「おまたせしました」
と、運ばれた料理も酷い差別をはらんでいた。
同じものを頼んだつもりだったのにあきらかに量が違う。
「指摘しなくていいよ。どうせ小柄だから配慮したんです、みたいなことをいわれるだけだし。実質僕小食だから」
ハヅキはそう言いながらフォークを掴む。肉を使った香辛料理なのに彼に出された者はわざわざ細切れにされている。それを指摘したとしてもきっと、草食動物の獣人ですからと一蹴されるのだろう。
「上位者がいるならこんなことはないだろうね」
ハヅキが小さくいったあと、ふふっと笑った。
「商人の僕が奢るなんてそうそう無いんだよ? 楽しく食べてね」
カナメはそんな事を聞きながら、静かにフォークをとった。
食事が終わるころ、ハヅキは口元に苦味を残しつつ、心配そうにカナメを見上げた。
「本当に、桃の村ってとこに行くの? 鴨が葱どころか、スープも持参してるよ」
「まあ、行かないわけにはいかなくてね。妹を探してるんだ。見たことない?」
いつもの調子で、カナメは胸ポケットから絵を取り出して見せた。
それは、幼さの残る少女の絵。筆跡は拙く、けれどどこか大切に描かれていた。
「わかった。気に留めとくよ。……名前は?」
一瞬、間が空いた。
カナメは絵を見たまま、少しだけまばたきの回数が増える。
「ありがとう。カナメが待ってる、で分かると思う」
それだけを言って、後ろを振り返ることもなくヒラヒラと手を振りながら歩き出した。
3
日が落ちきる少し前、カナメは村に着いた。
それが占い師の言った「桃の村」だと分かったのは、遠目にもはっきりと見える桃の樹が、坂沿いに連なっていたからだ。
道には人の気配が少ない。住民の大半は高齢者なのか、それともこの時間にはもう皆、家にこもっているのか。
かつて賑わっていた気配だけが、古びた民家や商店跡の佇まいに残っていた。
その中で、桃の木だけは妙に立派に育っていた。
まるで、この土地に帰ってきた若者たちの代わりに、根を張って生きているかのようだった。
木の下で、手入れをしている年配の女性がいた。
黙々と枝先にハサミを入れている姿には、長年の習慣と、それをやめられない何かが滲んでいた。
「こんばんはー、すみません」
とりあえず声をかけてみる。妙にフラットで、馴れ馴れしさも緊張もない、そんな調子で。
「なんか、ここに来いって言われて……、ええと、占い師の人に」
彼女の手が止まった。振り返った顔は、少し強張っている。
(当然、怪しまれますよねえ)
カナメは、笑ってごまかすように口角を上げる。
「いやあ、オレもよく分かってないんですけどね」
老婆は何も言わず、ゆっくりと頷いた。
その頷きには、何かを諦めたような色が混ざっていた。
「それなら、泊まっていきなさい。わたしはここで民宿をやっていてね。安くするよ」
そう言って、老婆は踵を返すと特に説明もなく、当然のように歩き出す。
(あー……カモネギ)
カナメはそう思ったが、大人しくついていくことにした。
たしかに、騙されているかもしれない。ついていけば、何が起こるか分からない。
それでも、カナメにとって“危険”という感覚は、どこかピンとこないものだった。
(誰かがそう言うなら、たぶんそうなんだろうなあ。でも、――……まあ、別にいいか。今日の寝床も探してないし)
彼はそう思いながら、老婆の歩幅に合わせて、とぼとぼと歩く。
案内された家は――趣がある、というには少し無理があった。
壁のあちこちに細かなひびが入り、ガラス戸は波打っている。
冬になれば隙間風が入り放題だろう。軋む床と、ふかふかとはとうてい言えない座布団がそれを裏づけていた。
民宿と呼ぶには、少しばかり勇気がいる。もしくは、気にしない鈍さか。
囲炉裏を挟んで座ると、鍋の中からほこほこと湯気が上がっていた。
老婆はその中の野菜がたんまりはいった粥を器によそいながら、ぽつりとため息をこぼした。
「とんだ迷惑をかけたよ」
それは独白に近かった。
声は低く、湿った薪がはぜる音の方が少し大きく感じるほどだった。
「あなたも、わたしの娘に騙されたのでしょう?」
「えーっと、まあ……」
カナメは頭をかきながら、曖昧に笑った。
どうしようもなく気まずいが、「気まずい」と感じきる前に、返事を済ませてしまった。。
「あの娘はね、女優になるって村を出ていったんです」
老婆はぽつりと語った。囲炉裏の炎が、ぼんやりと顔の皺を照らす。
「悪い子じゃないんですよ。ただ……負けん気が強くて、意地っ張りでね。子供のころからずっと、先頭に立ちたがる女の子でした」
ふっと笑うような、泣くような表情で続ける。
「顔立ちも良かったし、それを自分でも分かってたんでしょう。だから余計に引けなくなった」
少しだけ、唇の端が引きつった。
「挫折した時、誰にも言えなかった。わたしにも、きっと」
老婆は立ち上がり、土鍋の粥を椀によそった。
見た目は粥というより、煮詰まりすぎた雑炊のようだった。
水分は飛び、具材の重みで全体がでろりと沈んでいる。
カナメはレンゲですくってみる。ねっとりと重く、米も野菜も、どれも水気を抱えすぎて形を崩していた。
食べられないわけではないが、口に運ぶ前に思わず一拍、手が止まる。
「ごめんなさいね。若い人が来るなんて久しぶりで、つい手癖で作ってしまったよ」
老婆は視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。
「……悪い娘じゃないんです」
その声に、今度は言い訳ではなく、本心の温度がにじんでいた。
「でも、ふとした時に、いつか刺されるんじゃないかって……そう思うことがあるんですよ」
そんな光景をみながらカナメはぼんやりと粥を見て、昔を思い出していた。
「お前のせいじゃないよ」
記憶のはるか遠く先、誰かが自分の方を揺さぶって言う。
そんなに揺さぶっては目が回ってしまう。
新しい遊びなのだろうか?
だとしてはすこし乱暴だ。
これではおかあさんたちや年上の友達に注意されるだろう。
でも、揺さぶる相手はたしかに自分より背が高い。
土で汚れたその手は、畑仕事をしていたのだろうか。。
自分は疑問に思いながらもただ目の前の顔の見えない人物をぼんやりと見ていた。
翌朝。
食卓に並んだのは、もはや「朝食」と呼んでいいのか迷うような代物だった。
粥は昨日以上にべちゃべちゃで、もはや飲み物か固形か判断に困る粘度をもっている。
添えられた漬物は舌に刺さるほど塩辛く、箸休めの役割を完全に放棄していた。
さらに“若者向けを意識した”つもりなのか、小皿にはなぜか油を吸いすぎて衣がふやけた揚げ物が添えられていた。
それでも、見た目だけは、どこか立派だ。
(あらら……)
カナメは箸を動かしながら、心の中で肩をすくめる。
別に怒る気にもなれない。怒るほど期待していたわけでもない。ただ、胃がびっくりしているのだけが、確かな実感だった。
そんな朝食の終わり際。
老婆は立派な桃を二つ、布に包んで差し出してきた。
手渡された瞬間から、甘い香りがふわりと鼻先をくすぐる。
「街に戻るのならば、これを娘に渡してくださいな」
「え、」
カナメは思わず顔を上げた。
まさか他人の家族間の修復を突然請け負わされるとは思っていなかった。
驚いて見返すと、まるでこれが当然のことのように、老婆は至って真面目な顔をしていた。
「……ご自身で行かなくていいんですか?」
そう問いかけかけようとして、でもまあ、あの距離なら仕方がないか――と、脳が勝手に結論づけてしまう。
「見つからないかも……」
カナメなりの逃げ道は悲し気にほほ笑む老婆の「それでもいいんです」という一言で封じられてしまう。
気が付いたら一つ頷いて桃を預かっていた。
「あー……もう一回、戻るのか……」
カナメは苦笑しながらバックパックを背負い直す。
肩にかかる重みはいつもと変わらないはずなのに今日はとても重く感じる。
見つからなくてもいい。と言われているような気がする。
(本当に、それでいいのだろうか)
と、ふと思った。
(ま、いいんだろうけどね)
そしてまた、何もなかったように歩き出した。