表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 和鏥
第二章
10/10

7話 滲みる

 1


「暑い……」

 そう呟いても何も起きない。

 むしろ、そう発言したせいで余計に湿気は不快感を催す。

 周囲は田畑が広がってはいたが、やはり遠くに見える雨雲のせいで外に出ている者は少ないようだった。

「助けてください!」

 突然、そんな声が上がった。

 カナメが振り返るよりも早く、誰かが腰に飛びついてきた。思わず財布の入っているポケットを押さえる。数週間前に似たようなことがあったばかりだ。

しがみついてきたのは、まだ若い女性だった。

 顔が近い。たぶん、誰が見ても気の毒なんだろうその女性は泣いているようだ。

「息子が帰って来ないんです!」

 声のボリュームに圧されカナメは思わず「は、はあ……」と、返事だけが口をついて出る。

 どうしたらいいのか分からない。けれど、何かは言わないといけない気がしてそんな気の抜けた声が出てしまう。

「助けてください!」

「助けてくださいって言われても……オレ、アンタの子どもも知らないし」

 それでも相手は聞いていなかった。

「きっと、山で泣いています。ひとりで、見ればすぐに分かります!」

 カナメの言葉を遮って、刺さるように言葉が飛んでくる。泣いているように見えるのに、声や目の強さはカナメを圧倒させた。

「か、川とか山とかで遊んでるんじゃないんですか? 男の子って、そんなもんだと思いますけど……」

 カナメは言いながら、自分がはたしてそうだったのかすらよく分かっていない。

 ただ、角が立たない言い回しでやんわり断ろうとしただけだ。けれど、女性は余程必死なのだろう食い下がる。

「村の人たちもそう言って助けてくれないんです! 山に行くんでしょう? そこに小さな小屋があるんです、息子がいるかもしれないんです!」

「……でも、オレ、その場所も知らないし……」

 本当は、「オレが行く理由なんて無いですよね」と言いたかったが、そう言い切ってしまうには、相手の勢いが強すぎた。

「わたしには、他の子供がいるんです!!」

 一瞬、何かが耳の奥で弾けたような気がした。

 助けを請われているはずなのに、どうしてか怒鳴られている。なんでだ? 頭ではそう理解しても、体が反射的にギュッと固くなる。

 それは悲痛な訴えというより、どこか命令にも脅しにもに近い響きに聞こえた。

 あっさり母親の愛――……もしくは、勢いに負けたカナメは「今日はとんだ厄日だ」と溜め息をついた。


 2

 

 元々、見つける気なんてなかった。

 ただ、歩いているうちに道が細くなり、いつの間にか山の縁に足を踏み入れていた。

 草が膝に触れるたび足元で音がする。その間にもかすかな風が木の枝を揺らしているが、子供の声ひとつ聞こえない。

 子どもがこんな場所まで入り込むとは思えない。

 それに、そこまでしてカナメが彼女の子供を探す程の義理などなかった。

「おやすみなさい」

 そんなことを思っていると、不意にどこかからそんな声が聞こえた。

「クロガネ様」

 男の声は、信じられないほど優しかった。どこか聞き覚えがある。けれど、それきり音はしなかった。

 誰かがいるのかと周囲を見渡すが、木々は鬱蒼と茂っており先を見ることは難しい。

 気配のした方へ踏み込もうとすれば、草木を分け入る必要があるような奥まった場所だ。

 姿を隠しているというより、元々そういう場所なのだろう。そして、あの声の主でもあんな声で呼ばれる子どもなんているわけがない。

「……何だったんだろ」

 これ以上、深く関わるのはよしておこう。

 悪化してはほとほと困る、今日はとんだ厄日なのだ。

 空を見上げれば曇天はすぐに近い。

「こんな山の中、見つかるわけがっ……――!」


 ゴンッと鈍い音がすぐ後ろで響き、目の前で幾つもの星が散った。


 3


 足元はぬかるんでいた。

 身体はびしょ濡れで、服が気持ち悪かった。

 ――……ような気がした。

 実感が湧かなくて当然だ、何故ならここは夢の中なのだ。しかし、立ち尽くしている自分というのはとても不安定で、今にも倒れそうな気がした。

 心許ない。

 頼りない。

 いくつも投げられた言葉は、たしかにそれはそうだと思わせる。

 けれど、これはあまりにも――……。


「……いたた」

 目が覚めた。

 頭のどこかが、じわじわと痛い。手を当てようとしたが、腕が思ったより重かった。それ以上に何故か思うように身体が動かない。

「は?」

 痛む頭を押さえたいのだが、触れる事さえ叶わない。

 腕を動かそうとして、今度は手首の辺りに鈍い痛みが走る。

 引っかかる。擦れる。ざらりとした、荒縄の感触。ぐっと踏ん張ると、腕が柱に引っ張られていたことにようやく気が付いた。

「……あー。そういうこと」

 思考が一拍遅れて現実に追いつき、そんな言葉が出る。

 縛られている。

 見れば、使われていない小屋。窓はある。雨が常に小屋全体を叩いていた。

 大雨のせいで、おそらく助けを求めても叫んでも聞こえないだろう。

「今度こそ、カモネギね」

 なんとなくそう言った。

 実際の所、”なんとなく”なんかでは無いのかもしれないが、そうでもしないと状況が掴めなかった。

 荷物が無い。つまり、明確に物取りだ。

 それでも命があるなら、まだいい方だと自分を鼓舞する。

「本当についてないね」

 捕まっていると言う実感が、湿気に紛れて消えていくように焦りはどこか遠くにあった。

 

 改めて周囲を見渡す。

 先程までの暗さに目が慣れてきたのだろう。

 自分のすぐ右側、――……もう一本の柱の側に誰かが座っていた。

 顔も見えなければ、姿勢も曖昧なままだ。

 ただ、薄暗がりの中でも分かるのは、身に纏ったフードコートの派手さだった。

 一見薄汚れた布地にみえる。しかし、目を凝らすと分かるのはやたら細かなフリルと金の刺繍だ。

 装飾のせいで形が崩れていて、どこまでが身体で、どこまでが飾りかも分からない。

 それでも、裾の落ち方や肩の張り、首の位置――……そういった断片の積み重ねが、「女物の服にしては、やけに大きい」とだけ無意識に思わせた。そのかわり「あ」とカナメは声をあげる。

「アンタ、【覗き火】の時の……」

 記憶はまだ新しい。それも当然だ、あれから一か月も経っていない。

 鎮魂の催事【覗き火】の時、たしかこの男は参加者により後ろから殴られてケガをした。再会しないと思っていたため名前こそ聞いていないがその異様さは鮮やかに記憶に残る。

「あんたが犯人……な訳無いよな」

 思ったことをそのまま口にすると、思いの他すぐ返事が返ってきた。

「ちがう、ちがう」

 答えたのは少女の声を模したような、不自然に高い声。その男自身では無いのはたしかだ。

 フードの隙間から、何かがぬるりと動きで、ゆっくりと滑り出た。

 それもまた依然見たことがある。動物のようだったが、輪郭がはっきりしない。真っ黒な毛並みは光を吸い込み、鼻も口も判別出来ない。

 夜空に浮かぶ月のように、ポッカリと白く開いた目だけが、こちらを見ていた。それはあの催事の時と同じように余程警戒しているのだろう、見開いたまま瞬きすらしない。

「ネズミ? ネコ……?」

 改めてゆっくりその生き物を見る。毛長ゆえか人の前髪のようにみえるそれは、少しだけ恐ろしさを呼び込む。

「ちがう、ちがう」

 小さな声だが、鳥が人の声真似をする以上にはっきり発語している。

 あまりにも流暢ゆえに幼児の言葉にも聞こえた。

 何かを判断する前に、カナメはふっと息を吐いた。

「まあ、そういう生き物もいますわな。……はいはい、分かったよ」

 そう言いながらヘニャリと笑う。

「で、アンタも不運だよな。……騙されたんだよ……な?」

 改めてフードの人物に声をかけると、肩にいた黒い生き物がすっと引っ込んだ。

 それきり何も起きず、カナメは小さく溜め息を吐く。

「まあ、いいか。俺はカナエ。あんたは?」

 その時、わずかにフードの影が動いた。

 灰色の髪がずれ、内側からゆっくりと、目が現れた。

 血のように濃く、けれど光を持たない紅い眼。

 表情の無いその視線は、まっすぐにカナメを見ていた。……いや、見えていたかは分からない。動きは鈍く、顔の角度はほんの少しだけずれていた。

 フードを深く被っていたその人物が、ようやくわずかに顔を向けた。

 濃い灰色の髪が揺れ、フードの影から目がひとつ覗く。紅い眼だった。

 喋る直前、少しだけ息を整えたようにも見えた。

「……武器商人と呼ばれている」

 低く、けれど不自然な程感情の籠もっていない声だった。

 それを聞いた瞬間、カナメは吹き出しそうになる。声と、輪郭と、仕草と、そして服装、名前を聞いたのに答えられたのはただの職業名。全部が少しずつずれていて、恐ろしさよりも好奇心が買ってしまった。

 山で聞いた「おやすみなさい」の声も、多分彼の物だったのだろう。

「……まあ、商人ってのも色々か」

 そう言いながら、縛られた手首を見下ろす。

「縄を切ってくれないか?」

 すでに自分の拘束を解いたのだろう武器商人は、すぐには動かなかった。

 ほんの数秒の間を置いて、左手がゆっくりと動き出す。

  柱に縛られているだけなのだ。すぐ近くに縄があるかもしれないとカナメは考えたのだが、武器商人は緩慢に床を何度か不器用に触れるだけだった。数回床を撫でたと思うと静かに布地の中に戻す。

 恐いのだろうか。フード見える武器商人の顔は白い。

(……これは時間がかかるだろうな)

 カナメはふと思って、外に耳を澄ませる。

 窓を叩く雨の音がずっと続いていた。

 空気は重く、濡れてもいないのに体の芯が冷えていくような感覚がある。

「ミメイ。彼の縄を」

 手を伸ばすのを諦めたらしい武器商人が短くそう告げると、フードの影から小さな何かが跳ね出た。

 ミメイと呼称された、武器商人のフードの中にずっと隠れていた黒い動物。大きなネズミにも似ているが、それにしてはあまりに奇妙だった。

 その黒い身体には、顔に加えて二組、別の場所にも目らしきものがついていた。

 一組は首の後ろにあり、武器商人に視線を送っていた。

 もう一組は、腹の辺りで何度も忙しなく瞬きをしている。

 顔にある目だけが、カナメの腕から手首を追って動き、素早くカナメの背後へと回り込み、すぐさま縄に喰らいつく。

「へえ、珍しい生き物だ。飼育してるのか?」

 ミメイと呼ばれた生き物がコリコリと縄を噛み切ろうとしている音を聞きながらカナメは武器商人に尋ねる。が、彼は何一つ返さない。

 ただフードから見える武器商人の唇は真っ青に色を変えていた。

(まあ、冷えるし……)

 カナメがそう思っているとブツンと大きな音が背後から聞こえた。

 無事に縄は切れたらしい。

「ありがとさん」

 カナメは手首を擦りながら立ち上がると、すでにミメイはカナメの近くにはいなかった。

 どこに行ったのだろうと、視線を巡らせると、すでに武器商人の肩に戻っている。、戻っているというより、張りついていると言った方がいい。

 武器商人の首元にピタリと身を寄せて、動かない。

 カナメは、窓と扉を一通り確認した。

 どれも年季の入った木製で、錆びた蝶番や剥がれかけた塗装が目に入る。ところが、どこも開かない。

 扉ならまだしも、窓まで全てに置いて外側から鍵がかかっていた。

 そんな構造、普通はしない。

(……ああ、そういうこと)

 妙な納得と一緒に、胸の奥がうっすらと冷える。

 古いせいだと思っていたが違うかもしれない。人を入れて、閉じ込めるために後から改造されたような印象を与える建物だ。

 ふと、そんなことを思ってしまって、視線を扉から外す。

「……そりゃ、そうですよね」

 

 4


 何度か扉に体当たりしてみたが、びくともしなかった。軋む音すら返ってこない。

 叩くたびに、小屋の古さよりも固さの方が際立っていく。

 気がつけば雨の音は次第に弱くなっていったようだが、その代わりなにか変わったような音がする。

「……どうにか出られないか? こんな調子じゃ、葉っぱ飛ばすのがせいぜいだし……」

「ケムリ! ケムリ! ケムリ、ケムリ!!」

 甲高く響く声に、カナメの思考が引き戻された。

 反射的に振り向くと、ミメイが一点を見つめて騒いでいる。

 視線の先――……隙間から見間違いなどしない、細い煙が這い込んでいた。

 白い線が、ゆっくりと、床をなぞるように延び、焦げた草の匂いも混ざっている。

「……うそ……?」

 カナメは慌てて小屋の中を見渡した。

 すぐ近くの壁際に、農具らしきものが立てかけられていた。柄が朽ちて色褪せ、もうただの棒切れにしか見えなかった。

「……いけるか?」

 振り上げた瞬間バキリ、と乾いた音とともに、持ち手の根元から折れた。

「うわ……、叩きも出来ないのか」

 焦るよりも先に、呆れる声が出た。それに被るかのように、外からかすかに怒鳴り声か言い争うような声が聞こえた気がした。

「くそっ! そこのアンタ! ちゃんと伏せてろ! 煙を吸うな!」

 扉を蹴った足がまだ痛む。煙は低く、ゆっくりと這うように足元を満たしてきていた。

 カナメが焦りを露わに声を張った、その時だった。

「君は、獣人を助けるために果敢に挑み出た」

 武器商人が、煙など一切気にする様子もなく、こちらをまっすぐ見つめて言った。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「は? どうしたんだ、急に」

 カナメの問いかけにも武器商人は答えない。

「君は幾度となく俺を助けた」

 武器商人は声音を変えず、ただ淡々と話を続ける。

「臆する事なくウラクライとも戦い、生き延びた」

 その一言で、あの犬の獣人。異常な動き、異様な目。傷つけられた時の痛み……昼の記憶が煙の中で浮かび上がる。

「ウラクライを……知ってるのか? いや、それより――……」

「此処から逃げたいのか?」

 遮るように返された言葉に、思考が一瞬止まった。

 武器商人がまっすぐカナメを見ていた。

 コンプレックスからなのか左目は灰色の髪に隠れていた。。

 だが右の目――……紅い瞳だけが、はっきりとカナメを映している。

 光を反射せず、吸い込んでいくような静けさがあると言うのにその瞳孔はヤギの目ともガラス細工とも似てい横に流れていた。

「それならば、取り引きを――……っ」

 その続きを遮ったのは、外から響いた怒鳴り声と、甲高い悲鳴だった。

「なんだっ⁈」

 バンッと扉が開けられ一人の男が絶叫と共に中に転がり込んでくる。そして、その男にとびかかる鼻血を出し続けるもう一人の男。

「に、逃げるぞ!」

 カナメは武器商人の腕を掴んで走り出した。


 5


 間抜けな旅人――……ああいうのが一番ありがたかった。

 物を持っていて気が弱そうで声も上げない。

 荷物を奪って、小屋に閉じ込めて、あとは売るだけ。

 兄たちは、いつもそうやって計画を立てていた。

 上手くいくはずだった。今回も、いつもと同じ。……だったのに。 どうして、あんなことになったのだろう。

 二番目の兄が、あの奇妙な男から奪った本に触れた。

 それから声を上げて、鼻血を出して、泡を吹いたと思ったら突然一番上の兄に殴りかかった。

 見たことのない力で、叫びながら暴れていたのだ。止めようにも、どうしていいか分からなかった

 二人の兄はいつも仲良かったので、こんな喧嘩は見たことがない。

 泣く声もあげられないのは、二番目の兄に発見されたくなかったからだ。

「……まったく。ホント、厄日だよ」

 声がして女が顔を上げると、あの頭の悪そうな旅人がいた。

 背後では、二番目の兄が一番目の兄を殴りながら吠えている。

 その異様さに腰が抜け、女は逃げようにも体が言うことをきかなかった。

 旅人は、怒るでもなく、睨みつけるでもなく、ただ黙々と荷物を回収して、バックパックを背負った。

 その表情には、咎めるでもなく、同情するでもなく何の感情もない。それがさらに恐ろしさに拍車をかけた。

「何なんだよ、てめぇは!」

 思わずそう叫びそうになった時「やくび、やくび」と今度は甲高い声が飛んできた。

 鼓膜を突くようないるはずもない少女の声に、今度こそ悲鳴が出そうになる。

 逃げようと首を動かすと、今度は赤と目が合った。

 あの本の持ち主。

 赤子の寝間着のような、どこか古びた童謡の挿絵を思わせる格好。なのに、一番目の兄よりも背が高い。

 そんな男は少しも動かず、ぽつねんとそこに立っていた。

「読んだか?」

 低い声に女は声も出ない。ただただ泣きながら首を振る。

「それが良い。少し、刺激が強いから」

 やはりその本こそが二番目の兄を狂わせたのだろう。

 女は今度こそ意識を失った。


 6

 

「それが良い。少し、刺激が強いから」

 武器商人の何が“良い”のか。何が“強い”のかカナメには理解が出来ない。考えようとしたが、酷く疲れていて頭の奥がもたれて重く、上手く回らない。

「で、アンタは大丈夫なのか? 荷物は?」

 気絶した女を見ながら、カナメは静かに問う。

「問題無い。すぐ見つかる」

 そう返して、武器商人はゆっくりと腰を落とした。

 拾い上げたのは黒い革のホルスターだった。

 そこに、本を二冊。一方は、角が擦り切れ、表紙には焼け跡のような染みがついている古びた本。そして、全体的に新しい別の一冊を拾い上げ収納していく。

 どちらも、ホルスターにしまう程の武器にも重要な物にも見えなかった。が、武器商人は丁寧にそれらをホルスターに収められていた。そして、ホルスターを体に装着すると武器商人は改めてカナメを見た。

「危険です。物品回収後即時撤退をします」

 静まり返った空気の中、ミメイの声がふっと聞こえた。

 武器商人に耳打ちのような小さな声。それでも、周囲の音があまりにも静かすぎて、カナメの神経に触れたのかもしれない。

(へえ、喋られるんだ)

 驚くというより、感心するような気持ちが先に立った。しかし、次の瞬間にはその小さな生き物はまた動かなくなっていた。

 前足をダランと垂らして、管理官の肩に貼りついている。

 顔だけをこちらに向けて、青灰色の目でじっと見ている。恐らく疲れてしまったのだろう。状況的にも切迫し続けていたのだから仕方がない、とカナメは結論付ける。

「……じゃあ、オレは行くよ」

 カナメがそう言うと武器商人は「ああ」とだけ答えた。

 あっさりした別れ。

 武器商人は、カナメとは少しずれた方向へと歩いて行く。

(……ハヅキと違って、商品の話は無かったな)

 武器商人なのに、売り物のひとつも出してこない。

 それが逆に、妙に印象に残った。

 暫く武器商人が歩いている姿を見ていたカナメだったが、背後で上がる男の悲鳴を聞き速や足でその場を立ち去った。

 きっとあの二人の男が乱闘し続けているのだろう。

 いつの間にか夜が明けている。

 カナメはそう言って溜め息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ