8.それぞれの求めるもの
呆れた。
このファイアーストーンのジュエリーはわたくしの母の実家、ソルダム公爵家から送られたものだ。
アデライードに相続の権利はない。
ずっとアデライードが身に着けているアクアドロップの指輪の指輪もそうなのだ。
父は突然何かに憑かれたように迫ってきた。
「さあ、そのファイアーストーンをアデライードに渡しなさい」
わたくしからむしり取らんばかりの勢いで迫ってきた。
その顔を、表情を見たわたくしは覚った。
わたくしと同じ黒い髪、緑の瞳。
それなのにその表情は父ではなかった。母セアラにそっくりだった。
そう。母セアラはアデライードではなく、父の中に潜んでいたのだ。愛する男の中に。愛してくれない男の中に。
「さあ、渡しなさい」
父の声に母の声が重なる。
わたくしの首元に手をかけた。
その時、小柄な人影が私に飛びついた。
「やめて!お父様!!」
アデライードだった。
アデライードがわたくしに飛びついた瞬間、ビシっと何かが割れるような音がした。そしてアデライードの顔が苦痛に歪んだ。
「ああーーーーー」
アデライードが叫んだ。しかし、わたくしを庇うように抱きしめて離れない。
「アデライード!アデライード!どうしたの?苦しいの?」
わたくしは必死でアデライードを引き離そうとした。アデライードはさらに力を入れる。
「負けてはいけないの。この指輪に負けてはいけないの」
アデライードがうわごとのように叫ぶ。
「指輪が言うの。わたくしを支配するの。おねえさま!助けて」
指輪とはアクアドロップの指輪だろうか?ファイアーストーンの指輪だろうか?
確認しようとしたその時、ファイアーストーンの指輪をはめめたわたくしの指に苦痛が走った。ネックレスを着けた首が熱くなり、締められるような苦しさが走った。
ビシッビシッと軋むような音が響き、わたくしの苦痛が増した。アデライードも同じらしい。
「ああっ!」
苦痛の声を上げる。
「おねえさま、大好きよ!大好き!」
ああ、わたくしはアデライードのその好意に応えてきただろうか。
今更、後悔が大波のように襲い掛かる。
妹を好いてはいた。
しかし、家族の愛を得られず、恨んでいたのではないか?
わたくしは自分のことばかりを考えていたような気がする。
アデライードの呪いが解ければ、グィードの元へ行ける。そのために無為に日々を過ごしていたのではないだろうか。
「ごめんなさい、アデライード。わたくし、自分の悲しさに精いっぱいだったわ」
アデライードを抱きしめる。
苦痛が強まる。
苦痛のさなかに、わたくし達はお互いを思いやった。
姉妹として、女同士として、人として。
ふと気づくと、わたくしの背中からグィードが抱きしめ、アデライードの背中からセルシオ王子が抱きしめていた。
「負けるな」
グィードが囁く。
わたくし達はさらに強く抱きしめ合った。
一際大きくビシっという音が響いた。
わたくしは気を失った。
気が付くとわたくしはグィードの腕の中にいて、顔を上げるとアデライードはセルシオ王子の腕の中にいた。
ファイアーストーンとアクアドロップは砕け散っていた。
父は無様にひっくり返っていた。
すぐに夜会は散会になった。
魔導士がやってきて、呪いが解けたことを告げた。
その夜の出来事は不可解な醜聞として巷に広がった。
アデライードの呪いは解け、今後は王太子妃としての教育を受けることになった。
「あれだけの騒ぎを起こしたのですから、認められるのは至難の業ですよ。もしかしたら第二妃にとどまるかもしれません」
王妃様が厳しい顔で言ったが、愛し合う二人はそれでも手を放さないと誓い合っていた。
わたくしは…
あの騒ぎから半年、離れに引きこもって暮らしていた。
グィードが消えたのだ。
父はわたくしを腫れものでもあつかうように、遠巻きにしていたが、それがわたくしには救いだった。
王子の仮の婚約者のお役御免の後、新しい相手をあてがわれてはたまらない。
その辺は王家との約束を、くれぐれも言い聞かされているらしい。
鬱々と過ごしているある日、王宮から夜会の招待状が届いた。
わたくしはお断りの旨、返事をした。
その夜会の夜、思いもかけない訪問者が来た。
「お嬢様、お客様でございます」
わたくしは夜会の催促だと思い
「お断りして」
とすげなく言った。
しかし侍女は
「そういうわけにはまいりません。隣国のゾォーイ帝国の第二公子殿下でございます」
ゾォーイ帝国!
長く後継者争いをしている国ではないか。我が国よりも順位は上だ。
しぶしぶ着替え、客間へ行く。
そこにいたのは…
グィードだった。
わたくしを見るとグィードは膝を折り、林檎を捧げるように差し出した。
わたくしは後先も考えずに林檎を受け取った。
ああ、そう。
わたくしはこれが欲しかったの。
魔法の林檎。
わたくしが触れると時が動き出す林檎。
齧ればわたくしの呪いが解ける真っ赤な林檎。
わたくしはその林檎を齧った。
その途端、体がふわりと浮いた。
グィードに抱き上げられていた。
「これで君は僕のものだ。連れて行くよ。僕の国に」
「どこへでも行くわ。わたくしはあなたのものよ」
そのまま離れを出て、馬車に乗せられた。
「兄と対決してきた。勝ったよ」
グィードが淡々と報告する。
「まだまだ不安定だけど、伴侶としてきてくれるね?」
まあ、なんて言い草かしら?
「わたくし達のお約束でしょう?その林檎を齧ったら、わたくしはあなただけのものなのよ」
あなたとならば、地獄でも幸せだわ。