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3.王都の館の生活

 その日の夕食は喉を通らなかった。母は悠々と自分の夕食を終えると、わたくしに再び部屋に戻るように言つけた。


 わたくしは自室に戻り、ここでの最後の夜をすごそうとして、涙が溢れそうになった。その時、軽いノックが響き、ドアが開いて執事と料理長と家政婦長が入ってきた。


「お嬢様、お別れに参りました」

 家政婦長が言う。母に隠れて来たという。母は部屋で入浴中だそうだ。わたくしは三人いなんといって言いかわからず、手を握って泣くばかりだった。

 そんなわたくしに料理長がクローシュをかけた皿を、テーブルに置いた。

「林檎でございます。お嬢様」

 料理長がクローシュを取り去ると、そこには小さなアップルパイがあった。

「こうすれば、丸齧りしたことになりません。カトラリーを使って召し上がれますよ」

 執事が言い、三人はにっこり笑う。


 三人の心づくしが嬉しくて、わたくしは涙を堪えてそのアップルパイを食べた。


 翌日、母は朝食の間に現れなかった。まだ眠っているそうで、起きたら朝食をベッドに運ぶように言いつけられているようだ。

 わたくしは救われた気持ちで、朝食を食べた。


 結局母は、お昼近くなって出てきた。すでに着飾り、馬車を呼びつけた。


 わたくしの荷物を積んだ馬車と、母とわたくしを乗せた馬車の二台で王都へ向かう。


 母は遅く朝食を食べたので平気だったが、わたくしはお腹が空いてしまった。お腹がきゅるると鳴るのを押さえられない。母はそれを笑って言った。

「野育ちは食い意地が張っているのね」


 母と二人きりの車内は気まずかったが、母はわたくしのその気まずささえ楽しんでいるようだった。

 捕まえた獲物を玩ぶような様子に、これからの生活を考えると心細くて仕方なかった。


 王都までは馬車で半日足らず、夕日が落ちないうちに到着した。


 王都の館では、家令と執事と従僕と家政婦長が出迎えていた。


 わたくしは母にぐいっと腕を掴まれ、家政婦長に引き渡された。

「この子の部屋に案内してちょうだい。見苦しいから、なるべく外に出さないで。メイドを何人か付けて磨きなさい」

 そして執事に向かった。

「家庭教師の手配は済んでいるのでしょうね?」

「はい、奥方様。皆様すでにご到着していらっしゃいます」

「そう。明日から始めるように言いなさい」


 そしてさっさと館に入って行った。中では母の侍女らしい使用人が三人待っていた。三人に付き従われて、母はわたくしを残して去って行った。


 家政婦長がわたくしに優しく話しかけてきた。

「お嬢様、家政婦長のジニーでございます。どうぞよろしくお願いいたします。そしてこちらが」

 年配の男性二人を順々に指して紹介してくれた。

「家令のパトリックに執事のニックです」

 そして優しく手を取った。

「お部屋にご案内いたしますね」

「ありがとう」

 わたくしが言うと、三人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を消した。


 わたくしは館の南東にある二間続きで風呂のある部屋に通された。

「すぐに湯浴みなさいますか?馬車の旅でお疲れでしょう?」

 家政婦長が言ったが、わたくしのお腹がぐぅと鳴った。

 家政婦長は慌てず、

「お食事を先にいたしましょうね。明日からメイドがお世話しますが、今夜はわたくしがお世話いたします」


 わたくしはこの館にきたら、昨夜のように母と共にテーブルに就くのかと恐れていた。

 しかし、まだ子供のわたくしは基本的に自室で一人で食事をとると知り、安堵した。


 翌日、朝食を運んできたのは三人のメイドだった。

「リリーと申します」

 背の低い茶色の巻き毛をモブキャップで押さえた女性が言う。

「わたくしはレベッカです」

 亜麻色の髪のそばかすのある女性が言う。

「シシリーです」

 にこにこ笑った顔が可愛らしい、少女が言った。

 この三人がわたくしの専属メイドらしかった。


「どうそよろしく」

 膝を曲げて礼をすれば、三人は驚いた顔をした。

「お嬢様、使用人に膝を折ってはいけませんわ」

 リリーが言う。

「そうなの?」

「見つかったら、奥様に叱られます」

 どちらがとは言わなかったが、どちらも叱られるのだろう。


 その日は朝食後から勉強が始まり、昼食を挟んで音楽やダンスや作法の時間がめいっぱいに詰め込まれていた。

 数日は母は姿を現さなかったが、気まぐれのように突然午後にやってきて、容赦なく扇でパシパシと打って妨害し、

「まだまだね」

 と笑っては満足して帰って行く。


 ここには父親もいるはずだが、一か月経っても一度も顔を見ることはなかった。


 わたくしの一番安らげる時間は、朝だった。

「お嬢様は林檎がお好きとうかがいましたので」

 保養地の執事が知らせてくれたらしい。

 朝には度々林檎のお菓子が出された。

 アップルパイやアップルタルトや林檎の巣ごもりプディングなど。


 カトラリーを使って、いかに優雅にいただくか、わたくしは努めた。


 三か月が過ぎる頃、突然父が現れた。

 わたくしは身構えてしまったが、父は穏やかな調子で謝罪した。

「今まで放っておいてすまなかったね。顔をみせてごらん」

 わたくしは言われるままに父に顔を向けた。

「ああ」

 父は言った。その声は、喜んでいるのか悲しんでいるのかよくわからなかった。


「母に生き写しだ。漆黒の波打つ髪、クリームのような肌、エメラルドの瞳…」

 そしてわたくしの髪を優しく撫でた。

「これではセアラは、お前に厳しく当たるだろう。我慢できるかい?」

 わたくしは泣くまいとした。

「はい」

 小さく答える。

「実はね、セアラはお前を王子妃にしたいのだよ」

 それは知っているので頷いた。

「でもね、王家ではお前の妹のアデライードを望むだろう。今でも王子の遊び相手だからね」

 それはわたくしには恩恵とも言える言葉だったので、思い切って言った。

「わたくし、王子妃になりたくありません」

 父はほっとした顔をした。

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