7話 君の内臓を食べたい 前編
「っし! これで修理完了っと!」
そう言って真壁は立ち上がると腰をトントンと叩く。
「ありがとうございますなの! 真壁さんがいてくれて良かったなの!」
ペコペコと頭を下げながら礼を言うのは小柄な少女だ。制服を着ているので彼女もパンデモニウム学園の生徒だとわかる。
ここは学園の敷地内にある幻獣を育成する場所だ。現実世界の学園で言えば飼育小屋といったところか。
「鳥小屋の壁が壊れてしまったときはどうしようかと思ったけど、目安箱に紙を入れてよかったの!」
そう言って少女はふたたび頭を下げる。
「いやいやこれも生徒会室の仕事だしな……」
生徒会長であるヴェルフェから仕事を押し付けられ、雑務役として修理に駆り出された真壁はぽりぽりと頬を掻く。
「しっかし……鳥小屋って言うからフツーの鳥小屋かと思ったらデカいんだな」
そう言って修理した鳥小屋を見上げる。確かにその大きさは鳥小屋どころか馬房くらいある。
その時、小屋からひときわ甲高い鳴き声が。どの鳥にも当てはまらないような鳴き声だ。
「グリちゃんすごく喜んでるの! もちろんハルも喜んでるの!」
小屋の奥から顔をのぞかせるのは前半身がワシ、後半身が馬という伝説上の生物、ヒッポグリフだ。
「やっぱり似た者同士で言葉がわかるもんなのか?」
「うん! ハルはグリちゃんだけでなく全ての鳥さんの言葉がわかるの!」
そう言ってにっと微笑むハルという、背中に羽根を生やした少女はハルピュイア、いわゆる上半身が人、下半身が鳥のモンスターだ。
「ま、とにかくこれで依頼は終わったことだし、俺はこれで帰るわ。なにかあったらまた呼んでくれよ」
「うん! ホントにありがとなの!」
真壁が手を振るとハルがぶんぶんと手と背中の羽根を振り、ふたたびヒッポグリフの甲高い鳴き声が。
学園を目指しながら歩く真壁は空から射す太陽の光に目を細めながら手で庇を作る。
真壁にとって魔界に来てから初めての日光だ。ヴィクトリア曰く、月に一回太陽が現れるのだそうな。
辺りを見回すと遠くにパンデモニウム学園。そしてその向こうにはどこまでも広がる樹海が。
太陽の光を受けた景色はここが魔界だということを忘れさせてくれる。
「やっぱ俺、異世界に来ちまったんだよな……」
誰に言うともなくぽつりとこぼす。しばらくその場に立ちつくすと、溜息をついてから学園へと足を向けた。
「おっすーイタルおつかれー!」
「よ、ていうか俺とヴィックしかいないのか」
生徒会室に入るとヴィクトリアと対面の席に腰掛ける。
「しょーがないよ。ボクらみたいな人間と違って魔族は太陽の光を嫌うからね。みんな自分の部屋で自習か好きなことをしてるよ☆」
「あーなる。どうりで今日生徒の数が少なかったわけだ。あ、頼まれてた鳥小屋の修理終わったぞ」
「さんきゅ! それじゃこの依頼は完了っと!」
そう言って目安箱に入れられた要望の紙にどんとスタンプを押す。
「これで数件の依頼はこなしたね。副会長であるボクも鼻が高いよ」
「なんでもいいけどさ……今回も魔鉱石はおろか、手がかりもつかめなかったぜ」
背もたれに頭を乗せてぐんなりする。
「まぁ魔鉱石自体かなりのレアだからね。すぐに見つかるほうがどうかしてるよ」
ヴィクトリアがこれまでに投函された魔鉱石に関する報告書をペラペラとめくった。
いずれにしてもガセネタか、誤認によるものが多い。
「そういや、魔鉱石っていまどのくらい貯まってるんだ?」
「えーと……8%だねっ」
胸のポケットから手帳を取り出して言う。
「かーっ! このペースじゃいつまでたっても帰れねーぞ!」
ぶつくさ言う真壁にヴィクトリアがまあまあとなだめる。
「実はボクにアイデアがあるんだ。魔鉱石を効率よく探す方法だよ☆」
人差し指をピンと立てながらウインクを。
「ホントか! それじゃ今すぐそのアイデアを……」
真壁の面前でヴィクトリアがふるふると首を左右に振った。
「そのためには一定量の魔鉱石が必要なんだ。だからなんとしても魔鉱石をかき集めて――」
「今すぐそれをなんとかしてくれよ……」
ふたたび背もたれに頭を預けてがくりと項垂れる。
その時だ。生徒会室の扉をコンコンとノックする音がしたのは。
「はいはいどーぞ!」
「し、失礼します……」
ヴィクトリアの明るい声とは対照的におずおずと生徒が入室する。頭に花を咲かせた緑色の肌をしたモンスター――マンドラゴラだ。
マンドラゴラの小柄な女生徒はとことこと歩くとふたりの前でぺこりと頭を下げた。
「あれ? 一年生の子じゃん。どうしたのさ?」
「は、はい……実は生徒会にお願いがありまして……」
なかなか言い出せないのか、もじもじと緑色の指をこねる。
「なにか悩みがあるんだったら相談に乗るぜ」
「そうだよっ。今はふたりしかいないけど、悩みごとにはなんでも乗るよ!」
「は、はい……あのぅ、悩みごとがあるのは私じゃなくて、私の先輩なんです……アルラウネのネル先輩です」
「アルラウネ?」
真壁の問いにヴィクトリアが上半身が人で下半身が植物のモンスターだと教えてくれた。
「アルラウネは大地に根を下ろして、そこから栄養を補給しないといけないんです。動けない先輩の代わりに私が来ました」
「あーそっか、身動きが取れないんじゃ目安箱に紙入れられないもんね」
ぽんと手を叩くヴィクトリアの目前で少女がこくりと頷く。
「もうおふたりにお願いするしかないんです……! どうかお願いします!」
ふたたび頭を下げる少女を前にして、真壁とヴィクトリアは互いに顔を見合わせたのちに互いに頷いた。
「よっしゃ! オレたちがなんとかしてやるぜ!」
「パンデモニウム生徒会出動だねっ」
顔を上げた少女の顔がぱあっと明るくなる。頭の花も嬉しそうに花弁をひらひらさせていた。
「ありがとうございます! ではネル先輩のところへ案内しますね!」