35話 ブルジアより愛をこめて
真壁たちがブルジア王国めざして出発してから三日目と半日――。
パンデモニウム学園の一階にヴィクトリアの実験室兼私室はある。
フランケンシュタインの末裔である彼女はひとりベッドで休んでいた。
そこへ人造人間であるクリスがトレーを持って入ってくる。スープのいい匂いがたちまち立ち上ってきた。
トレーを傍らのサイドテーブルに置き、ヴィクトリアの咥えている体温計を抜き取る。
「38.2℃。ダイブサガッテキマシタネ」
「前よりましにはなってきたよ。スープ持ってきてくれたの?」
「ハイ。チョウリシノオバサマカラデス」
スプーンを手に取り、どうぞと手渡す。
「ちょうどお腹減ってたから助かるよっ」
「スープニ サラナルエイヨウガヒツヨウトハンダンシマシタノデ グヲ ツイカシマシタ」
「そうなの? こんな気配りが出来るなんてやっぱボクって天才だね☆」
トマトベースのスープをすくい、口に含む。すると、歯がなにか硬いものを噛んだようにかちっと音が。
口の中に指を入れ、異物を取り出す。ネジだ。
まさかと思い、スープの中をさらってみるとネジだけでなく、小さな歯車やビスが浮いてきた。
「……前言撤回するよ。改良の余地があるみたい」
「?」
創造主の言葉にクリスは首を傾げる。
スープを傍らに置き、窓の外に目をやった。依然として窓の外は闇だ。
「みんな、だいじょぶかな……?」
「シンパイハ ムヨウデス。ミナサン ブジニカエッテコラレマス」
「うん……そうだよね」
「イマ ヴィクトリアサマガナサルコトハ カイフクスルコトデス。サアドウゾ」
ビスを載せたスプーンを差し出される。
「……ごめん、今はいらない」
◇◆◇
曇天のなか、一台の馬車が駆ける。幸い、日の光は差していないので御者台に座るヴェルフェとテンは心置きなく手綱を取ることができた。
「この分だとあと少しでブルジア王国だヨ」
「そうか! 思ったより早く着きそうじゃな!」
テンの横でヴェルフェが手綱を取りながら言う。
幌からシルヴィーが顔をのぞかせる。
「そろそろ交代したほうがいいで。魔族のあんたらが姿を見られたら元も子もないで」
「それもそうじゃな。真壁よ、あとは頼むぞ」
真壁が幌から出て手綱を受け取り、入れ違いにシルヴィーが出てくる。
「よっこいしょっと」
「先生が出て大丈夫なんですか?」
「確かにウチは魔女やけど、元々は人間さかい心配はいらへんよ」
「はぁ」
シルヴィーは黒い魔女の装束に身を包んでおり、こぼれんばかりの胸が真壁の視線を釘付けにさせた。
「よそ見してると危ないで」
煙管でぐいっと頬を突かれ、慌てて視線を前方に移す。
やがて開けたところに出たかと思うと城壁が目に入った。堅固な石造りの壁で周りをぐるりと取り囲んでいる。
「あれがブルジア王国……」
「せや、大陸一のお金持ちの国や。あそこから入れるみたいやな」
シルヴィーが指さしたのは正面の門だ。門番の兵士が立っており、来訪者をチェックしている。
「第一の関門や。手はず通りにたのむで」
正門まで馬車を進める。兵士の横を通り抜けようとしたとき、「待て!」と声がかかった。
「貴様ら、見ない顔だな。旅人か?」
「はっはい! 俺たちただの旅人ですっ」
真壁の声が緊張で上ずった。兵士は依然として訝しい目だ。
「馬車の中は何があるんだ?」
「いや、べつに怪しいものはないですよ!」
「ふん、どうだかな。念のため、あらためさせてもらうぞ」
兵士が幌の後ろに回り込んできたので真壁は気が気でない。
兵士がばさりと幌をめくる。やはりそこにはヴェルフェはじめ生徒会一行が。
魔族の姿を認めた兵士は思わず槍を構えた。
「き、貴様ら魔物か!?」
そこへいつの間にか来ていたシルヴィーが声をかける。
「本番まで内密にしときたかったんやけどねぇ……ウチら大道芸人なんよ♡ んで、こいつらは魔物の仮装をした芸人さかい、通したってぇな」
「ほ、本当か? それにしては本物のように見えるが……」
ずいっとシルヴィーが前のめりになったので兵士が思わずたじろぐ。
「あはは。魔物がわざわざこんなとこに行くわけがないやろ? ね、おにーさん。通してくれたら特別にイイことしちゃうかも♡」
ちらりとこれ見よがしに胸の谷間を見せつけながら。その豊満な膨らみに兵士が思わず唾をごくりと飲み込む。
「う、うむ。特に異常はないようだな。よし通れ!」
「おおきにー♡」
御者台に戻ったシルヴィーが手を振りながら。
「……バレるかと思いましたよ」
真壁だけでなく幌のなかの一行もほっと胸をなでおろす。
「変に隠そうとしたらそれこそ怪しまれるもんや。堂々と構えていればたいがいは信じるもんよ」
「はぁ……」
やがて門を抜け、街のなかへと入った。まず目に飛び込んできたのは活気あふれる市場で、そこかしこから威勢のいい呼びかけが聞こえてくる。
さらに奥のほうを見ると白亜の建築物が建っており、まばゆい黄金色の玉ねぎ形の屋根が市街地を見下ろす。
「いかにもお金持ちって感じすね……」
「成金趣味な。悪趣味やで」
「あんたら! 旅人かい? ここは初めてだろ?」
いきなり横から行商人が声をかけてきた。
「ブルジア王国は広いからね。地図がないとたちまち迷子になりますぜ」
蛇腹状に折りたたまれた紙を差し出す。地図だ。
「それじゃ一枚もらおうかね」
「まいど!」
シルヴィーから代金を受け取った行商人がぺこりと頭を下げる。
「どれどれ……」
地図を広げると、幌からティアが顔をのぞかせてきた。
「まず今夜の宿を確保しないと。あたしのカンじゃ、ここが良いと告げてるよ」
指さしたのは市街から外れたところだ。
「あたしたちはここでは新顔だからね。目立たない場所のほうがなにかと都合がいいのさ」
「それじゃ行ってみるか」
真壁が手綱を取り、馬を歩かせる。
◇◆◇
十分後。
地図を頼りにしてたどり着いたのは先ほどまでの活気ある市街地とはうってかわって寂れた街だ。
みすぼらしい身なりの通行人をちらほらと見かける。
「……なんか、さっきと雰囲気ちがうな……」
「貧困の差が激しいっちゅうわけやな。ま、ここに限った話やないけどね」
「あそこがよさそうだよ」
幌からティアが指さす。そこには看板が外れかかってはいるが、辛うじて宿屋と読めた。
宿屋の横に馬車を停め、真壁とシルヴィーが御者台から降りる。次いで幌からティア、ケーブを被った三人が出てきた。
「人間界の国に入るのは初めてじゃが……こうまで貧富の差があるとはな。む?」
ヴェルフェの前に浅黒い薄汚れた小さな掌が差し出された。
見ると、これまた薄汚れた身なりの年端のいかない少女が。
「ね、おかねちょうだい……」
「な、なんじゃお主……いきなり初対面の者に金の無心とは……礼儀のなってないやつじゃな。よいか! わしはパンデ」
先を続けようとしたところへ口を手でふさがれる。ティアだ。
「しー! 正体がバレたら元も子もないって!」
「む、そ、そうじゃったな。すまぬ」
それでも少女はお構いなしに催促してくる。
「おかね……」
途端、腹の虫が鳴る音。少女の腹からだ。
「もしかして、お腹すいてるのですか?」
リリアの問いに少女がこくりと頷く。
「でしたら、このパンを差し上げます!」
荷台から取り出したパンを手渡す。少女の顔がたちまち破顔したのでリリアもつられてにこりと微笑む。
パンを半分ほど食べた少女は礼もそこそこにその場を後にして走り去っていく。
「あんま施ししないほうがええで」
「で、でも……」
「見てみ。あんたがパンを恵んでから視線集めてるで」
リリアが辺りを見回すと、人々の視線が一行に注がれている。自分もおこぼれにあずかろうという魂胆だ。
「さっさと宿に入りぃや」
シルヴィーが一行が宿屋のほうへ入るのを見届け、最後に入ろうとする。
だが、何者かの視線を感じてぱっと振り向く。
……? 気のせいか? 誰かの視線を感じたんやけど……。
通行人の視線とはまた別の、射すくめるような視線だ。だが、視線の持ち主は見当たらない。
「先生、どうしたネ?」
「……なんでもあらへん。気のせいやったわ。さ、行くで」
ぽんとテンの頭に手を置き、宿屋のなかへと入った。
――宿屋から遠く離れた王城の一室。
市街が見下ろせる豪奢な部屋の窓から、全裸で外を見つめる少年がひとり。
……強い魔力の気配を感じて何かと思ったら、面白そうじゃん。
金髪の少年は口角を上げる。
「……んぅ、あ、あれ?」
背後のベッドからこれまた全裸の少女が半身を起こしてあたりを見回す。
「あぁそこにいたんですね……」
「まだ寝ていてもよかったんだよ? セシリー」
ベッドに腰かけ、セシリーという名の少女の頭を撫でてやる。
「よかった……てっきりいなくなってしまったのかと……」
水色の髪をした少女はほっと胸をなでおろす。
「バカだなぁセシリーは。僕がいなくなるわけないだろ」
「は、はい……でも今でもまだ信じられないんです。こんな落ちこぼれの回復士のわたしがあなたと冒険を共にしてるなんて……それに、こんな豪華なお部屋にも泊まれるなんて」
少年があははと笑う。
「たまたま拾った石が希少なものだったからね。オークションで落札した王様がお礼に泊めてくれただけだよ。それとも、セシリーはイヤかい?」
するとセシリーがぶんぶんと首を振る。
「いっ、いいえ! そんなことありません!」
「ん、それじゃしばらくはここに滞在しようか」
それに面白いことが起きそうだしね。
「なにか言いましたか?」
「何でもないよ。それより続きをしようか?」
有無を言わさずそのまま唇と唇を重ねる。少年の巧みな舌遣いに回復士の少女の目がとろんとなった。
「はい……勇者様」
「その呼び名は好きじゃないんだ。レックスでいいよ」
勇者レックスが少女の身体に覆いかぶさるようにするなか、壁に立てかけられた聖剣がランプの光を受けて鈍く光る――。




