5話 僕の初体験をキミに捧ぐ 後編
ヴィクトリアに手を取られて、案内されたのは食堂だ。真壁のいた学園の食堂とそんなに変わらない。
「俺の通ってるガッコの食堂と同じような感じだな」
「そうなの? でもここは色んな種族の魔物がいるからそれに配慮したメニューが出るんだよ」
「そうなのか?」
「うん。例えばほら、あそこ」
ヴィクトリアが指さしたのは異形の魔物だ。触手が何本も伸びている個体や眼が複数ある個体もいる。
皿に載った骨付き肉を手に取ったかと思えば、あんぐりと開けた口の中に放り込まれ、あっという間になくなった。
「あーいう個体はかなりの量を食べるから特大サイズなんだ。あとは」
次に指さしたのは屍食鬼だ。青白い肌に紅い眼が爛々と輝いている。
「あの個体は本来は人間の肉を食べるけど、学園内でそれはまずいから似たような味の肉を提供してるんだよ」
「なんつーか、ハラルみたいだな」
豚肉を食することが禁じられているイスラム教の食事を思い浮かべていると、屍食鬼のひとりがじろりと真壁を睨んだので思わず身震いする。
「あんま見つめないほうがいいよ。さ、ボクらも食事を取りに行こうよ。ちゃんと人間用の食事あるから心配は無用だよっ」
ヴィクトリアの案内でふたりは食事を載せたトレーを手にし、空いている席へ腰を下ろす。
「俺のいた世界の料理とそんな変わんないな」
フォークに刺したハンバーグをぱくりと口に運ぶ。味もそのままだ。
「ここの食堂は魔物や魔族に対応した食事を出すだけでなくて、味もピカイチなんだよ☆」
そう言ってくるくると巻いたパスタを口に運ぶ。
ふと、うら若き女子の声が真壁の耳に入る。
「ねぇ、あの人間の男の子、よく見たらイケてるんじゃない?」
「そんなに気になってるならアタックしちゃいなって」
「そーそー! 当たって砕けろって言うじゃん」
きゃいきゃい盛り上がる女子の声に真壁の耳たぶがぴくぴくと反応を。
そして本人の思うイケメンに見える角度――正確には45度で振り向く。むろん爽やかな笑顔とともに。
「やぁ、キミたち。僕のことで話、を……」
次の言葉は出なかった。それもそのはず。彼女らはゾンビだったのだから。
「ちょやだ! こっち見たわよ! マリー!」
「あれは絶対ウチのこと見てたってば! ミリー!」
「つーか、まとめてウチらでよくね? メリー!」
骨が露わになった腕でテーブルをばんばん叩き、こぼれた眼球をぷらぷらさせながら、きゃはははと笑う。
「ふーっ! モテる男はツラいねぇー」
他人事に言うヴィクトリアがパスタをちゅるんと音を立てて吸う。
「他人事だと思いやがって……!」
拳をわなわなと震わせると、凛りんとした声が静かに響く。
「ちょっとあなたたち、もう少し声を抑えなさい。ここは食堂よ」
見ると教室で真壁の隣にいた、色白で黒髪の美少女がトレーを手にして立っていた。
「やばっ! 委員長じゃん!」
三人のゾンビが声を上げるとそそくさと退散を。
「あ、いいんちょ! おいーっす」
ヴィクトリアがのんきに手を振る。黒髪の美少女はそれに構わず、ヴィクトリアと真壁と同じテーブルに着くなり食事を始めた。
「つれないなぁー。いいんちょは」
「いいんちょじゃなくちゃんと委員長と呼びなさい」
「あいかわらずお固いんだからー。あ、彼女はスカーレットって名前だよっ」
最後に「うちのクラスの学級委員長だよ」と補足する。
「……勝手に紹介なさらないでくださる? 自己紹介くらい自分でしますわ」
溜息をつきながらナイフとフォークを置くと、じろりと真壁を睨む。
「ヴィクトリアさんの言うとおり、学級委員長を務めるスカーレット•ツェペシュです。お見知り置きを」
挨拶もそこそこに終えるとふたたびナイフとフォークを手に取った。
「真壁至です……よろしくっす」
ぺこりと頭を下げると、ふと気づいたことが。
「あれ? ツェペシュってたしか……ドラキュラの名字じゃ……?」
以前観たホラー映画でそんな設定があったのを思い出したのだ。
「ご明答☆ 彼女はいわゆる吸血鬼なんだ。だから彼女が食べてるのはニンニク抜きのヴァンパイア専用の食事なんだよ」
ヴィクトリアが料理を指さすと、ふたたびスカーレットが溜息をつく。
「人間にしては学がありますのね。ですが、だからといって私は人間と馴れ馴れしくするつもりは毛頭ございませんわ。特に男性とは」
ご馳走様でしたとトレーを手にしてその場を後にする。
「俺、嫌われてんのかな……」
「というか、彼女はだれにでもああなんだよ。気にしなくていーよ」
ふぅんと言って真壁は食事を再開する。その時、視界の片隅に入るものが。
サキュバスの女生徒――リリアだ。彼女も真壁に気づいたのか、ぺこりと頭を下げる。
そ、そうだよ……! 俺には彼女がいるじゃないか!
それにもしかしたら、今夜、俺は彼女と……!
拳を握りしめながらだらしなく鼻の下を伸ばす。
そんな真壁を見ながらヴィクトリアが「キモ……」と漏らす。
鐘が昼休みの終わりを告げ、そのあともだらしない顔で授業を終えた真壁は牢屋――もとい、自室の鏡の前に立っていた。
髪型はキマっているか? ニキビはないか? 鼻毛は出ていないか? と顔の角度を変えながらチェックする。
「――――よし」
ひととおりチェックを終えると、あらためてネクタイを締め直す。
そして逸る気持ちを抑えながら、リリアが渡してくれたメモを頼りに廊下を歩く。
数分後、真壁はリリアの部屋の前まできた。
どくどくと高鳴る胸の鼓動と股間の疼きを感じながらごくりと唾を飲み込む。
そして意を決してドアをノック。すると程なくして「どうぞ」と入室の許可が。
真壁はふたたびごくりと唾を飲み込む。
落ち着け……。確かに俺は童貞だが、薄い本で何度もシミュレーションしてきたんだ。
「失礼します」
ドアを開けると、部屋には勉強机、隣には本棚が。
「こっちですわ」
声のしたほうを向くと、ベッドの上にちょこんと座るリリアがいた。ふわりと心地よい香りが鼻腔をくすぐる。石鹸の匂いだ。
制服ではなく、黒く下着のように艶かしいサキュバスの衣装を身にまとっている。
彼女の頬にはほんのりと朱が差していた。
「り、リリアさん……」
「……ここに来てください」
その時、真壁の股間の疼きは最高潮に達した。
くらくらと目まいに似た感じを覚えながらもリリアの隣に腰かける。
「その、いきなり呼び出してごめんなさい……どうしても真壁さんにお願いしたいことが……」
リリアが豊満な胸の前できゅっと拳を握りしめながら。
「お、俺でよければ……!」
たまらずリリアの手を掴む。
「うれしい……」
そう言ってリリアははにかむように微笑む。真壁はまたごくりと唾を飲み込んだ。
お父さん、お母さん。あなたたちの息子はいま、大人への階段を上ろうとしています。
「それでは、まず服を脱いでください。あ、下着はそのままで、結構ですよ」
「はい!」
こちらも脱がねば無作法というもの。おもむろに制服を脱ぎ捨て、パンツ一枚のあらわな姿になった真壁は鼻息荒くその場に立つ。
「次に床に四つんばいになってください」
もちろんこれも威勢よく返事するとすぐさま四つんばいに。
ついに……ついに俺は童貞を……!
「あれ? こういうのって、ふつー男女逆なんじゃ……?」
ひゅんっと空を切る音がしたかと思うと真壁の尻にムチがはたかれる。
「――――ッッ!?」
たまらずじんじんと痛む尻を押さえる。
「い、いったいナニを……」
その体勢のまま、リリアのほうを振り向く。
彼女はといえば、糸のように細い目は開眼し、桃色の瞳孔を輝かせていた。
ぺろりと舌なめずりするその姿はさっきまでの大人しい姿とは大違いだ。
「イケない子……」
ムチを軽く掌でぴしゃんと叩く。そして真壁の前へとかがむ。
次に真壁の顔を両手で優しく挟むように。
「いい? あなたは人間じゃなくてただの豚なの。豚は人間の言葉をしゃべらないでしょ? 豚の鳴き声でしゃべりなさい」
「は、はひ……」
「…………豚がしゃべっている」
ふたたびひゅんっと空を切る音がしたかと思うと、真壁の尻に炸裂した。
「このおバカ! 豚はブヒーって鳴くでしょう!?」
「ブヒッ、ブヒィーッッ!!」
豚の鳴き声で返事するが、非情にもムチの連撃が入る。
「どーしてこんなことがわからないの!? このブタめ!」
「ブヒィイイイイイイ――ッッ」
「どこなの!? どこを痛めつけてほしいの!? 言ってごらん! この豚野郎がッ!」
背中と尻にだんだんとミミズ腫れが出来上がっていくなか、真壁はふとベッドの下に何かあるのを認めた。淡く光るものだ。
「あ、あれは……」
思わず人間の言葉を発してしまったことに慌てて口を押さえるが、後の祭りだ。
リリアが瞳孔を輝かせながら見下ろしてくる。
「ねぇ? 今人間の言葉をしゃべったわよね? ねぇ? ねぇ! ねぇったら!?」
ひゅんっとムチが振り下ろされ、部屋はふたたび真壁の豚の鳴き声で満たされた。
翌日。生徒会室で真壁と生徒会役員一同が机に座していた。
「昨夜、生徒から豚のような悲鳴が聞こえたと報告があったが、なにか知ってる者はおるか?」
生徒会長のヴェルフェが見回す。だが、誰一人として首を縦に振らない。
当の真壁とリリアは顔を背けたままだ。
「……ふむ。まあよい。なにも被害がでてないからこの件は様子を見ることにしよう。それはそうと真壁よ。おぬし、なぜちゃんと椅子に腰掛けないのじゃ?」
見れば真壁は椅子からほんのわずかに腰を浮かせるようにしていた。
「い、いや……その、よんどころない事情がありまして……」
「?」
ヴェルフェ含め一同が首を傾げる。むろんリリアを除いて。
それもそのはず、真壁の尻は昨夜ムチによるミミズ腫れで深刻なダメージを負っているのだ。
座ればたちまち激痛に見舞われることだろう。
「どんな事情があったかは知らんが、それにしてもこれがリリアの部屋で見つかるとはのぅ」
ヴェルフェが手にしているのは淡く光る石――魔鉱石が。
「よく見つけたのぅリリア。でかしたぞ」
「この大きさだと5%ってところだね」
「ということはあと92%で満タンになるネ」
真壁は昨夜のことに思いを馳せる。
「ご、ごめんなさい……! 大丈夫ですか?」
気が済んで正気に戻ったリリアがひたすら謝る。
「な、なんとか……」
背中と尻がミミズ腫れだらけになった真壁は弱々しくサムズアップを。
「ほんとうにごめんなさい! 私、サキュバスなのでこうして精気を吸い取ってるんです……」
そう言ってリリアはひたすら謝る。
「い、いや……お気になさらず……それよりもこれ」
そう言って取り出したのはベッドの下にあった魔鉱石だ。
「それって魔鉱石ですよね……?」
「ああ、ただ俺がこの部屋で見つけたことは黙ってほしいんだ。でないと……」
生徒会役員に後ろ指を指されることになるかもしれない。というか刺されてもおかしくないだろう。
「わ、わかりました……! 私が見つけたことにしておきますね!」
そう言ってむんっと両手でガッツポーズを。
この子、裏表激しいけどこういうところはカワイイんだよなぁ……。
「せっかくマトモそうな子に出会えたと思ったのに……あと脱童貞……」
ボソッと本心を漏らす。
「あの、なにか?」
「あ、いや! なんでもない! とにかく俺はこの部屋には来ていないってことでよろしく!」
閑話休題。ふたたび生徒会室へ。
「他に議題はないようじゃな? では今日はここまでにしよう」
ヴェルフェが締めくくると、全員が席を立って部屋を出る。真壁はやっと解放されたかのように、んーっと伸びをひとつ。
すると、廊下に立っている者が。リリアだ。おずおずと真壁のほうへ歩み寄る。
「あ、あの……」
なかなか言い出せないのか、手を胸に当てながらうつむき加減に。
「その、もし良ければ都合の良いときにまたお願いしてもいいですか……?」
「い、いや、それは……」
「お願いしますっ。今度は出来るだけ痛くしませんので……!」
「あれれー? おふたりさんなんか良い雰囲気になってないー?」
ふたりの間にひょこっと飛び出したのはヴィクトリアだ。
「わわっ」
「おわっ! いきなり出るなよ! ヴィック!」
「ふむふむ。ボクの類まれなる頭脳によれば、昨夜何かあったのは間違いないね!」
びしっと指さす。
「い、いやナニもないぞ。なぁリリア」
「え、ええ。おっしゃる通りなにもありませんわ」
しどろもどろになるふたりの様子はどこから見ても初々しいカップルのようだ。
「かーっ。スミに置けないねぇ! イタルは!」
そう言うなり、真壁の尻をぱちんと叩く。
昨夜受けたムチによる痛みと条件反射で真壁はあらん限りの声で叫んだ。
「ブヒィィィイイイ――――ッッ」
魔鉱石が満タンになるまであと92%