5話 僕の初体験をキミに捧ぐ 前編
リリアの案内で教室の前までやってきた真壁は目の前の扉を見つめる。
「ここですわ。すでに担任の先生には話は通してあります」
リリアの隣で真壁はごくりと唾を飲み込む。
「私は別のクラスなので、これで失礼します」
くるりと踵を返そうとして、思い出したように「あ、そうだ」と真壁の近くまで来ると唇を耳に近づける。
「今夜、待ってますね……♡」
色っぽい声音と息遣いに真壁は思わずぶるりと身震いした。リリアがそっとメモを手渡す。
「私の部屋の場所を記したメモです」
見ると、この学園の簡単な地図に彼女の部屋であろう場所に丸が。
メモから見上げると、サキュバスの少女がこくりと頷く。
「頑張ってくださいね!」とリリアがむんっと両腕でガッツポーズを。次に「それではまた」と手を振ってその場を後にすると、真壁はひとりぽつんと残された。
しばらくだらしなく鼻の下を伸ばしていると、いかんいかんと言わんばかりに首を振り、そして気合を入れるかのように自らの頬をぴしゃんと叩く。
「よし!」
目の前の扉をノックし、入室の許可が出たので扉を押し開ける。
そこは講堂だった。教壇にはとんがり帽子を頭に載せた教師らしき女性が。反対側を見ると制服に身を包んだ女学生たちが。むろん、人間と見た目が変わらない者もいれば、異形な見た目の学生もいる。
階段状の講堂なので、女学生全員の視線が真壁を見下ろす。好奇心の眼差しで見つめる者もいれば、軽蔑的な眼差しで睨めつける者も。
十数人の視線を集めることになった真壁は思わずたじろぐ。
「やっと来ましたね。みなさん、こちらが今日からみなさんと共に学ぶことになる転入生です。自己紹介をお願いします」
「あ、はい」
こほんと咳をしてからまっすぐ正面を見つめる。
「はじめまして。昨日こちらに転移……あ、いや転入しました、真壁至と言います。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、あちこちからまばらな拍手が。
「では真壁さん、席はええと……」
担任教師が指を顎にあてがいながら空いている席を探す。
「せんせー! ここ空いてます!」
聞き覚えのある声がしたので見上げると、案の定ヴィクトリアが手を振っていた。
「あ、ヴィクトリア」
「あら、ヴィクトリアさんとはもう顔なじみなのですね。では真壁さん、席についてください」
ヴィクトリアの席は下から数えて五段目だ。真壁は視線を浴びながら階段を上がる。
席に着くなり、赤毛の少女が「おいっすー」と手をひらひら振る。
「よかったよー! イタルがボクとおなじクラスでさ!」
「ヴィクトリアもここのクラスだったのか」
「ヴィックでいいってば! ボクもイタルって呼ぶし」
「はいはい……で、ヴィックさんや。ここでは何を勉強するので?」
「今は魔界の歴史の授業だよっ」
担任の教師から「私語は慎むように」と釘を刺されたので会話は打ち切りとなった。
魔界の歴史は転入生の真壁のためにこの世界の始まりから説明され、かいつまんで言うと魔界は相反する世界の英雄――勇者との闘いの繰り返しである。
「ふーん、やっぱこの世界にも勇者はいるんだな……」
用意されたノートに大まかな内容を書いていく。
「そうだよっ。といっても勇者との戦争はめったに起きないけどね」
「んー……じゃあさ、もし戦争が起きたらヴィクト……ヴィックはどうするんだ?」
すると、目の前の少女は額のゴーグルを下ろして両腕を組む。
「そりゃ当然! 人間族だけどボクも勇者と戦うよ!」
「そこ! 私語は慎むようにと言ったはずですよ!」
「すみませーん」とゴーグルを外しながら謝るヴィクトリアを横目に真壁はふと横を見る。
なんとなくだが、だれかの視線を感じたのだ。視線の主は階段を挟んだ向こうの机に座る、人間と見た目が変わらない少女だった。
腰まで伸びた艶やかな黒髪に色白の少女はじろりと真壁を睨んだかと思うと、ふんとそっぽを向く。
なんなんだ……?
その時、鐘が鳴った。
「では、今日はここまで。各自予習をしておくように」
黒髪の少女が立ち上がり、「起立、礼」と締めくくる。
その次の授業は薬草学だ。毒草と薬草の見分け方についての講座が終わると、昼食の時間となった。
「イタルー、お腹すいたっしょ? 一緒にランチたべよーよ☆」