4話 真壁至のいちばん長い日
真壁とリリアのふたりは廊下を歩く。窓からは相変わらず雷鳴が轟いていた。
「部屋って言ってましたけど、いったいどんな部屋なんですか……?」
「なんの変哲もないただのお部屋です。ここ、パンデモニウム女学園は全寮制ですから」
「さいですか……」
しばし無言で廊下を歩く。ふと、真壁が思いついたように口を開く。
「あの、さっきはすみません……いきなりここに飛ばされてきたとはいえ、あんな本を持ち込んでしまって……」
故意ではないとはいえ、今後のためにもここは謝罪しておくべきだろう。
「いえ……もう済んだことですし、お気になさらず」
「あ、はい……」
リリアの横顔を伺うが、表情は変わらないままだ。閉じてるのか開いているのかわからないほどの細い目からも心の機微は読み取れない。
だが、ほんのわずかではあるが頬にうっすらと朱が指しているように見える。
その色香に当てられた真壁は視線を下へと。
すらっとした肢体に豊満な胸、出るところは出て、引き締まったところは引き締まっており、尻尾の生えた臀部は歩くたびにぷりぷりと揺れる。
彼女の種族――サキュバスは男を惑わして精気を糧にする魔物だ。
その男好きのする美貌に真壁は思わず生唾をごくりと飲み込む。
「あの」
「はっはいっ」
いきなりリリアに声をかけられた真壁は視線を素早く戻して上ずった声で返事を。
「着きましたわ。こちらです」
リリアの言うとおり、そこには鉄枠の木造の扉が。リリアが扉を押すとぎぎぎと軋みをあげながら開いた。
鉄格子のはめ込まれた窓から差す月明かりと雷鳴で照らし出されたそこはベッドが一台に机が一式。部屋の隅には便器らしきものが。
それはまるで――――
「なんていうか、牢屋みたいな部屋っすね……」
いきなり背後でガチャンと扉の閉まる音。次いで錠が掛けられる音がした。
「え、ちょっ」
扉の上部に位置する鉄板が横にスライドしてそこからリリアが顔をのぞかせる。
「ごめんなさい。会長からこの部屋に閉じ込めておくようにとのことです」
眉を八の字にして申し訳なさそうに言う。相変わらず目は閉じているのかわからないほど細いままだ。
「明日になれば、会長から指示がありますのでそれまで……」
「それまでここにいろと言うんですか!?」
「はい……申し訳ありません」
ぱたんと鉄板が閉まり、次にコツコツと足音が遠ざかる音。
「ちょっちょっとちょっと! まだ話は終わってないんすけど!」
だが、いくら叫んでもなしの礫だ。だんだんと苛立ってきた真壁は悪態をつきながら扉を蹴る。
「だあ〜っ! しょうがねぇ!」
ぼすんとベッドに大の字になった。途端、腹の虫がぐぅと鳴る。
「そういや、こっち来てからなにも食ってないんだった……」
辺りを見回すが、食料の類は見当たらない。またまた腹の鳴る音がした。
ふと思いついて手のひらを空にかざす。
「ステータス!」
だが、スキルやレベルが表示されたボードは出ない。虚空のままだ。
ただ「ステータス」と言ってみたかっただけの真壁はひとり頬を赤らめる。
「ま、明日になりゃどうにかなるだろ……」
空腹と疲労感からか、真壁はすぐに眠りにつく。
――翌朝。
真壁を眠りから現実世界に引き戻したのは激しく扉を叩く音だ。
「いつまで寝とるんじゃ! もう朝じゃぞ!」
ベッドから身を起こすと、扉の下部から開けられた穴から生徒会長のヴェルフェがじろりと睨む。
「はいはい、今起きますよ」
くあっと欠伸をひとつし、次いで伸びを。
窓を見ると、まだ暗い。いやそもそも魔界なのだから日の光など差さないのは当然なのかもしれない。
ぽりぽりと腹を掻きながらヴェルフェの下へと。彼女は真壁の腰ほどの背丈しかないため、屈んで話すことになる。
「それで、ご用件は?」
「お主には今日から授業に出てもらう。じゃが、その前にまずは朝食じゃ。腹が減っては戦はできぬと言うじゃろ?」
ヴェルフェが引っ込むのと入れ替わりに朝食が載せられたトレーが目の前に差し出される。
水の入ったコップ、パンに湯気のたったスープといったなんの変哲もない朝食だ。
「あざっす」
「さて、わしはこれから生徒会室に行ってくる。リリアは引き続き、教室までの案内を頼むぞ。それとあれを渡してやってくれ」
「はい」
受け渡し口から出てきたのは制服だ。ヴェルフェたちが着ている制服と同じように見える。
「この学園の制服です。真壁さんは男性なので改造してありますが……」
制服を受け取って広げると、確かにスカートの代わりにスラックスが付いてきた。
「目で寸法を測って作りました。合わなかったら、作り直しますので」
リリアの提案で試着してみる。黒を基調としたブレザーだ。襟や袖口が金で縁取りされている。
最後にネクタイを締めれば身支度は終わりだ。
支度を整えた真壁は試着が終わったことを知らせるべく、扉をノックする。
扉の上部の鉄板がスライドされ、そこからリリアが覗く。
「よかった。ピッタリみたいですね。きつくはないですか?」
「まるであつらえたようにピッタリっす」
錠が解錠される音がしたかと思うと、扉が開いた。
「では、教室へご案内しますわ」
リリアがどうぞと手招きをする。
部屋から出た真壁が教室へ向かおうとしたとき、リリアが「あ」と声を上げた。
「? どーしたんすか?」
「その……」
見ると、リリアが頬を赤らめながらこちらを見ているではないか。
「えっと……」
なかなか言葉が出ないのか、手を口に当ててしばし思いを巡らせたのちに意を決したかのように真壁のほうへ顔を近づける。
それこそ互いの息遣いが感じられるくらいに。
「今日、学校が終わったら、私の部屋へ来ていただけますか……?」
ぽそっと耳打ちされた真壁は思わずリリアの顔をまじまじと見る。
相変わらず閉じているのか開いているのかわからない細い目からは心情は読み取れない。
「それって俺が、今夜、あなたの部屋に……?」
サキュバスの少女がこくりと頷く。
「もしかして、いや、もしかしなくても、そのふたりきりだったりします……?」
ふたたびこくりと頷く。心なしかさっきより顔が赤くなっている。
「ふたりきりじゃないとダメなんです……だめ、でしょうか……?」
眉を逆さ八の字にして上目遣いでこちらを見つめてくる。
「ぜんっぜんダメじゃないです! 行きます!」