表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

間章 魔王閣下はかく語りき


「はあ……」


 学園の自室に戻った真壁はツナギのままベッドの上で大の字になる。

 ぼんやりと天井を見つめたのちに目を閉じた。

 そして学長から外出許可証を手に入れた後のことを思い出す。



「――外出許可証を手に入れたことじゃし、今日はみんな疲れてるじゃろうからこのまま解散といこう」


 この後のことは後日、生徒会室で話そうと会長が締めくくり、真壁含め一行はそれぞれ自室へと戻った。


「……ついに学園の外か」


 この先どんな冒険や危険が待ち受けているのだろうかと不安要素はあるが、今は疲れて眠りたい気分だ。

 ごろりと横になってそのまま眠りにつく。

 


 ――どのくらい眠っただろうか? 微かな音で目を覚ます。ノックの音だ。

 

「ふぁい。いま開けますよ」


 どうせ生徒会の誰かだろうと思い、ドアを開けた。だが、目の前にいた人物は予想だにしない人物であった。


「休んでいるところすまないね。時間はあるかな?」

 

 兜と甲冑に身を包んだ魔王がそう言う。


「えっと……あります」

「それは何よりだ。今から釣りに行かないか?」

「へ? つ、釣りっすか?」


 魔王がうむと頷く。見れば手には二本の釣り竿が。すでに用意されていては無下に断れない。いや、それ以前に魔王からの誘いを断るなど考えられない。


「わ、わかりました」


 

 学園の敷地内の森を真壁と魔王の二人は並んで歩く。木漏れ日の差すなか、小鳥のさえずりや小動物の鳴き声を聞きながら奥へと進む。

 のどかな景色はここが魔界だということを忘れてしまう。二人のあいだには会話らしい会話はせず、ただ歩くだけだ。

 もうかれこれ十五分以上は歩いたろうか、まだ目的地にはつかないようだ。たまらず真壁があとどのくらいなのか聞こうとした時だ。

 

「ここだ」


 魔王の前には小川が太陽の光を受けながらきらきらと流れている。

 手頃な場所に腰掛け、真壁にも座るよう促されたので慌てて座る。

 魔王から釣り竿を受け取るが、今まで釣りをしたことがないので勝手がわからない。

 

「釣りは初めてかね? まずは釣り針にエサを取り付けるんだ。こうやってね」


 手慣れた手つきで針にエサとなる芋虫をくくりつけ、次に自らの竿にも取り付けた。

 準備ができるとそのまま竿を振り、ぽちゃんと音を立てて入水を。

 その後は二人とも竿を構えたまま動かない。

 魔王はのんびりと構えているが、真壁のほうは気が気でない。

 なにしろ隣にいるのはRPGでラスボスでお馴染みの魔王なのだ。しばし沈黙が流れたのちに魔王のほうから声をかけてきた。


「真壁くん」

「ひゃいっ! な、なんでしょうか……?」


 心臓が口から飛び出るくらいの頓狂な声を上げる。


「もう少し竿を前に倒したほうがいいかもしれない。そう、そのまま動かさないように」

「は、はい……」


 ふたたび沈黙が流れた。依然として魚は釣れそうにない。

 真壁がぼんやりと水面を眺めていたときだ。ぽつりと零れた言葉を聞いたのは。

 

「ありがとう」


 そう聞こえたのだ。空耳かと思い、魔王を見るが、こくりと頷く。どうやら空耳ではなかったようだ。


「どうも兜を被ったままだとやりにくいようだ。外していいかな?」

「それは別に構いませんが……」


 魔王が失礼すると言って兜の留め具を外していく。真壁はその様子をごくりと唾を飲み込みながら見守る。

 魔王の素顔がついに明らかになるのだ。これまで遊んできたゲームの経験から言えば、たいてい醜悪な顔つきや強面(こわもて)だったり、はたまた美形だったりするものだ。

 はたしてそのどちらに当てはまるのかと考えていると、ついに留め具が外れ、両手で兜を外す。

 陽の光の下、露わになったその顔は――――


 頭部にはバーコードのようにまたがった薄毛、鼻の下にたくわえたちょびヒゲ。その様相はまさに―――


「昭和のサラリーマンじゃねェかァアアアア!」


 つい口に出してツッコむ。


「さらりーまん? それは何だね?」

「あ、い、いえっ! なんでもないっす!」

「ふむ、そうか」


 次いで魔王が眼鏡を取り出してかけ、ますますサラリーマンらしくなる。


「そういえば無事ルイーザの屋敷からネックレスを見つけてくれたそうだね」

「ええ……まあ、色々あって大変でしたけど……」


 屋敷で起きたことをかいつまんで話す。魔王がうんと頷き、最後に「そうか、それは大変だったね」とねぎらう。


「君たちがルイーザの屋敷へ行っている間、学園をひととおり見て回ったのだが、その場にいる皆が生徒会に感謝していると言っていたよ。特に君が生徒会に入ってから良くなってきたようだ」

「いっ、いえいえっ! 滅相もないっす!」

謙遜(けんそん)せずともよい。私も感謝しているのだ。娘の支えになってくれてありがたいと思っている」


 真壁のほうを向いてにこりと微笑む。その表情は父親のそれだ。少なくとも『世界の半分をやろう』とは言わないように見える。


「……あの娘は、幼い頃に母を亡くしていてね。だが、それでも気丈に振る舞おうとしている。本当は寂しがりな娘なんだ……」


 魔王が遠くを見るようにして言う。


「……俺、あなたのこと誤解してたみたいっす」

「ん? それは私がこうして君と平和的に一緒に釣りをしているということかな?」

「はい……その、俺のいた国では魔王はなんていうか、悪役的な存在なので……」


 真壁が自分のいた世界での魔王がどのような存在なのかをかいつまんで話す。

 話を聞き終えた魔王がうむと頷く。


「なるほど。確かにこの世界でも歴代の魔王は君の言うように人間を支配していたよ。だがね……」


 真壁から釣り竿のほうへ目を向ける。まだ当たりは来ていない。


「魔界はこれまで勇者と際限のない闘いを繰り広げてきた。そんな途方もない繰り返しに嫌気が差してしまってね……」


 そうぽつりと語る魔王の目はどこか遠くを見ている。


「そこで私は魔王に就任後、人間を支配するのをやめるよう呼びかけたのだ。もちろん、一部の配下からは反対されたよ」


 ぽりぽりと薄くなった頭を掻く。


「私はね、理想的な世界づくりとはむやみに支配するのでなく、互いを理解することから始めるのが大事だと思っているのだ」

「それはわかります。俺のいた世界でも争いはありますし……」

 

 魔王がうむーと頷く。


「いつの時代も争いというものはなくならないものだな……互いが正しいと主張していてはいつまでも平行線だからね……」

「ですね……」


 しばし、川のせせらぎを聞きながら水面を眺める。


「……どうやら今回は釣れなさそうだ。そろそろ」


 学園に戻ろうと言いかけたときだ。いきなり真壁の竿がぐいっと引っ張られたのは。

 慌てて竿をしっかりと掴む。


「ま、魔王様! 来ました! けっこう引っ張られます!」

「慌てるな! しっかりと掴むのだ。そう、ゆっくりと動かして……いいぞ!」


 魔王のアドバイスで竿を動かし、しばし格闘したのちにやっと釣り上げた。

 真壁にとっては初の釣果(ちょうか)だ。


「やった! やりましたよ! 魔王様!」

「うむ! でかしたぞ!」


 びちびちと跳ねる魚を釣り上げながら真壁がにかりと笑う。魔王がうんうんと頷く。


「さて、そろそろ学園に戻ろうか」


 釣り針から魚を解放してやり、川へと戻してやる。

 そして兜を被り直して釣り竿を手に帰り支度を。


「これでも昔はよく獲れたものだがなぁ」

「そうなんすか?」

 

 真壁の問いに魔王が頷く。


「さっきのより大きい魚なんて十匹以上は獲れたものさ」


 こんなにだぞと両手で大きさを表す。しばし歓談しながら歩くと、学園が見えてきた。


「着いたな。私は学長と話があるからここで」

「あの」

「ん?」

「ええと、その……」

 

 言いたいことがうまく口に出ないが、意を決して口に出す。


「今度、また釣りに行きましょう!」


 兜を被っているので表情は読めないが、おそらく、いやきっと微笑んでいるのだろう。

 うんとこくりと頷く。


「それは楽しみだ。次は君に負けないよう大物を釣り上げてみせるよ」



 翌朝、学園の正面口では二頭立ての馬車が停車しており、甲冑に身を包んだ風紀委員会が警護するように一列に並ぶ。


「皆、世話になったね。どうか健やかで」


 魔王が頭を下げる。


「いえいえ! 頭を上げてください!」


 リリアがわたわたと手を振り、隣でヴィクトリアが自慢げに腕を組む。


「当然のことをしたまでだよ! ボクたち!」

「こら、敬語で話さんとあかんやろ」


 生徒会の顧問であるシルヴィーが長煙管で叩く。


「あいたっ」

「今のはヴィクトリアが悪いヨ」

「よいよい。いつも通りで構わんよ。そのほうが気が楽だからね」


 そこへ会長であり、娘であるヴェルフェが魔王の前へ進み出る。


「父上、道中お気をつけて」

「うむ、心遣い痛み入る。しかし……」

「しかし?」


 ヴェルフェが首を傾げながら。


「いや、幼少の頃いつも『パパ(うえ)』と私の後をついていっていた娘がこんなに立派になったと思うと、くっ……」

 

 兜の顔に当たる部分を押さえる。表情は見えないが、目頭が熱くなったのだろう。


「ち、父上! 皆の前で子供のころのことを言わんでも!」


 ヴェルフェが顔を赤らめながら抗議を。生徒会一行だけでなく、風紀委員会も必死に笑いを堪えている。


「や、すまん。それと……真壁くん」

「は、はい」


 ぽんと肩に手が置かれた。


「これからもよろしく頼むよ」

「……はい!」


 うんと頷き、魔王は馬車へと乗り込む。御者が手綱を振ると、馬車はゆっくりと動き始めた。

 窓から魔王が顔を出し、手を振る。


「それではみなさらばだ。健やかであれ」


 馬車が見えなくなるまで見送り、会長がくるりと一行のほうへ振り向く。


「さて、次はいよいよ魔鉱石を探しに学園のはるか外へ飛び出すぞ!」


 ヴェルフェがばっと拳を上げ、一行も拳を上げて「おーっ!」と声を上げた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ