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14話 ルイーザ・マンション⑫

 

 一行がテンの書いた数式を見るが、まったく見当がつかない。テンが次に取り出したのは漆黒のケープだ。魔王からもらった太陽の下でも活動できる代物である。


「会長、リリアも念のために羽織るネ」

「わかりました!」

「う、うむ。何をするのかわからんが、頼んだぞ」


 ふたりもケープを取り出して羽織る。テンが頷くと、今度はヘルメットを脱ぎ、床に叩きつけた。

 砕けたヘッドライトから魔鉱石が転がり出る。

 

「なにしてんのさ!?」


 驚くヴィクトリアをよそに魔鉱石をつまむ。


「みんな、必ず戻ってくるから心配いらないヨ」


 そう言うとつまんだ魔鉱石を飲み込む。


「おい!? 何やってんだ!?」


 真壁の問いには答えずテンは自らの身体を掻き抱くようにする。やがてぶるぶると身を震わせはじめた。


「テン! 大丈夫か!?」

「……グ、ぐるルルぅウううッ……!」


 会長の呼びかけにテンはひたすらうめき声を出すだけだ。頭を激しく振ったので側頭部の団子の髪型が崩れ、はらりと垂れる。

 テンが顔を上げると、目は(あか)く爛々と輝き、牙を剥き出しにしてこちらを睨む。

 掻き抱いた手をほどくと、指からは爪がまるで剣先のように長く伸びていた。

 それはまさしく(けもの)そのものだ。


「な、なんだい……!?」


 異変に気づいたルイーザが驚きの声を。


「テン……?」

「まさか、以前のように暴走を……?」


 会長とリリアが図書室で起きた出来事を思い出す。あの時は貼られていた札が剥がれ、暴走したのだ。

 だが、札はまだ額に貼られたままのようだ。

 今回も同様に襲われるのかと思いきや、くるりとルイーザのほうへ向き直る。

 獣のような唸り声を上げると、恐るべき跳躍力でルイーザのほうへ跳んだ。


「ひぃいいいいっ!!」


 たまらず悲鳴を上げる。

 

「ほあちゃアアアアッッ!!」


 テンが脚を振り上げる。だが、ルイーザではなく天井に穴を開けただけだ。そしてそのまま上へと上っていく。


「……は?」


 そこにいた全員が呆然と見上げる。上からはまだ破壊音が続いていた。


「おーっほほほほ! どうやら錯乱したみたいだねぇ!」

「そんな……!」


 リリアが顔を両手で押さえながら見上げる。残り一行も絶望の眼差しで天井を見つめるだけだ。

 その間もルイーザがけたけたと嗤い、ふーっと息を整える。


「さて、お遊びはおしまいだよ。ディナーを楽しもうとするかね」


 紅の塗られた唇が三日月のように歪められたかと思うと、ばくりと口を開けた。

 開いた口から舌が蛇のようにうねり、長く伸びて一行を捕らえようとする――!


「っ! こ、このっ!」

 

 真壁がナタを振るう。だが、舌はそれをのらりくらりとかわす。

 

「こいつ……!」


 ふたたびナタを振るうが、握りが甘かったのか手からするりと抜け、ルイーザの頬を掠めた。

 傷口から血がたらりと垂れるのを目にしたルイーザはこめかみをぴくぴくと震わせる。


「わ、わたしのッ! わたしの美しい肌がぁあ――ッッ!!」


 傷口はたちまち魔力で癒えたが、怒りはまだ治まらないようだ。


「こ、このドブネズミがッ! この私の肌に傷を付けるなんてぇえええ!」


 怒気をあらわにしたルイーザの喉元から屋敷全体を震わせるような音量があたりに響く。


「うるさいってレベルじゃねーぞ! これ!」

「こ、鼓膜が破れそうだよっ!」

「もうやめてください! ルイーザ様っ!」


 ミア含め一行はたまらず手で耳を押さえるが、効果は薄い。

 

「ドブネズミのくせに! あんたみたいなドブネズミが私の肌に傷を付けていいと思っているのかい!?」


 口を目一杯開き、次に大きく息を吸い込む。ケタ外れの吸引力によって一行の身体が浮き上がった。


「やべぇ! このままじゃあのババアの口に吸い込まれるぞ!」

「くっ……! なんとかしないと!」

 

 リリアがムチを取り出し、ひゅんっと空を切る音を立てながら振るうとムチは柱に巻き付いた。


「会長! 私に捕まってください!」

「うむ!」

「イタル! ボクの手につかまって!」


 ヴィクトリアの差し出した手に捕まる。もう片方はリリアの手に捕まっていた。

 

「よいか! 手を離すでないぞ!」


 ヴェルフェがリリアに捕まりながら発する。


「うぅ……! 手がちぎれそうだよっ!」

「も、もう限界です……!」

 

 息を吸い込むのをやめないルイーザの前では無力だ。ミアがたまらず顔を手で覆う。幽霊である彼女には助けたくてもどうにもならない。


「誰か……助けてください! お願いします……!」


 ミアがぎゅっと目を閉じたときだ。天井に穴が開き、そこからなにかが転がり落ちたのは。


「今度はなんだい!?」


 ルイーザが驚きの声を上げたので、吸い込みが止まった。

 難を逃れた一行はすぐさま転がり落ちたものへと駆け寄る。言うまでもなくテンだ。

 力を使い果たしのか、(けもの)のような様相から元の状態に戻っている。


「テン! 大丈夫か!? しっかりするのじゃ!」


 会長はじめ一行が声をかけるが、当の本人は衰弱しきっていた。


「み、みんな……もう、大丈夫だヨ……」

「もうよい! じっとするのじゃ!」

 

 けたたましい嗤い声がしたので振り向くと、やはりルイーザが笑っていた。


「こりゃ愉快だねぇ! 錯乱した挙げ句に戻ってきたかと思えば瀕死の状態とは!」


 けたけたと嗤い声をあげ、次に一行をじろりと見下ろす。


「フルコースの順番なんざ、もうどうでもいい! ひとまとめにして喰らってやるよ!」


 その時だ。テンが最初に開けた穴から陽の光が差し、特大の鏡に反射してルイーザの顔に浴びせられたのは。


「――――ッゥウウッ! 熱ぅううい! な、なぜだい!? ここには太陽の光なぞ差さないのに!?」


 月に一度しか差さない陽の光は人間から魔族へと身を()とした館の(あるじ)の顔を容赦なく焼き、悲鳴を上げさせる。


「そっ、そうか! この数式は入射角と反射角を計算したものなんだよっ」


 ヴィクトリアが壁に書かれた数式を見ながら。


「ええと、どういうことなのでしょうか?」


 リリアが首を傾げる。


「つまりだね、屋敷に差し込んだ太陽の光が屋敷中の鏡に反射して、この大きな鏡に反射するように計算したってことさ!」

「なんと! あの短時間で計算したとは!」


 会長が驚きの声を上げるなか、ルイーザはといえば魔力による回復は追いつかず、皮膚はぶすぶすと音を立てて焼かれ、次第に萎んていく。


「わっ、わたしのっ! 美しいわたしの顔がぁアアアア――――ッッ!」


 ミアや生徒会一行の前でルイーザはだんだんと原型をとどめなくなりつつあった。


「自分の美貌を映す鏡が(あだ)になったってワケだな」


 真壁の前で肉塊はやがてぶすぶすと音を立て、最後には跡形もなくなった。


「こ、これで終わったのでしょうか……?」

「みたいだねっ。ボクらの勝利だよ!」

「そ、それよりテンは!? 大丈夫なのか!?」


 全員がテンのもとへと。会計係のキョンシーはまったく微動だにしない。


「テン! 大丈夫か!? しっかりするのじゃ!」 


 ヴィクトリアがテンの首元に触れる。次に耳を胸元に当てながら。


「脈がないよ! それに心音も聞こえない!」

「ああ! そんな……!」


 リリアが今にも泣きそうな表情を浮かべる。


「どけ! 心臓マッサージを試してみる!」 


 真壁が両の(てのひら)を胸に当て、リズミカルに上下に押す。保健の授業で習った記憶を頼りにして力強く、正確にマッサージする。


「戻ってこい! テン!」


 真壁が呼びかけたので全員もテンに声をかけていく。


「起きるんじゃ!」

「お願いっ! 戻ってきて!」

「どうか……どうか戻ってきてくださいっ!」


 何度心臓をマッサージしたのかわからないくらい蘇生を試みるが、いまだに息を吹き返す様子はない。

 その場にいる全員が絶望の表情を浮かべる。


「真壁……もうよい。もう、テンは……」

「まだだ! まだ人工呼吸がある!」


 胸から手を離してテンの鼻をつまんで顎をおさえ、人工呼吸による蘇生法を試みようと――――


「げえっ! ゲホッ! ごほっ!」


 それまで動かなかったテンが吐き出し、次にむせる。その時、飲み込んだ魔鉱石が転がり出た。


「……喉に石が詰まってただけネ。それにワタシ、キョンシーだヨ。だから呼吸もしないし、心音も聞こえないネ」


 あっけにとられる一行を前にしてあっけらかんと言う。ヴェルフェがすぐさまテンに駆け寄り、抱きしめる。


「この……馬鹿者! いくら魔力を増大させるために魔鉱石を飲み込むとは……! 心配しとったんじゃぞ!」

「そうですよ! もうこんな危ない真似はしないでください!」

「生きてて良かったよぉおおーっ」

「……ったく、ヒヤヒヤさせやがって……」


 生徒会一行がテンの生還を喜ぶなか、ミアが歩み寄る。手には宝石箱らしきものを手にしていた。


「皆さん、ありがとうございます……! ルイーザの呪縛から解放されたのでこれでようやくあの世に行けます……!」


 深々と頭を下げる。そして頭を上げると、宝石箱を差し出す。


「ルイーザに奪われたものですが、あなたたちに持っていてほしいんです」

「う、うむ」


 ヴェルフェが受け取る。蓋を開けるとそこには――


「お、おいっ! これって!」

「うむ! 間違いない! 学長のと同じものじゃ!」

 

 中身は確かにロケットの付いたネックレスだ。ヴェルフェがロケットを開ける。そこに入っていたのは淡く輝く石、魔鉱石だ。それとは別にロケットにはめ込まれたものを認めたのち、がばっと頭を上げる。


「やはり、お主は……」


 ミアは返答の代わりにこくりと頷く。そして陽の光が差すほうへと。


「みなさんありがとう……これでやっとあの()に渡せる……」


 光のなかへと入ると姿がだんだんと透けていき、やがて泡のように消えていった。最後に一言を残して。


 ――あの娘に、よろしくね……。


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