14話 ルイーザ・マンション⑩
テンはミアの後を追いながら慎重に歩く。実験室はさらに奥まで続いているようだ。
やがて壁が見えてきた。ヘッドライトで照らされたそれは正面に穴がぽっかりと開いている。
「これハ……?」
「こっちよ。ついてきて」
荒々しくこじ開けられた穴を通ると、舗装された床から地面へと足がつく。
見上げると土がむき出しとなった天井が目に入った。
それに構わずミアが歩き続けたので、テンも後に続く。
明かりはヘッドライトのみで、おまけに足場がでこぼこしているので慎重に歩かないといけない。
「ここは一体なんの場所ネ? それにミア、あなたハ……」
いきなりミアがぴたりと止まった。そしてくるりとテンの方を向く。
「ここから先は地獄よ。今ならまだ引き返せるわ」
ミアの背後には赤いビロードのカーテンが下がっていた。
「みんながまだいるのにワタシだけ逃げるわけにはいかないネ」
「そう言うと思ったわ」
カーテンの端に下がっている金糸の紐をミアが引くと、カーテンが左右に開かれる。
そこから先は白黒の市松模様のタイルが敷かれており、燭台の蝋燭の光がほのかに辺りを照らす。
その明かりに照らされながらタイルに横になっているのは――――
「会長!? みんなモ……!」
真壁含め生徒会一行が横たわっていた。テンがすぐさまヴェルフェのもとに駆け寄り、身体を揺すりながら呼びかけを。
「会長! しっかりするネ!」
声が届いたのか、ぴくりと目蓋が反応し、そっと目を開ける。
「テン……? ここは?」
「屋敷の地下だヨ。みんなもここにいるネ!」
「うっ……! ってぇ……」
真壁が落下の際にぶつけたのか、頭を押さえながらむくりと半身を起こす。
「真壁! 無事じゃったか!」
「ちょっと頭打ったみたいだが、大丈夫だ」
「みんなを起こさないト!」
ヴェルフェがリリアのほうへ、真壁がヴィクトリアのほうへ駆け寄る。
「大丈夫か! しっかりするのじゃ!」
「起きろ! ヴィック!」
同時にふたりが目を覚ます。だが、次の瞬間には離れるように後ずさりを。
「こ、来ないでください……!」
「ボクたちに触らないで!」
「ど、どうしたんじゃ?」
「頭でも打ったのか?」
警戒するヴィクトリアとリリアを前にして一行は呆然とするのみだ。
「どーせニセモノなんでしょ!? そんな手に騙されないよっボクたちは!」
ヴィクトリアがきっと睨む。今の二人には何を言ってもなしの礫だろう。
「二人とも、落ち着くネ」
テンがさらに警戒するふたりの前へと進む。
「この二人は正真正銘ホンモノだヨ。もしニセモノだったら今頃無事じゃすまないヨ」
「私も保証します。皆さんを騙して屋敷に閉じ込めたことについてはお詫びします」
ミアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「そ、そんなこと言われても……!」
ヴィクトリアの抗議を抑えるようにヴェルフェが声を発した。
「ミアよ。何か事情があるようじゃな。話してはくれんか?」
「は、はい……すべては私のいたずら心によるものです……」
すぅっと一呼吸置いてから先を続ける。
「幽霊になる前、私は友人と一緒にこの屋敷に探検に入ったのです。肝だめしのようなものですね。ところが……」
きゅっと唇を引き締める。
「ルイーザに見つかり、私は友人をかばって命を落としました。それ以来、幽霊として過ごしています……」
しんと一時の静寂。その中、ヴェルフェが口を開いた。
「じゃが、お主はなぜ未だにここにおるのじゃ? 幽霊になったらすぐにでも出られたのではないのか?」
「それは……」
ミアが続けようとしたところへ、耳障りな声が辺りに響いた。
「ミア! そこにいるのはミアなのかい!?」
声は奥の方からだ。びりびりと辺りを震わせるほどの声量だ。
「は、はい! 私です!」
「そこにいるのなら、さっさとこちらへ来ておくれ!」
「はいただいま!」
ミアが応えると、辺りはふたたびもとの静寂を取り戻した。
「ねぇ、もしかして今の声って……」
「ルイーザですよね?」
ヴィクトリアとリリアが互いに見合わせる。
「ええ……おっしゃる通り、ルイーザ様です」
「ちょっと待つネ。ルイーザは黒魔術で化け物になったのカ?」
テンの問いにミアがこくりと頷く。
「ええ……あの方は美貌を追い求めるあまりに自らを魔物へと姿を変えたのです……」
「やっぱり書斎で見つけたあのノートには黒魔術のことが書いてあったんだねっ」
「はい……虫のいい話なのは承知の上なのですが、あなた達にルイーザを退治してほしいのです」
どうかお願いしますと深々と頭を下げる。
「……あいわかった。生徒会長としても、魔王の娘としてもこの惨禍、見過ごすわけにはいかん」
「では……!」
顔を上げたミアの顔がぱあっと明るくなる。ヴェルフェがこくりと頷き、生徒会一行を見回す。
「よいか。みな」
会長の一声に全員が頷く。
「では行くぞ! パンデモニウム生徒会出動じゃ!」




