14話 ルイーザ・マンション⑨
真壁とヴェルフェが落とし穴に落とされた頃、ひとり残ったテンは廊下を歩く。
程なくして目の前に両開きの扉が見えてきた。把っ手に手をかけ、ゆっくりと開く。
豪奢なシャンデリアの明かりで照らされたそこは食堂であった。目の前に純白のクロスが掛けられた長テーブル、その上を蝋燭で照らされたさまざまな料理が盛り付けられた皿や銀の食器が彩る。
スープは出来立てなのか、湯気がのぼっていた。あたかも今から会食が始まるかのように――
「……夕食の予約はしてないヨ」
料理を横目に見ながら先を進む。長テーブルを挟んだ向こうの壁には長方形の大きな鏡が掛けられていた。
鏡にはテーブル上の料理が映っているが、それとは別にテンのほかに、数人の骸骨がナイフとフォークで料理を口に運びながら歓談を。
テンが辺りを見回すが、誰もいない。料理もそのままの状態だ。
ふたたび鏡に目を戻すと、骸骨たちが口にした料理やワインはそのまま肋骨の下を抜けて床の下へとぶちまけられる。
それでも彼らはお構いなしに次々と料理を口に運ぶ。その異様な光景にテンが引いていると、跳ねるような音色が聞こえてきた。ピアノの音だ。
音のするほうを見ると、奥の方にやはりグランドピアノが設置されていた。
近づいてみると、演奏者のいないピアノでは鍵盤が勝手にメロディーを奏でていく。
しばらくして曲が終わりに近づいたのか、鍵盤が左から順に流れるように淀みなく弾かれていく。
余韻を残して曲は止み、鍵盤が動き出すことはなかった。
ピアノの前でテンは首を傾げる。次に鍵盤の前まで移動を。
「……ここの鍵盤だけ使われてないネ」
さっきの演奏で出なかった音の鍵盤を押してみる。すると軽快な音はせず、代わりにガタンと音が。
振り向くと食器棚が横にスライドしていくところだ。完全に止まってから中を覗くと下へ続く階段が。
照明の光が届かないのか、先が見通せない。テンはヘッドライトの光を頼りにしてゆっくりと階段を降りていく。
コツコツと足音が響き、やがて平坦な床にたどり着く。壁に手を当てながら慎重に進む。
すると目の前に赤塗りの扉が現れた。把っ手に手をかけ、ゆっくり開く。
かび臭いにおいと同時に薬品のような臭いがつんと鼻を突いた。
「ッ! まるで実験室ネ……」
テンの言う通り、その部屋にある机の上には試験管や医療器具らしき道具が並び、反対側の棚に目を向けると動植物の標本が並んでいた。
机のほうへ近づく。机上には散らばった紙のほかに革張りの日記帳らしきものが。
日記帳を手に取ってページをめくる。
『また今日もだめだった。せっかく永遠の美貌を手に入れる方法をつかんだというのに……!』
どうやらルイーザの手による手記だ。ページを開くと実験は失敗続きだったらしい。
『やっとここまできた……! 魔術による薬品と素材の微妙な調合と試行錯誤を繰り返したおかげでついに求めていた薬ができたのだ』
ここからは絶えず自らの美貌と知識について書かれている。
だが、途中から異変が起きたのか、手記はだんだんと焦りの様相を呈してきた。
『まさか、薬だけでは美貌を保つことが出来ないとは……! もうこれ以上新たな薬を作る時間はない……いったいどうすればいいの!?』
次のページを開く。
『ふと思いついた。私の美貌を永遠に保つ別の方法を。尋常ならざる方法だが、もはや手段は選べない。もとより人間の寿命なぞ短命。それならば人智を超えた存在になればいいのだ。そのためには――』
手記はここで途切れていた。手記を元の場所に置き、研究室を探索する。
ネックレスもそうだが、脱出口も見つけなければならない。
実験器具や紙が散らばった床を慎重に歩く。すると、ヘッドライトの光があるものを照らした。
「これハ……魔法陣?」
テンの言う通り、経年劣化で線が途切れ途切れになってはいるが、円形の魔法陣が床に描かれていた。
テンは陣に描かれた魔法式を仔細に眺める。魔法陣には魔法式と呼ばれるさまざまな効果を発揮させる式を組み合わせることによって発動させるのだ。
「……! この魔法陣……!」
顔を上げると、いつの間にか少女が立っていた。
「……ここまでたどり着いたのはあなたが初めてよ」
白いワンピースに身を包み、同じく腰まで伸びた白髪をした少女――ミアが言う。
「ミア、ルイーザはまだ生きているのカ?」
「……察しがいいのね」
テンがさらに続ける。
「この魔法陣、人間を魔物に変える魔法陣ネ。たぶん、ルイーザは屋敷にきた人間を捕らえて養分にしたんだヨ」
「…………」
ふたり見つめあったまま、しばしの静寂。そしてその静寂を破ったのはミアのほうだ。
「……あなた達なら、できるかもしれない」
ついてきてと奥のほうへ進む。




