14話 ルイーザ・マンション⑧
ヴィクトリアとリリアが床の下に飲み込まれた頃、真壁とヴェルフェは一階の廊下を進んでいた。
「よいな? ゆっくりじゃぞ。ゆっくり進むんじゃ……」
「はいはい」
相変わらず手を離さないヴェルフェに真壁が生返事を。しばらくすると目の前に両開きの扉が見えてきた。
「開けるぞ?」
「う、うむ。用心してかかれよ」
両手で把っ手を引く。幸い鍵はかかっておらず、ぎぎぎと軋みを上げながら開く。
その部屋は四つの隅に燭台が煌々と蝋燭の火を灯し、陳列棚や剣を手にした甲冑、年代物の骨董品を淡く照らす。
「ここは……?」
「どうやら宝物庫のようじゃな……もしかするとネックレスがあるかもしれん」
手分けして探すことにしたふたりは陳列棚や骨董品を調べる。
「どうだ? 見つかったか?」
「だめじゃ。首飾りの類はあるんじゃが、学長のと同じものはないようじゃ」
学長から受け取ったネックレスを見比べながら探すが、見当たらない。学長のネックレスはロケットの付いたシンプルな作りだが、陳列棚にあるのはいずれも豪華で派手なものばかりだ。
「持ち主の悪趣味さがわかるな。こりゃ」
「うむ。まさしく……」
先を続けようとしたとき、陳列棚のガラスに剣を構えた甲冑が映った。振り向くと同時に横に避け、振り下ろされた剣は陳列棚を文字通り一刀両断した。
「大丈夫か!?」
「う、うむ!」
すぐに駆け寄ってヴェルフェを立たせてやる。
甲冑の騎士はぎぎぎと音を立てながら兜をふたりの方へ。剣を抜いてふたたび構えようとしたところへ真壁のナタが兜を叩き落とす。
兜はからからと音を立てて落ちた。
「やったか……!?」
「待て! 油断するな!」
兜を叩き落された騎士は頭部がないにも関わらず、剣を大上段に構える。
「こいつ、まだ動くのかよ!」
「そやつは首無し騎士じゃ! 鎧の中はがらんどうなんじゃ!」
「まじかよ」
ふたたび剣が振り下ろされ、ふたりが同時に避けると背後にあった年代物の壺が真っ二つに。
仕留め損ねたのちに首無し騎士はあたり構わず、剣を振り回す。その度に陳列棚や骨董品が傷ついていく。
「くそ! どうすりゃいい!?」
「ここは逃げるが勝ちじゃ! あの扉まで走るぞ!」
なおも剣を振り回す首無し騎士をあとにふたりは扉めがけて走る。ヴェルフェが途中で手頃な剣を拾い、真壁が扉を開けてふたりが同時に飛び込むようにして部屋を出た。
首無し騎士がさらに追いかける。
「真壁よ、これを使え!」
「わかった!」
ヴェルフェから剣を受け取り、把っ手に差し込んで閂代わりにすると扉が軋んだ。
首無し騎士が何度も扉を剣で破ろうとする音が辺りに響く。
「どうやら危機は脱したようじゃな……」
「みたいだな……と、また扉があるな」
確かに真壁のヘッドライトが照らす先にはこれまた両開きの扉だ。
身構えながら把っ手に手をかけ、ゆっくりと開く。
はたして目に飛び込んできたのは広々としたホールだった。
天井から下がった豪華なシャンデリアの光を受けながらチークの床が輝く。
「すげぇ……なんだここ」
「どうやら舞踏会室じゃな。父上の城にも同じような部屋がある」
ヴェルフェがあたりを警戒しながら歩く。ホールの先に一段高くなっている箇所がある。どうやら楽団の席らしい。
「どうやらここにはネックレスはなさそうじゃな」
「だな。別の部屋に」
真壁が扉へ向かおうとしたとき、ゆるやかな旋律が流れてきた。軽快で優雅なワルツだ。
ふたりが楽団席を見ると、いつの間にか楽団員がめいめいの楽器を演奏していた。
ただし幽霊の――
「ひっ!」
「うおっ!」
ヴェルフェが再三真壁の顔に張り付く。
なんとかヴェルフェを引き剥がしてホールの様子を見ようとすると、そこには豪華なドレスやタキシードに身を包んだ貴族と思しき面々が軽快な曲に乗ってワルツを踊っていた。
いずれも彼らは仮面を被っているが、当然彼らも幽霊だ。
いつの間にかふたりは踊り手たちに囲まれている。
「ここから逃げないとやべぇぞ!」
「う、うむ! あの扉まで逃げるぞ!」
ヴェルフェの指さす扉へ向かおうとするも、横から入ってきた踊り手に阻まれた。
「うおっ!」
「ぬうっ!」
なんとか前に進もうとするが、そのたびに踊り手によって塞がれてしまう。それどころか、だんだんと後退し、扉から遠ざかっていくばかりだ。
「ど、どうする!? 会長!」
「わ、わしにもわからん!」
ホールの中心まで後退させられたふたりはもはや退路は断たれてしまっており、立ち尽くすしかなかった。
その間も踊り手たちはじりじりと円を描くようにして狭めていく。
やがて手を伸ばせば触れられるほど近くまできた。
「っ! こ、この!」
真壁がナタを振るうが、幽霊である彼らには効果はなかった。
「お、お願いだから……こっちにこないで……!」
小動物のように震えるヴェルフェが真壁の足にしがみつきながら。
その時だ。踊り手たちの動きがぴたりと止まったのは。音楽も同時に止まっている。
「ど、どうしたんだ……?」
「な、何が起きるんじゃ?」
突然、ふたりの足元の床がガタンと音を立てて開く。
「あああああああ!!」
足元に開いた穴にふたりはそのまま闇の中へと落下していった。
程なくして床が閉まったとき、ダンスホールにはもはや誰の姿もなく、幽霊による仮面舞踏会はお開きとなった。




