14話 ルイーザ・マンション⑦
ヴェルフェがネズミに驚いた頃、テンはひとり廊下を進んでいた。
「……鏡が異様に多いネ」
彼女の言う通り、廊下の左右の壁には大小さまざまな鏡が並んでいる。
それぞれ形状の異なる鏡は歩くテンの姿を映し出していく。
少し歩いてからぴたりと歩を止める。そして一枚の鏡のほうを見やる。そこにはヘッドライトで照らされた彼女の顔が浮かび上がるが、特にこれといった変化はない。
「…………? 気のせいカ?」
首を傾げながら呟くが、すぐにふたたび歩き出した。しばらくして彼女が見つめていた鏡の鏡面に黒い靄のようなものがかかったかと思うと、紅い目と三日月を思わせる口がにたりと笑みを浮かべる。
――その頃、ヴィクトリアとリリアのふたりは二階の扉のひとつを開けて入るところであった。
やはりそこも鏡が等間隔で並んでいる。
「なんか、鏡多くない?」
「ルイーザさんはおしゃれ好きだったんでしょうか?」
リリアがのほほんと言いながら先を進む。すると途中から鏡でなく絵画が並ぶようになった。
絵画は人物像がほとんどだが、猫や猛禽類など動物の絵も混じっている。
「ルイーザってひとはお金持ちなんだねっ」
「でもなんだか不気味なものを感じます……」
奥へ進むたびに、絵画に描かれた人物や動物の目がふたりを追う。
「ん?」
ヴィクトリアが振り返ったときには視線は元の状態に戻っていた。
「どうしましたか?」
「んー……なんか視線を感じたけど、気のせいだったみたい」
前を向いて先に進む。すると扉が見えてきた。重厚そうな扉だ。
把っ手をつかんで前後に動かすが、びくともしない。
「カギがかかっているみたいですね」
「まって。錠がかかってる」
見ると、扉と壁の間に南京錠に似た錠が塞いでいた。長年放置されていたためか、錆びてしまっている。
「これじゃ中も錆びてるからピッキングはムリそうだね」
「それでは中には入れないのですね」
「と、思うでしょ?」
じゃじゃーんとヴィクトリアが取り出したのはバーナーだ。彼女曰く、科学者の必須アイテムのひとつである。
「ちょっと目を閉じててねっ」
リリアが手で目を覆ったのを確認したのちにゴーグルを下ろしてレンズを回して遮光モードに。そしてノズルの先端を回して細く伸びる炎を出すと、それを錠の金具部分に当てる。
火花を散らせながらゆっくりと溶断していき、やがてごとりと音を立てて錠が外れた。
「いっちょあがり☆ これで中に入れるよっ」
把っ手をつかんで引くと、ぎぎぎと軋みを立てながら開いた。
そこは書斎らしく、本棚や年代物の机が設置されている。
「ネックレスはここにあるのかな?」
ヴィクトリアが机のほうへ、リリアは本棚のほうに向かう。
「背表紙がかすれて読めませんけど、ここにあるのはほとんど魔術書みたいですね……」
「ルイーザは魔術マニアだったのかもね。机にはないみたいだよ」
引き出しをすべて開けるが、目当ての物は見つからなかった。一番下の引き出しを開けるが、やはりそこにもない。
「あれ? これって……」
そう言いながら取り出したのは黒革の手帳だ。開いてみるとどうやら日記のようだ。
「もしかしたらネックレスの手がかりがあるのかも!」
ぱらぱらとページをめくり、気になる箇所のところで止まった。
『今日も私の美貌は衰えることを知らない。屋敷中に取り付けた鏡はいつだって私の美しさを伝えてくれる。そう、例えるなら雑草の中で一際輝く大輪の薔薇のように……』
「うぇー……典型的なナルシストだね……」
「だから鏡があんなにあったのですね」
その後も自らの美貌について書かれているので先を進む。
『だんだんと私の玉のような肌にシミやシワが目立つようになってきた。いったいどうすればいいの!? 金ならいくらでもあるのに!』
ぺらっと次のページへ。
『高価な化粧品や薬を用いても私の美貌はだんだんと衰えていく……ここは噂に聞く魔術、それも闇の魔術に頼るしか方法はない。まずはそれに関する魔術書を集めよう』
「あの本棚にあるのがそれみたいですね」
『ついに……ついに見つけた! 私の美貌を永遠に保つ方法が! その方法は――』
肝心の箇所は破れてしまっており、そこまで途切れていた。
「この日記から察するに、ルイーザは魔術で美貌を長持ちさせようとしたみたいだねっ」
「ですね……でも、ネックレスの手がかりはありませんでした……」
リリアがしゅんとなるところへ、突然廊下のほうから音がした。
「なっなに!?」
「誰かがこちらへ近づいているみたいです!」
耳をすますと確かに足音が聞こえてきた。それも二人分の。
リリアとヴィクトリアは思わず身構える。足音はやがて扉の前まできた。
ヴィクトリアがごくりと唾を飲んだのと同時に扉が勢いよく開かれた。
「リ、リリア……それにヴィクトリアも」
「すまぬ……化け物に不意打ちを喰らってのぅ……」
満身創痍の真壁とヴェルフェがよろよろと部屋の中へと。
「だ、大丈夫……!?」
ヴィクトリアが駆けつけようとすると、いきなりリリアに腕をつかまれた。
「リリア? 何してんのさ!? 早く手当てしないと……!」
「あのふたり、真壁さんと会長じゃありません」
「え!?」
あらためてふたりの方を見るが、どう見ても本人にしか見えない。
「お、おいおい! 俺たちは本物だぞ!」
「そうじゃぞ! 会長であるわしの顔を忘れたのか!?」
だが、リリアはじっとふたりを見据える。
「では、お聞きします。なぜお二人のツナギのワッペンが逆になっているのでしょうか? 私は左側につけたのに……」
リリアの言葉でヴィクトリアが自らのワッペンを見る。確かに左胸に付けられているが、目の前のふたりは右胸にあった。
「そ、そういえばさっき、ボクのことを『ヴィクトリア』って呼んだよ! いつも『ヴィック』って呼んでるのに!」
すると目の前のふたりの顔が醜く歪む。そして舌打ちをひとつ。
「サキュバスにしてはアタマが回るな」
「お前のせいだ。左右反転になるのを忘れやがって」
低くくぐもった声でじりじりと近づく。手を伸ばせばすぐに届くところまで来たとき――――
ひゅんっと空を切る音が。
「くっ……!」
リリアの放った鞭によって、偽物のふたりがよろめいた。
「今です! ここから逃げましょう!」
「わかった!」
リリアとヴィクトリアが扉から抜け出し、出口目指して廊下を走る。
その時だ。いきなり床がたわんだのは。
「なにこれ!?」
「底なし沼みたいで出られません!」
ふたりがもがこうとすればするほど、どんどんと身体が飲み込まれていく。
その様子を壁に掛けられた絵画の眼という眼が見おろす。
「――! ……!」
やがて顔が埋まり、次第にずぶずぶとふたりは飲み込まれていき、偽物のふたりが近づいたときには床は元の状態に戻っていた。




