14話 ルイーザ・マンション⑥
「ど、どういうことじゃ?」
ヴェルフェが真壁の脚にしがみつきながら。
「ホントだ! 確かにあの子の足跡がないよっ」
ヴィクトリアの言うとおり、長らく埃を被った絨毯の上には生徒会一行の足跡しかないことを物語っている。
五つのヘッドライトが目まぐるしく見回すが、やはり足跡は見当たらなかった。
「ということは……あの子は幽霊だったということでしょうか……?」
リリアが不安そうに辺りを見回す。その時だ。大広間の左右に位置する扉がひとりで開いたのは。
突然のことに全員が緊張する。
「ど、どうすればいいのさ!? ボク、幽霊に対する武器持ってないよ!」
「だ、誰か塩持ってないか!? 俺の国じゃ塩まいて追い払うんだ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ生徒会一行をヴェルフェが「落ち着け!」となだめる。
「ここで騒いでも仕方あるまい。わしらの目的はあくまで学長のと同じネックレスを探すことじゃ」
次に階段のほうを見上げる。
「この階段は二階に続いているようじゃな……ここは手分けして探すのがいいかもしれん。そこでじゃ」
最後に全員を見回す。
「わしと真壁は1階の左側、リリアとヴィクトリアはふたり一組で二階を、すまんが、テンはひとりで1階の右側を調べてくれんか?」
「わ、わかりました!」
「リリアと一緒なら心強いよっ」
「了解したヨ。ついでに脱出口も探すネ」
ヴェルフェがこくりと頷き、真壁を見上げる。
「よろしく頼むぞ。真壁」
「小便チビるなよ?」
「だ、誰がチビるか!」
そう言いながらもぎゅっと真壁の手を強く握る。
「では探索開始じゃ!」
一行はそれぞれ受け持ちの探索場所へと進んだ。
テンはひとり右側へ、手を繋ぎながら左側の扉に入る真壁たちをヴィクトリアが目で追う。
「…………」
「どうしました? 私たちも二階に行きましょう」
「あ、うん……」
階段をのぼり、踊り場に着くと大きな肖像画が目に飛び込んできた。
五十か六十は過ぎているであろう痩せ気味の貴婦人が椅子に腰掛けた絵だ。細く切れ長の目は見下すような印象を受け、紅が塗られた口元は傲慢な笑みを浮かべている。
「この館の主人でしょうか……?」
「もしかしたらこの人がルイーザなのかも!」
リリアが左右を見回すと、踊り場からさらに階段が左右に別れていた。
「どっちから行きましょうか?」
「時計回りに行ったほうが効率が良いって何かの本で読んだよっ」
「では右の階段を行きますか」
その頃、真壁とヴェルフェは相変わらず手を繋ぎながら廊下を歩いているところだ。
右手でヴェルフェの手を握り、もう片手には念のためナタを構えている。
廊下には老朽化のためか、そこかしこに穴が開いており、ふたりが歩くたびにみしりと軋む。
「ゆっくりな。ゆっくり歩くんじゃぞ」
「わかってるって」
ヘッドライトの光を頼りに慎重に歩く。
その時だ。ヴェルフェの足元を何かが通り過ぎだのは。
「ひっ!」
悲鳴とともに真壁の顔に飛びつく。
「んぶっ! 前がッ、前が見えねぇって!」
「イヤじゃ! いま何かが通り過ぎたんじゃ!」
ぶるぶると小動物のように震えながらもしっかりと離さない。
「空気の入るスキマがないから苦しいんだよ! こっちは!」
「ちょっと待て! それはわしの胸が薄いということか!?」
「いいから離れろっつーの!」
なんとか引き剥がして、廊下を見る。すると正体はすぐにわかった。
ちゅうっと鳴きながらふたりのやり取りを見るネズミが一匹。
「なんじゃネズミか……」
「もういいだろ? さっさと……」
「ひっ!?」
ふたたび顔に貼り付く。
「うおっ! どうした!?」
「か、壁になにかが……」
ヴェルフェがぷるぷると震えながら指さす。真壁がおそるおそるそのほうを見る。
「なんだ、たいしたことじゃねーよ」
「へ?」
「よく見てみろよ」
真壁から身を離しておそるおそる見ると、そこにあったのは何の変哲もない鏡だった。
「な、なんじゃ……ただの鏡か」
「いいかげん降りてくれませんかね? 会長」
「う、うむ。それもそうじゃな……」
ヴェルフェを床に降ろす。
「さ、行くぞ」
ほらと手を差し出す。
「すまん」
手を握り、ふたたび歩く。だが、ヴェルフェはどこか落ち着かなげだ。
「の、のぅ。真壁。実はさっきのことで思わず驚いたもんじゃから、その……少しちびったかもしれん」
「まじかよ……わかったよ。みんなには内緒にしといてやるから」
「す、すまん」
「ほら、涙ふけって」
「うん……」
ごしごしと袖で涙を拭う。
「よし。では行くぞ」
二人が奥へ進むなか、鏡には真壁とヴェルフェの姿がそのまま残り、ふたりが去ったほうへ首を動かす。




