14話 ルイーザ・マンション⑤
「みなさん、こっちです!」
ミアの後を追って出てきたところは開けた場所だ。彼女が指さす先にはレンガ造りの館があった。
だが、あちこち崩れており、壁のいたるところには蔦がびっしりと覆われている。
その様相はまさに幽霊屋敷という名にふさわしい。
「ここがルイーザの館か……」
廃屋を前にして真壁は思わずごくりと唾を飲む。
「ミアさんはこちらにお住まいなのですか?」
リリアが細い指を顎にあてがいながら。
「はいっ。ここには最近越してきたばかりなんです。これから補修工事するところなのですが……」
そう言ってミアは一行についてきてくださいと促す。
「のぅ、どう思う?」
「やっぱり変だヨ。ここに来る途中まで草や茎が伸び放題だったヨ」
「ということは、長年誰も通ってないということですよね……?」
「しかも最近越してきたって言ってたよっ。それなら道が中途半端になってるのはどう考えてもおかしいよ」
「うむ……」と会長が指を顎に当てながら。
「どうしました? みなさん?」
ミアが首を傾げながらこちらを見る。
「ここでうだうだ考えてもしょーがないだろ? とっとと行こうぜ」
真壁が急かす。だが、ヴェルフェは未だに決めかねているようだ。
「学長の願いを叶えられなければ外の世界に出ることが出来んし……それに明日は月に一度、太陽の光が射す日。ここでまごまごしてる場合ではないな……」
ぶつぶつと呟き、やがて意を決したようによしと頷く。
「ここで考えてもらちは明かん。みな行くぞ。と、その前に言いたいことがあるんじゃ」
「言いたいことってなに?」
ヴィクトリアがのぞきこむように。
「う、うむ……」
だが、言おうかどうか決めかねているようだ。
「なんだよ? もったいぶらずに言えって」
ヴェルフェが俯いていた顔を上げる。
「の、のぅ、みんな……笑わないか?」
会長の思いがけない発言に全員がキョトンと。
「笑うかどうかは言ってみないとわからないだろ? まずは言ってみろって」
「そうですよ! 私たちはいつでも会長の味方です!」
「うん! ボクも手伝えることがあれば手伝うよっ」
「ワタシも応援するネ!」
「み、みんな……」
ヴェルフェが滲んだ涙を拭う。そして正面を向く。
「心配かけてすまん。実は……」
次に発せられる言葉を一同がごくりと固唾を飲む。
「実はわし、ニガテなんじゃ……その、お化けが」
途端、誰かがプッと吹き出す。見ると、真壁が笑いを堪えているところだ。
いや、真壁だけではない。その他も必死に笑いを堪らえようとしていた。
「オッオイッ! 今しがた笑わないと言うたではないか!」
「聞きました? ヴィックさん。魔王の娘が、プックク……! お化け怖いって……! プススッ」
「そうみたいだねっイタルさん……ぷくくっ」
「なんなんじゃ!? その夫婦漫才みたいなのは! 打ち合わせでもしたのか!? お主ら!」
ヴェルフェが次第に涙目になってきた。
「だってしょうがないじゃん! わしにだってニガテなものはあるんだもん!」
「ま、まぁまぁ会長。とにかくこのハンカチで涙を」
「う、うむ」
リリアからハンカチを受け取り、涙を拭ったあとブビーッと盛大に鼻をかむ。
リリアにハンカチを返し、居住まいを正す。
「とっ、とにかくじゃ! 先に進むぞ! 『魔は急げ』と言うからのぅ!」
ずんずんと館の方へ行こうとするヴェルフェを真壁が「待て」と呼び止める。
「なんじゃ?」
「さっきは笑って悪かったよ。だから、ほら」
すっと手を差し出す。
「手ぐらい握ってやるよ」
「ま、真壁……」
袖でごしごしと涙を拭ったあと、真壁の手を握る。
「ありがたく握らせてもらうぞ」
「おう」
ふたり手を繋ぎながら歩く様はまるで兄妹のようだ。そんなふたりをリリアが微笑む。
「ふふふ、良いですね。こういうの」
「…………むー……」
ヴィクトリアが納得いかないとでも言うように口をへの字にする。
……あれ? なんでボクこんなにイラだってんだろ?
「何をしておる? 行くぞ」
「え? あ、うん。今いくね!」
ヴェルフェが急かしたので先を急ぐことにした。心の中にもやもやを残したまま。
「さぁ皆さま。こちらへどうぞ」
ミアが正面の両開きの扉を開ける。ぎぎぎと軋みを立てながら重厚な扉が開く。
中は明かりといえば、屋根にぽっかりと開いた穴から射す月の光と燭台の蝋燭のみで、薄暗いが正面に大階段が。さらに踊り場の正面に肖像画が飾られているのが見えた。
「なんつーか、ホラーゲームに出てくる洋館みたいだな……」
真壁が某有名ゲームの名前を口にする。
その時だ。扉がいきなりばたりと閉じられたのは。
「え?」
全員が扉を見る。ミアが扉を閉めたのかと思ったが、彼女の姿はなかった。
「お、おい……まじかよ……」
真壁が扉の把っ手に手をかけて力任せにこじ開けようとするが、びくともしない。
「わ、私たち閉じ込められたのでしょうか……?」
「この扉、かなり分厚いからボクのバーナーじゃムリそうだよっ」
「みな騒ぐな! 落ち着くのじゃ!」
そう言うヴェルフェは真壁の脚にしがみついていた。
「みんな動かないデ!」
テンの声で騒ぎがぴたりと治まった。
「どうしたのじゃ? テン」
「足元見るとわかるヨ」
全員が足元を見下ろす。紅い絨毯が目についた。
「なにもありませんが?」
リリアが首を傾げながら。
「足跡をよく見テ」
見れば絨毯には生徒会一行の足跡がくっきりと残っていた。テンが絨毯に触れる。
「彼女言ってたネ。つい最近引っ越したっテ。なのにホコリが溜まってるのはおかしいヨ」
そう言って指先についた埃をふっと息で落とす。
「い、言われてみれば確かに……!」
「それともうひとつあるヨ」
テンが人差し指をピンと立てる。
「彼女、ミアの足跡がどこにもないヨ」




