14話 ルイーザ・マンション③
突然現れたヴェルフェの父――魔王の登場に一同は驚きを隠せなかった。学長も同様だ。
だが、学長はすぐに居住まいを正してからこほんと咳をひとつ。
「なんの便りもなく突然訪問するなんて、相変わらずですね。魔王閣下」
「その堅苦しい呼び名は結構。以前のように『バラン』でよい」
ふふっとエウリア学長が微笑む。まるで懐かしい記憶を思い出したかのように。
「それではバラン。本日はどのようなご用件で参ったのでしょうか?」
「うむ。久しぶりに愛娘の姿を見たくなったのと、学園の様子が知りたくてな……それと」
ちらりと生徒会一行を見やる。その視線はただ一人に注がれているように見えた。
「君が異世界からやってきたという少年だね?」
「え? はっはいっ! 真壁至と言います!」
思わずうわずった声で挨拶を。
無理もない。目の前にいるのはRPGなどでお馴染みのラスボス的存在を誇る魔王なのだから。
「君のことは娘からの手紙で知ってるよ。なんでも生徒会の雑務役でありながら活躍しているとか」
「めめめ、滅相もございませんっ! 当然のことをしたまでで!」
「はっはっは。そう固くならんでもよい。期待しているぞ」
ぽんっと肩に手が置かれる。
「これからも生徒会や学園をよろしく頼むよ」
「はいっ!」
うんと魔王がこくりと頷く。顔まで覆う兜を被っているので表情は読めないが、おそらく微笑んでいるのだろう。
そして顔を上げ、生徒会一行を見渡す。
「君たちも生徒会の役目ご苦労。これからも娘を支えてくれまいか?」
ぺこりと頭を下げる。その振る舞いは魔王というよりはひとりの父親としてのそれだ。
「はっはい! 微力ながらも支えさせていただきます!」
「ワタシも会計面で支えるヨ!」
「ボクらにお任せあれ!」
最後にヴィクトリアがどんと胸を叩く。
ふたたび魔王がうんと頷く。そしてくるりと学長のほうを向く。
「生徒会一行がここに来るとは何か重大事でもあったのかな?」
「それは――」
これまでの経緯をかいつまんで説明する。
「――ということで、私の判断で外出許可は出せないという決断を下しました」
「うむ……」
魔王が顎にあたる部分を押さえる。そこへ真壁が遠慮がちに声をかけた。
「あ、あのー……魔王様なら、俺を元の世界に戻せるのでは?」
「それは無理じゃ」
魔王の代わりに会長が答える。
「え? で、でも」
「ヴェルフェの言うとおりだよっ。イタルを元の世界に戻すには途方もない魔力が必要なんだ。ボクのひいひいじーちゃんたちが長い時間をかけて集めた魔鉱石を使ったくらいだからね」
魔王ならもしやと思ったが、現実はそう甘くなかったようだ。
「そっか……やっぱり地道に魔鉱石を集めるしかないのか……」
「でも、そもそも外に出ないと集まらないネ」
テンが至極真っ当なことを言ったので真壁がさらにうなだれる。
学長室でしばし沈黙が流れたが、それを破ったのは魔王だった。
「どうだろうかエウリア。この子らに外に出る資格があるかどうかを試しては?」
「と、言いますと?」
「覚えているだろうか。ルイーザの館を?」
その名を聞いた途端、学長がはっとする。
「まさか、この子たちをあの館に……?」
学長の問いに魔王が頷く。
「貴方もご承知でしょう? 今やあの館は廃屋になっていて、それこそ誰も近寄りたがらない幽霊屋敷と化しているのですよ?」
「だからこそだ。生半可な気持ちでは外の世界には行けん」
「それはそうですが……」
学長が細い指を顎にあてがって考える。彼女の髪にあたる蛇も不安そうに魔王を見つめていた。
「エウリア」
名前を呼ばれ、学長が顔を上げる。
「お主の心残りを彼女たちに解決させてはどうかな?」
「……ッ!」
学長が胸に手を当てる。そこにはネックレスが下がっていた。
そしてしばし考えたのちに口を開く。
「わかりました……」
意を決したように生徒会一行を見つめる。
「外出許可を与える条件として、あなた達にお願いしたいことがあります」




