12話 仄暗いプールの底から⑤
「いやあ助かるよ! こんな助っ人がいたら仕事もはかどるってもんさね!」
学園の外――植物園にて、調理士であるゴブリンのおばさんが腕を組みながらうんうんと頷く。
生徒会役員一同の目の前ではスライムが食堂から出された残り物や骨を消化していく。
「すごい! あんなにあった残り物があっという間になくなったよっ!」
残り物を運ぶ台車が空になったのを見てヴィクトリアが感嘆の声を。
「俺のいた国じゃこういう残り物を分解して肥料にする技術があるんだ。おっさんの老廃物がたまったら、あとは肥料として排出すればいいってわけだ」
「私からもありがとうございます! 真壁さん」
植物のモンスター、アルラウネであるネルがぺこりと頭を下げる。
「私の光合成で得られる栄養だけではとてもまかなえませんので助かります!」
「人間のくせにやるじゃないか! あんた!」
おばさんがバシッと真壁の背を叩く。
「いてっ!」
「皆さんありがとうございます! こんなわしでも技能を活かせる場所があるなんて……!」
ちょうど仕事を終えたスライムがぷるんっと揺れた。お辞儀でもしてるのだろう。
「スライムの働き口もみつかったことやし、これで一件落着やな。もしまた学園で騒ぎを起こしたら……」
シルヴィーが長煙管をぴっとスライムを指さす。
「それなりの処置をくだすさかい、そのことを肝に銘じて働くんやで?」
「はっはいっ! それはもう粉骨砕身のごとく……! あ、よく考えたらわし骨なかったですわ」
どっと辺りが笑いに包まれた。
「それじゃおっさんの働き口も解決したことだし、あとは……」
真壁がちらりと顧問のシルヴィーを見やる。
「……はいはいわかったわ! 修理が完了次第、プールを開放するわ!」
「やった!」
真壁だけでなく生徒会役員一同も喝采の声をあげる。
二時間後、ヴィクトリアの修理と掃除が完了したプールは元通りの透き通った水で一杯になった。
「よっしゃー! プールだー!」
水着に着替えた真壁が開口一番に叫ぶ。
そしてプールめがけてダッシュしようとしたとき、シルヴィーが呼び止める。
「待て。プールに入る前にまずは準備運動や」
魔女の装束から水着へと装いを変えた顧問の先生が腕を組みながら言う。相変わらず豊満な胸が水着からこぼれそうだ。
その背後には学園指定の水着に着替えたリリアとテンが控えていた。
ただひとりヴェルフェだけはオーダーメイドの水着を着ている。
「うむ。何かあってからでは遅いしのぅ」
「先生の言うとおりですよ! まずはストレッチしましょう」
「プールで足がつって溺死しても文句は言えないネ」
「まぁそれもそうだな……」
腕の屈伸運動をしたあと、次は脚を伸ばそうとしたとき、リリアの整った肢体が目に入った。
同じく脚の屈伸運動をしてるので、胸の谷間に目が行く。
「お、おお……」
思わずごくりと唾を飲む音。
「なにを見とるのじゃ」
真壁の目前にヴェルフェがずずいっと。
「は!? べつになにも見てませんが!?」
慌てて視線をそらすが、もう後の祭りだ。
「まったく……お主は相変わらず下心ありまくりじゃのう……しかたない。ここはわしがひと肌脱いでやるわ」
さらにずずいっと前へ。
「それ、特別に仕立てた水着じゃ。一介の人間にはお目にはかかれない代物じゃぞ」
薄い胸の前で両手を組みながらふんすっと誇らしげに。
「うーし、準備体操おわりー!」
「おっ、おいっ! このわしの美貌あふれるプロポーションを無視するというのか!? 待っておれ! 胸なんぞ谷間を作ってやるわ!」
涙目になりながらなんとか胸を寄せて上げようとする会長をリリアとテンがなだめる。
無理もない。ヴェルフェを除いた全員は膨らみがあるのだからして。
「みんなお待たせー☆」
たたたっとプールサイドを走るのは中くらいの膨らみをしたヴィクトリアだ。三つ編みの赤毛は後ろにひとつにして束ねられている。
「修理が終わってから、着替えに手間取っちゃってさー」
はぁはぁと肩で息をしていると、真壁が見つめていることに気づいた。
「なに? どーしたの?」
「いや、いつもの白衣は着ないんだなーって」
「ま、まぁ……さすがにこういうときは、ね?」
ぽりぽりと頬を掻く。心なしかほんのりと紅くなっている。
「あんまり見られると恥ずかしいな……」
ぼそっとつぶやく。
「ん? なにか言ったか?」
「へ? いやっ! なんでもないよっ!」
「ほれ、あんたも準備体操しーや」
シルヴィーが長煙管でぴっと指さす。
「はーい……って、先生も泳ぐの?」
「監視も兼ねてや。それともプールに来たら水着に着替えたらアカンってルールでもあるんか?」
「それはさすがに暴論では……」
「う、うむ。さすがにそれは極端だと思うがのぅ」
リリアと会長が困惑気味に言う。
「なぁ、真壁。あんたはどう思うん?」
ずずいっと真壁に迫る。
「こーんなキレイなお姉さんがプールに入っちゃアカンって言いよる人がおるんよ? どう思う? ぼくぅ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら人差し指を唇にあてがうその様は官能的で魅惑的だ。
「ぜんぜん構わんですたい!」
びしっと敬礼しながら鼻息荒く答える。目の前でシルヴィーがうんうんと頷く。
「言質もとれたさかい、みんな入るでー!」
真壁をのぞいた全員が納得いかないながらもプールへ飛び込む。ヴェルフェだけが泳げないので浮き輪に乗る。
「んじゃ、俺も……」
プールに飛び込もうとした真壁の肩をシルヴィーががしりとつかむ。
「あんたはダメや。女子と一緒に入るのは教師としても許可できんわ」
「へ? なんでだよ!? 俺だって活躍したんだぞ!」
生徒会役員一同がすぐさま抗議を。
「それは横暴ではないかのぅ! 先生!」
「そうですよ! 真壁さんがかわいそうです!」
「イタルとは一緒にお風呂に入った仲だからヘーキだよっ」
「ワタシはどちらでも構わないネ!」
シルヴィーがはぁーっと長いため息をつく。
「ええか、あんたらはまだ男のことをわかっとらんからそんなことが言えるんよ」
ぱくりと長煙管を咥える。
「それはどういう意味なんじゃ?」
会長の問いにシルヴィーが紫煙を吐く。
「男はな、スライムと同じように粘液を出すことがあるんやで」
シルヴィーの答えに全員が真壁のほうを向く。
「ちょ、ちょっと待てって! 俺は粘液なんか出さないぞ!」
「ほーぅ、絶対にないと言い切れるんか?」
「い、いやそれは……」
ちらりと生徒会一同を見る。全員が疑心暗鬼の目で見つめていた。
「な、なんだよ……その目は。俺ら仲間だろ!?」
今度は全員がそっぽを向いた。
「んだよ! こうなったら実力行使で飛び込んでやる!」
真壁が飛び込む体勢を見せたのでプールから悲鳴が上がる。
だが、飛び込む気配がない。むしろその場から動かないようだ。
「これやから男は……」
杖をひと振りしながらシルヴィーが言う。魔法で動けない真壁はただ唸り声をあげるしかなかった。
それを見てふたたびため息をつく。
「しゃーないわ。ウチにええ考えがある。折衷案や」
数分後。真壁はシルヴィーはじめ生徒会役員一同に囲まれながら浮かんでいた。
「よ、よかったのぅ。真壁」
「うん」
「わ、私はぜんぜん気にしてませんからね!」
「うん」
「そ、そうだよっ。一緒にお風呂に入ったんだからこれくらいなんでもないって!」
「うん」
「ワタシは気にしてないからゆっくり浮かぶといいネ」
「うん」
「よかったなぁ。こんなカワイイ子たちに囲まれながらプールに入れて」
「……はい」
防護服に身を包んだ真壁はただ虚ろな目をしながらぷかぷかと浮かぶだけであった。
現在の魔鉱石25%。満タンになるまで、あと75%――。




