2話 続・絶叫生徒会へいらっしゃい!
ヴィクトリアに連れられてやってきたのは重厚な木造りの両開きの扉の前だ。
「ここは……?」
「この学園の生徒会長室だよ」
「生徒会長室? ふつーそういうのって生徒会室じゃ……」
扉の物々しい雰囲気に真壁が思わずごくりと唾を飲むと、いきなりヴィクトリアがごんごんと扉を叩く。
「おすー。ヴェルフェいるー?」
あっけらかんとした調子で扉越しに声をかけると、すぐに返答がきた。
「ヴィクトリアか? 構わん。入れ」
「だってさ。どーぞ」
ヴィクトリアが扉を開けると、豪奢な内装の部屋が辺り一面に開けた。
応接室に似たその部屋は革張りのチェアーに挟まれるようにして設置されたオーク材のテーブル、壁には燭台のほかに大小さまざまな絵画。
その絵画はいずれもRPGに出てきそうな魔物や怪物がそれぞれポーズを取っているところをみると、肖像画なのだろう。
「用件はなんじゃ? ヴィクトリア。それにそこにおる男は誰じゃ?」
声のしたほうを見ると、執務机に向かっているのはセミロングヘアーの桃色の髪と頭に角を生やした少女だ。背の高い背もたれに身を預けている。
彼女もヴィクトリアと同じ制服を身に着けていた。
部屋にはほかに誰もいないので、おそらくこの少女がヴェルフェという名なのだろう。
「実は――」
実験で時空の扉が開き、そこから真壁が飛ばされてきたことをかいつまんで説明する。
「ほぉ……実に興味深い話じゃ。いつも失敗続きのお前の発明がまさか成功するとはのぅ」
話を聞き終えたヴェルフェが指を顎にあてがってふむふむと頷く。
「ひどいなー。ボクの発明は失敗続きじゃなくて、たまに成功するんだよ! 現に異世界からこの男が飛ばされてきたんだし」
じゃーんと言わんばかりに真壁を指差す。
「ふむ……」
指を顎に当てたまま、ヴェルフェは紅い瞳で真壁を頭から爪先までじっくりと眺める。
まるで品定めをするかのような視線に思わず真壁がごくりと唾を飲み込む。
「おい、人間の男。名をなんと言う?」
「へ……? あ、真壁って言います。真壁至です!」
思わず声が上ずってしまったが、それに構わずヴェルフェはじろりと睨む。
「ふむ、真壁とやら。お主は何者でどこから来たのじゃ」
ヴェルフェの問いに真壁は日本という国の学生であることをかいつまんで説明した。
「――なるほどのぅ。帰宅の途中でヴィクトリアがたまたまこじ開けた時空の扉を通ってここに来たというわけか」
ふむふむと頷きながら玉座を模した椅子から降りると、真壁のほうへと歩く。
椅子の脚が高いためか、ヴェルフェの身長は真壁の腰ほどまでしかなかった。そのため、真壁を見上げる形になる。
「のぅ、真壁。お主はここがどこなのかも知らんのじゃろ?」
「そりゃまぁ……なんの前触れもなしにいきなり飛ばされたわけだし……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、腕組みをする生徒会長を見下ろす。
「わしを前にしてその態度はなんなんじゃ……まぁいい。よいか、よく聞け! わしはこの魔界王立パンデモニウム女学園が生徒会長、ヴェルフェゴールじゃ!」
さも誇らしげに腕組みをしたまま、ふふんと鼻を鳴らす。真壁の横でヴィクトリアがぱちぱちと拍手を。
「フーッ! かーっくイイー! さすがは生徒会長! いよっ魔王の娘!」
ヴィクトリアが合いの手を入れるなか、真壁はただ頭をぽりぽりと掻くだけだ。
「はぁ……って、魔王の娘!? 魔王ってあのRPGのラスボス的なヤツの!? こんなちっこいのが!?」
「ちっこいとはなんじゃ! わしが気にしてることを口にするのではない! あと、指さすな!」
「だってどう見たって幼女にしか見えねーし!」
途端、ヴェルフェの目頭がじわりと熱くなる。
「う、うぅ〜っ! これでも由緒正しき魔王の血筋を引いてるんだもん! いつか大きくなったらお前なんて粉みじんにしてやるんだからぁ!」
「さっきと口調が違うんですけど! キャラなの!? そういう設定なの!?」
「うっさい! 人間なんてだいだいだいっキライだ! ばかぁあああ!」
ぎゃあぎゃあと揉めるふたりの間にヴィクトリアが割って入る。
「ま、まぁまぁ。ふたりとも落ち着いて。とりあえずヴェルフェ、これで涙拭いて」
ヴィクトリアが差し出したハンカチをヴェルフェが引ったくると、涙を拭いたのちにぶびーっと勢いよく鼻をかむ。
「と、とにかくじゃ! 今から貴様の処遇を決める会議をおこなう!」
涙目でびしっと真壁を指さす。
「おお! ってことは生徒会室で会議だね! それじゃボクみんなを呼んでくる!」
ヴィクトリアが目を輝かせながら生徒会室を後にする。
閑話休題。そして話は生徒会室に戻る――
「お主が魔族や魔物に詳しい人間だということはもうわかっておるのじゃ! このパンデモニウム女学園生徒会長であるヴェルフェゴールの目は誤魔化されんぞ!」
生徒会長がびしっと真壁を指さす。
「いやいや、さっきも言ったように俺はいきなりここに飛ばされてきた、ただの人間ですってば……」
「ほぉ。まだシラを切るつもりか……じゃが、貴様が持っていたこの本こそが動かぬ証拠じゃ!」
そう言ってヴェルフェが取り出したのは本――というよりは冊子のように薄い本だ。
表紙にはサキュバスが艶めかしいポーズを取っている。
「そ、それは俺の……!」
元いた世界で購入した18禁の本である。飛ばされた際に無くしたと思っていたのが、今はヴェルフェが手にしていた。
「ほぉ……その慌てようを見ると、やはりこの本は魔物について書かれた資料のようじゃな」
「資料でもなんでもないから! とにかく返せ!」
引ったくろうとした途端、ヴェルフェの紅い双眸が煌めいたかと思うと、真壁の体は石のように動かなくなった。
「へ? か、体が動かない……?」
「わしの邪眼による金縛りじゃ。しばしそこで大人しくしておれ。さて、どんなことが書かれているのかとくと検分しようではないか」
ヴェルフェがページを開こうとしたとき、「あのー」と手を挙げる者がひとり。
「よろしければ、私も立ち合っても構いませんでしょうか? 同族について書かれているのであれば、どんな内容か気になりますし……」
おっとりとした口調でそう言うのはやはりサキュバスだ。頭から蝙蝠のような小さな羽根を生やし、スカートの後ろから黒い尻尾をのぞかせている。
「ふむ、リリアの言うとおりじゃな。よかろう。こちらへ参れ」
すると、また挙手が。
「ワタシも興味あるネ。敵を知り、己を知れば百戦錬磨も危うからずと諺にもあるヨ」
そう言うのは、中国の妖怪――キョンシーと同じような帽子と左右のお団子ヘアが特徴的な少女だ。額にお札が貼られている。
「テンの言うことももっともじゃ」
こっちに来いと手招きする。
「あーそれじゃボクもボクも! 研究者の端くれとしても気になるし!」
最後にヴィクトリアが加わると、固まりながらもなおも抗議する真壁をよそに検分が始まる。
「よいか? ページを開くぞ」
真壁以外の全員がごくりと唾を飲み込む。
ページをめくり、全員が目にしたのは主人公のサキュバスが人間とくんずほぐれつする場面だ。
「な、なんじゃこれは……」
続くページも同じような場面が繰り広げられていく。
「な、なんとハレンチな……!」
「あらあら! まあまあ!」
「アイヤー……ワタシ、キョンシーなのになんだか心臓がドキドキしてきたヨ……」
「え!? 尻尾をそんな風に使うの!? こ、これはボクの理解の範疇を超えてるよ!」
「お願いだからやめたげてよぉおおおお!! もう俺のHPはもうゼロよ! 母親に見つかるほうが何倍もマシだよぉおおおお!!」
ひと通り検分を終えたのか、顔を紅くしたヴェルフェがぱたりと本を閉じ、じろりと睨む。
「貴様ら人間は我々魔族に対していやらしい妄想をしておったのか……最低なヤツじゃな!」
ヴェルフェだけでなくあとの三人もジト目で真壁を見つめる。
「いやいやいや! 男はだいたいひとつやふたつくらい持ってるって! 思春期の男の性欲をナメんな!」
抗議する真壁を無視してくるりと三人の方に向き直る。
「さて、みんなはどう思う? むろんわしはこいつの記憶を消したうえで八つ裂きにし、追放しようと思う」
「記憶消す意味ある!?」
背後の真壁の叫びを無視してヴェルフェがリリアのほうへ。
「リリア、書記係としてのお主の意見は?」
「えっと……わ、私は人間の殿方を見るのは初めてですが……少なくとも人間のことを知っておくのに越したことはないかと……」
ふぅむとヴェルフェが指を顎にあてがう。
「テン、お主の意見は?」
すると、どこからともなく出した算盤で珠をぱちぱちと弾いていく。
「計算したところ、この男を生かしておいたほうが82パーセントの確率で得策と出たネ」
「うーむ、会計係のお主がそう言うのなら……」
「あ、ボクも賛成だよ! 同じ人間族の男に会えて嬉しいし! それに良い検体になるかもしれないし……」
「オィイイイ! いま何か聞き捨てならない発言が聞こえたぞ!」
副会長であるヴィクトリアが「やばっ」と慌てて口を押さえる。
「ま、まぁまぁ。キミが元いた世界に戻れる手がないワケじゃないんだし……」
ヴィクトリアがごまかすようにぽりぽりと頭を掻く。
「まあいずれにせよ、これで全員の意見が揃ったな。ということで真壁よ。お主には元の世界へ戻る手はずが整うまで、この学園の生徒として生活してもらう!」
ヴェルフェがびしっと指さす。と、同時に金縛りが解けたのか、真壁が前のめりにつんめる。
「もし、お主がなにか良からぬことを考えたら命はないと思え」
「え? えぇぇぇーーッッ!?」
かくして、魔界王立パンデモニウム女学園でたったひとりの男である真壁の学園生活が始まった――。
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