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12話 仄暗いプールの底から④


「ああっ! すんません! べつに危害を加えようってんじゃないです!」


 一同がぎょっとする。目の前の油の塊が喋ったのだ。


「わし、ただのスライムなんです。といっても今はこんなナリですが……」

「スライム? お主、スライムなのか?」

「へぇっ! この学園の排水溝に迷いこんじまいまして……脱出しようとしたら、この機械に巻き込まれてしまったんですわ」


 頭らしき部分をぽりぽりと掻く。


「と、いうことはプールの水が黒くなったのはあなたがろ過器に入ってしまったからなのですね?」

「でもおかしいネ。スライムといえば無色透明だヨ。こんなに黒くないネ」

「ボクの考えだと、突然変異体じゃないかな!」

「単純にオイルが漏れたんじゃないのか?」


 すると、目の前のスライムがぷるんぷるんと左右に揺れた。首を振っているつもりなのだろうか。


「突然変異でもオイルのせいでもありません。実は恥ずかしながら……」


 今度は頭に当たる部分が前へ垂れる。


「実はこの黒いのは、わしの、その……老廃物なんですわ。いやお恥ずかしい。もう中年なもんで色んなもんが溜まっちまうんですわ」


 老廃物と聞いて一同がギョッとする。


「不摂生の塊というわけじゃな……」

「へぇ、面目ないっす……あ、そうだ」


 なにやらごそごそと身体を動かす。


「ここに吸い込まれる途中で見つけたんですが……あれ? おかしいな……」

「お、おい。おっさん、見つけたものってもしかしてこれか?」


 真壁が照明機にはめ込んだ魔鉱石を取り出す。すると中年スライムが激しくぷるぷる震えた。


「それです! 皆さんなにか探していたようですから、これじゃないかと思っとったんですが……あ」

「? どうしたの?」


 ヴィクトリアの問いにスライムが「実は……」と口ごもる。


「その、石なんですが……どうやらわしの尻の穴に引っかかってるみたいなんですわ」

「んな尿路結石みたいな! ふざけんなよ! その石がないと俺は元の世界に帰れないんだぞ!」

 

 肩に当たる部分を揺するが、ぷるんぷるんと揺れるだけだ。


「す、すんません! なんとかひり出してみますんで……!」


 スライムが身をかがめるようにして、ふんっと踏んばるようにする。


「オィィイイイ! ここで出すなァアアアアア!! いや外に出すものだけどさ!」


 すると、スライムがぐんなりとしてきた。


「いやー、これなかなかしぶといですわ。さすがにひと筋縄では……」


 その時だ。ヒュンッと空を切る音がしたのは。


「――――――ッッ!?」

「……なんて聞き分けのないスライムなの? いいからさっさと出すものを出しなさいッ」

 

 サキュバスモードと化したリリアがふたたびムチをくれる。


「痛っ! ちょっ、なんなんすか!? この子!」

「どうやらスイッチが入ってしまったようじゃな……」

「こうなったらボクらには手に負えないね……」

「ああ……なんとか堪えてもらうしかないな……」


 リリアのムチを経験してる真壁がボソッと呟く。


「そ、そんな殺生な……痛ッ!」


 ひぃいと悲痛な叫びをあげる中年スライムの体に容赦なくムチが入る。

 すると、スライムの顔に当たる部分に手を触れる者が。会長だ。


「じっとしてるのじゃ。思い切り踏んばれ」

「は、はい……なんとか頑張ってみますねっ」


 絶え間なくムチが入るなか、ふんっとふたたび力を入れるように。


「あっ、今なんか出そうな気がしてきましたわ!」

「その調子じゃ!」

「で、でも……なんか怖いんです! なんか新しい扉が開いてしまいそうで……!」

「わしの目を見よ! 集中するのじゃ! 扉は開けるだけでなく破るためにあるぞ!」

「はぃいいいっっ!!」


 リリアのムチが触れたのが引き金になったのか、次の瞬間、スライムの肛門にあたる部分から黒い液体がどばっとあふれ出た。

 真壁はじめ一同から悲鳴があがるなか、液体はみるみるうちに水位が上がり、一同をもと来た通路へと押し流した。

 

「オィイイイ! どんだけ溜め込んでたんだァアアアアア!!」

「すんません! すんませぇええん!」

「それよりどうするのじゃ! このままだと流されてしまうぞ!」

「まって! ボクに考えがある! みんな、ボクにつかまっててっ!」


 一同がなんとか手を伸ばしてヴィクトリアの体に掴まるようにして。


「いい? みんなしっかりつかまってて!」


 そう言うなり、ベルトからさっき使ったバーナーを取り出し、先端のノズルを外して回すと火が激しく発せられた。


「ボクの計算だと、排水溝の真上に出るはず……!」


 水位が上がり、天井が顔面に近づくまでになった瞬間、いきなり流れが強まった。

 いや正確には吸い上げられるといったほうが正しいか。

 

「うわあああああああ!!」


 一同が入ってきた排水溝から勢いよくポンっと空気が抜ける音がした次の瞬間には黒い水が水柱のようにあふれ出た。

 水圧で押された真壁たちは悲鳴をあげながら空中へと飛び出す。


「あああああああッッ!!」

「やった! ボクの計算どおり、真上に出られたよっ! 火をつけたことによって気圧差で――」

「解説はいいからどうにかしろォオオオオオ」


 目の前にプールの床が迫ってきた。このままでは直撃は免れない。ぎゅっと目を閉じて衝撃に備える。

 だが、激しい衝撃も痛みはなかった。それどころかふわふわとした感触だ。

 目を開けると、ギリギリのところで身体が宙に浮いていた。真壁だけでなく全員がふわふわと浮いている。


「え……?」

「昼寝してたらなんや、面白いことになっとるやないの」


 デッキチェアにもたれるように座るシルヴィーが杖を振りながら。

 すいっと杖を下ろすと、真壁たちは同時に地面に落下した。


「ぶっ!」

「ぬぅっ!」

「いたたっ!」

「アイヤー!」

「いったーい!」


 最後にスライムがぶるんと音を立てながら着地を。老廃物を出し切ったためか、透明な状態だ。


「石は!? 魔鉱石はどこだ!?」

 

 辺りを見回す。照明機から発せられる共鳴音を頼りにして汚水の中をかき分けながら。

 やがて見つけた淡く輝くそれを手にする。


「獲ったどぉおーッッ!」


 汚水まみれになりながら魔鉱石を一際高く掲げる。



「なるほど……このスライムがろ過器のなかにおったから水が汚れていたと」

「へっへいっ! この度はわしの不手際で……」


 プールサイドにてシルヴィーの前で何度もぷるぷると揺れる。頭がどこなのかわからないが、土下座している状態なのだろう。


「まぁ……これでプールは元通りになるやろし、ろ過器の修理はあんたに任せるわ」

「うん! ボクにまかせて!」


 ヴィクトリアがどんと胸を叩く。


「で、問題はこいつをどうするかやけど……元いた場所ってどこなん?」

「そ、それが……」


 スライムがもじもじとするように体を揺らす。


「実はわし、仲間からつまはじきにされてまして……やれ粘液が臭うだの、老廃物が丸見えで気持ち悪いやらで……」


 そこまで言うといきなり大きくぷるんっと揺れた。頭を擦り付けるように土下座しているように見える。


「お願いです……! どうか、どうかわしをここに置いてっていただけませんか!?」

「は!? 何言うとんのや!」

 

 さすがにこれにはシルヴィーだけでなく全員が呆れ顔だ。


「のぅ、お主。ここは女学園じゃぞ。それをわかっておるのか? もっともここにいる真壁は特例じゃが……」

「虫の良い話だというのは承知しています! ですが、どうかプールを汚した罪滅ぼしをさせてください!」

「しかしのぅ……」


 そこへ真壁がすっと手を挙げる。


「ひとつ聞きたいんだが、おっさんはモノを体の中に取り込むことは出来るんだよな? スライムなんだし」

「そ、それはもう!」

「取り込んだものを消化することもできるか?」

「それもできます! むしろそれくらいしか取り柄がないくらいでして……!」


 回答を聞いた真壁はよしと頷く。


「おっさん、あんたにピッタリな場所があるぜ」

「へ?」


 スライムだけでなく一同がぽかんとする。


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