12話 仄暗いプールの底から①
パンデモニウム女学園のある魔界はいま、人間の世界で言う夏の季節だ。
太陽が出ていなくとも、気温は日本の例年通りの真夏並みである。
「…………あつい」
生徒会室にて真壁がそうこぼす。部屋にはエアコンやクーラーなどといった家電の類はないので、テーブルのひんやりとした感触がせめてもの救いだ。
「なぁ、室温下げられないのか? 魔法とかでさ」
「氷魔法のような冷却呪文は持ち合わせてないんじゃ……だいいち、わしはその系統の魔法が苦手なんじゃ」
玉座を模した椅子に座る生徒会長がリリアに扇子であおいでもらいながら言う。
「んじゃヴィック、お前の発明でなんとかしてくれよ……」
「むり……造りたくても魔鉱石が足りないんだよ……」
ヴィクトリアも同様にひんやりとした感触を求めながら。
「まじかよ……というか、暑いんならその白衣脱いだらどうなんだ」
「だめ。科学者はいついかなる時でも白衣は脱がないんだよ」
「なんだよ。その安っぽいポリシーは……」
「あー言ったな! それは科学者に対する冒涜だよっ!」
真壁とヴィクトリアがぎゃあぎゃあと丁々発止を。
「ふたりとも頭を冷やすネ」
テンがふたりの額に手を添える。キョンシーのひんやりとした感触が伝わってきた。
「ああ〜。ちべたくて気持ちいい〜」
「っと、お仕事しなくちゃだねっ」
頭を冷やされたことで、冷静になったのかヴィクトリアが目安箱から回収された要望を手に取る。
「えーっと、なになにプールに入りたいってさ。というか、要望がそればっかだよ」
プールと聞いて真壁がぴくりと反応を。
「いまプールと言ったか……? この学園にもあるのか? プールが」
「うんあるよ。体育の一環として」
「つーか、案内しろよ! こんなに暑いんじゃプールにでも飛び込まねーとやってらんねーよ!」
「そ、そうしたいのはやまやまなんだけどさっ」
「プールは今使用禁止になっておるのじゃ」
ヴェルフェの言葉に真壁が振り向く。
「……何……だと……?」
「じゃからプールには入れんのじゃ」
「なんでだよ!? 俺の国じゃプールは暑い夏のオアシスなんだぞ!」
「お、落ち着いてください……先生方の判断で使えなくなっているのです」
リリアがわたわたと説明するが、今の真壁にとっては、なしのつぶてだ。
「こうなったら先生に直談判だ!」
生徒会役員含め真壁たちが向かったのは顧問の先生であるシルヴィーの教員室だ。
「アホか。アカンに決まっとるやろ」
「ぬぁあんでだぉおおっ」
「うっさい! このクソ暑いのに暑苦しいわ!」
悲痛な叫び声をあげる真壁の脳天に煙管を喰らわせる。
「いっ……!」
「だいいち、いくら掃除してもプールの汚れが落ちないんや。原因不明なそんなところに生徒たちを危険な目に合わせるわけにはいかんのや」
長煙管を咥え、ぷかりと紫煙を吐く。
「……とか言って、ホントはめんどくさいだけなんじゃ」
頭を押さえながら真壁がそうこぼす。
「は!? そ、そんなワケあらへんやろ!? ウチは綿密に調査せな気がすまん性格で……!」
図星だなと生徒会役員の目が語っていた。
「と、とにかく俺たちがその原因を探るからさ! んでもってキレイにしてやるよ! なぁ! ヴェルフェ!」
ずずいっと生徒会長の前へ。その勢いに思わずヴェルフェがたじろぐ。
「し、しかしのぅ……先生方の決定に反対するわけには……」
「会長ッ!」
がしっと会長の両肩をつかむ。
「見てください! この要望の数を!」
「お、おお」
「こんなに苦しんでいる生徒たちがいるんです! 生徒会が!」
「おお」
「要望を! 聞き入れないなんて!」
「おお!?」
「んなこたぁ許せませんよねぇ!?」
「おお!!」
「生徒会の一員として許せねぇ!!」
「おおお!!」
「そんな汚れ、俺がぶっ飛ばしてやるぜ!!」
最後に拳を握りながら力説を締めくくる。
「そっ、そこまで生徒たちのことを考えておったとは……! 生徒会の一員としての自覚を持ち始めたんじゃな!」
「んー……というか、水着姿を見たいのが本音なんじゃ……?」
ヴェルフェの隣でヴィクトリアがポツリと。
「う、うるさい! 善は急げだ! プールに行くぞ! パンデモニウム生徒会出動だ!」
今度はシルヴィー含め生徒会役員一同の目が図星だなと物語っていた。




