11話 パンデモニウム女学園生徒会の一撃
「みんな、迷惑をかけて申し訳ないネ」
生徒会室にてテンがぺこりと頭を下げる。額にはすでに新しい札が貼られていた。
「気にするのではない。あれは事故だったゆえな」
「はいっ。テンさんが気になさることはありませんよ!」
「ま、今回はボクの発明が活躍したけどね」
「俺はけっこう大変だったんだがな……」
生徒会役員が慰めるなか、真壁はそうぽつりと呟く。
「こら、ウチの活躍を忘れたらアカンやろ」
顧問であるシルヴィーが手に持った長煙管をコツンとヴィクトリアの頭に食らわせる。
「いたっ!」
「まぁ今回は怪我人も出なかったみたいやし、一件落着でええんちゃう? それと」
くるりと振り向きざまにテンの頭にも煙管を食らわせた。
「あう」
「アンタもぼーっとしとるから札が剥がれるんや。気ぃつけな」
「うん。気をつけるネ」
叩かれてずれた帽子を直しながら言う。
足元まで伸びた銀髪をなびかせながら煙管を咥え、シルヴィーはぷかりと紫煙を吐く。
そして真壁が見つめていることに気づいた。
「そうそう、自己紹介がまだやったな。ウチはシルヴィーや。この生徒会の顧問を張らせてもらってるさかい、よろしゅうな」
方言で自己紹介を終えると、ウインクをひとつ。
「あ、ま、真壁至です。よろしくです。というか、なんで関西弁……?」
ぺこりと頭を下げる。だが、その視線はシルヴィーの豊満な胸の谷間に注がれていた。
「ふーん、マカベかぁ。ええ名前やないの」
ずいっと前に身を乗り出したので、真壁が慌てて姿勢を正す。
「よぅ見たらカワイイやないの。自分」
いきなりぐいっと真壁の肩を引っ張ったので、豊満な胸の谷間に顔をうずめる形になった。
「わぷっ」
「この学園、女学園やからオトコがいなくてさびしいと思っとったんよ♡」
そう言って真壁の頭を撫でてやる。
「お、俺でよければ……!」
「いつまでくっついとるのじゃ!」
ヴェルフェによって引き離されると、シルヴィーは「あら残念」とあっけらかんに言う。
そして、ふたたび真壁をじっと見る。
「自分、この世界の人間やないんやろ? なんでここに来たんや?」
「あー……そのことなんだけど」
ヴィクトリアがこれまでの経緯を話す。
「へぇー! ガラクタばっか造りよるアンタがねぇ!」
魔女が感嘆の声を上げながら、紫煙をぷかりと吐く。
「とにかくじゃ。テンの暴走を止めてくれたことには礼を言う。じゃが、なぜ今ごろ学園に戻ってきたのじゃ? 一ヶ月前にいきなりふらりといなくなったというのに……」
「そうですよ。先生は顧問なのですから」
「先生がいない間、ワタシたちだけで生徒会回してたヨ」
「そうそう! それでボクらは大変だったんだからね!」
口々に文句を言う生徒会役員にシルヴィーがまあまあとなだめる。
「勝手にふらりと旅に出たのは悪かったわ。ちょいと気になることがあってな……」
ふたたび煙管を咥える。
「風のうわさで勇者が目覚めるらしいと聞いてな」
『勇者』
それは魔王と相反かつ敵対的な存在だ。その名称を聞いた途端、一同がざわめく。
「ま、まことか……?」
「それは本当のことなのですか……!?」
「そうなると、ボクの発明の出番かな?」
「ワタシたちの戦力では勝率が……」
テンが算盤の珠を弾こうとするが、シルヴィーに止められた。
「いくら計算しても机上の空論や。それにな」
ちらりと真壁のほうを。
「最初、この子が勇者かと思うたけど、違ったみたいやね」
ずいっと顔を近づけてきたので、真壁がごくりと唾を飲む。
「なにも言わんでもわかる。アンタは勇者とは違う人間や。そのキレイな目を見ればな」
「あ、あざっす……」
シルヴィーがにこりと微笑む。
「ま、あくまでウワサはウワサや。しばらくの間は勇者は出てこないやろ」
「そう言えばシル先生、旅の途中で魔鉱石のウワサとか聞いてない? イタルが元の世界に戻る必要なんだけど……」
「なーんにも聞いとらんねぇ。そもそも魔鉱石自体レアやからな」
「だよねぇ……」
そこへ真壁が手を挙げる。
「先生なら俺を元の世界に戻す魔法陣が描けるんじゃ? さっきテンを止めるのに魔法陣使ってたし……」
「むりむり。アンタを元の世界に戻すには途方もない魔力がいるんよ。それこそウチが百人いても足らへんくらいや」
「やっぱダメか……」
「まあまあ、地道に魔鉱石を集めていけばなんとかなるって!」
がくりとうなだれる真壁の横でヴィクトリアが慰めながら。
その時、鐘が鳴った。終業のチャイムだ。
「今日はここまでにしよか。ひさしぶりに魔法使たからいいかげん疲れたわ」
ほななと手を振って生徒会室を出る。
「色々聞きたいことはあるんじゃが……まぁよい。今日は解散じゃ」
ヴェルフェの言葉で生徒会はお開きとなり、各自それぞれ自分の部屋へと戻った。
「ふー、さっぱりしたな……」
浴場から戻った真壁がそう部屋でこぼす。そしてベッドの上で大の字になる。
「勇者、か……」
ラノベによくあるように異世界ないし魔界に転移された人物はなにかしらスキルを授かったり、高い地位を得ているものだが、今の真壁にはどれも授かっていない。
もし、勇者が現れたら俺は……
そこまで考えるとごろりと横になり、目を閉じてやがて眠りについた。
一方、生徒会長室ではヴェルフェが執務机にて羽根ペンを手にしていた。
羊皮紙に流れるような文字でしたためていく。
『父上、お元気ですか? 私は変わりなく生徒会長としての務めを果たしています。実は以前、別の世界から人間が――』
真壁が転移されてきた経緯をかいつまんで記し、学園外や大陸内で魔鉱石の情報をなにか知っていないかと書いたところで羽根ペンをインクに浸す。
最後に勇者が目覚めたかもしれないことを書き、身体を大切にするようにと締めくくる。
署名を終えると、ふぅっとひと息つく。
羊皮紙をくるくると巻いて紐で巻き付け、最後に紋章の入った封蝋を押す。
そのまま椅子から立って窓の方へ。窓を開けるとひゅうっと心地よい風が吹いてきた。
ヴェルフェが親指と人差し指を口で挟むようにして甲高い音を鳴らす。
すると、どこからともなく一匹の白い梟が現れた。
梟はヴェルフェの差し出した腕に留まる。
「よいか。これを父上のもとまで運ぶのじゃ」
手紙を梟の足元に結んでやると、「ホーホー」と鳴いたのちに翼を広げて闇夜の中へと羽ばたいていく。
ヴェルフェはしばし立ち尽くし、やがて梟が見えなくなると窓を閉めた。




