10話 霊幻道士 〜キョンシー対生徒会役員〜 後編
テンがコウモリに変化したスカーレットを何とかして捕らえようと必死になっているあいだ、生徒会一同は策を練っていた。
「まずどうやってテンに札を貼るかじゃな……」
ヴェルフェが真壁から受け取った札を見る。破れてはいるが、魔法陣の部分が残っているので有効なのだそうな。
「とは言いましても、あの状態ではとても近づけませんね……」
リリアが暴走状態のテンを見ながら。
「あ、あの……!」
おそるおそる声を上げたのは先生だ。どうやら逃げずに残っていたようだ。
「その札を貼るのが難しいのであれば、他に方法があります」
「まことか!」
「はい。ですが、この方法は時間がかかります……十分、いえせめて五分くらいあれば……!」
そう言ってチョークを取り出したかと思うと、床に何かを描いていく。
「これは……魔法陣ですか?」
「そうか! これなら近づけなくともテンがこの魔法陣を踏めば効果を発揮できるというわけじゃな!」
「はい! なので皆さんは描き終えるまで時間稼ぎをお願いします!」
さっきまでパニック状態に陥っていたのとは対照的に素早く、だが正確に魔法陣を組み上げていく。
「よっしゃ! 五分くらい時間稼ぎすりゃいいんだな!」
真壁がバシッと拳を掌に叩きつける。
「イタル、そのことなんだけど……」
ヴィクトリアが耳打ちし、そのアイデアに真壁が頷く。
「くっ……! 私の魔力じゃ、もうこれが限界よ……!」
十数匹のコウモリがひとかたまりになったかと思うと、元の姿へと戻った。
「せめてもう少し魔力があれば……!」
だが、疲労困憊のスカーレットを見逃すテンではない。彼女の方へ両腕を突き出して今にも襲いかからんと――――
「やめて!」
何者かがテンに抱きついたので難を免れる。
「スカーレットさん、今のうちに……!」
リリアがテンを押さえつけながら。
「あ、ありがとう……でもそれじゃあなたが……!」
「サキュバスの能力で精気を吸い取ってみます!」
そう言うなり、リリアはがっしと力強く抱きしめる。すると、テンが呻き始めた。
精気を吸い取られているのだろう。
「お願い! 正気に戻って……!」
激しく手足をばたつかせながら逃れようとするので、リリアも必死にならざるを得ない。
「も、もうダメ……!」
ついにリリアの拘束が解かれた。テンの頭が180度ぐるりと回転したかと思うと、喉笛に噛みつこうと――!
「リリア、目を閉じて!」
リリアの背後でヴィクトリアがそう声を発した瞬間にはあたり一面にまばゆい光が放たれた。
「ギィェエエエエエッ!」
強烈な光に思わずテンが目を押さえる。
「ボクが改良した照明機だよっ! まさかここで役に立つなんてね。これ返すねイタル」
ゴーグルを外してイタルに魔鉱石のかけらを返す。
真壁はそれをポケットに忍ばせた。
「先生! 魔法陣はあとどのくらいで完成するのじゃ!?」
「あと半分です!」
ヴェルフェがテンの方を見やる。まだ光に目が眩んでいるようだ。
「もしかしたら今のうちに札を貼れるかもしれん……! 真壁よ、この札を貼るのじゃ」
「わかった!」
ヴェルフェから札を受け取り、すぐさま呻いているテンの下へと。
「正気に戻れ!」
テンの額に札を貼ろうとした瞬間、けたたましい叫び声があたりに響く。
たまらず真壁が両手で耳を押さえる。が、それがまずかった。
テンがいきなり腕を振ると札が掠め取られ、真壁の目の前でビリビリに破かれていく。
「しまっ……!」
テンが奇声をあげながら真壁に襲いかかる。大きく開けられた口が喰い破ろうとする瞬間、真壁はとっさにスティック状のものを噛ませる。
ヴィクトリア特製の魔鉱石探知機のスティックだ。探知機を咥えたまま、奇声を発しながら組み伏せようとする。
だが、何者かが横からタックルしたので難を逃れた。スカーレットだ。
「何をボケっとしてるのです! 早く離れて!」
「さんきゅ! いいんちょ!」
真壁がその場を離れると、それまで魔法陣に取り掛かっていた先生がばっと手を挙げる。
「できました! これでテンさんを押さえることができるはずです……!」
「でかしたぞ! 先生! 後はテンにこの魔法陣を踏ませるだけじゃな!」
「ええ! ですが、すんなりと魔法陣を踏んでくれるかどうか……」
テンの方を見ると探知機のスティックを咥えたまま、ぐるるると唸り声をあげながらこちらを睨んでいた。おとなしく魔法陣を踏んでくれるようには見えない。
「テン! こっちじゃ! こっちへ来い!」
「お願いですからこっちに来てください!」
「こっちに来てってばさぁ!」
「おおい! こっちだ!」
「テンさんこっちにいらしてください!」
役員一同と委員長が声を上げても一向に動こうとしない。
「まずいのぅ……本能的に魔法陣を避けてるようじゃ」
「そんな……! それでは一体どうすれば……! せっかく魔法陣を描き上げたのに!」
がくりと先生が膝をつく。
「札はあいつに破られたし、もう打つ手が……」
真壁がふとポケットの中のあるものに手を触れる。
「なぁ、ヴィック」
「なに? どーしたのイタル?」
今度は真壁がヴィクトリアに耳打ちを。そのアイデアにヴィクトリアがうんうんと頷く。
「うん! それならイケるよ!」
「ホントか! それじゃ取りかかるぞ!」
真壁が自身のアイデアを生徒会役員に話し、全員が納得顔で頷いた。
早速そのアイデアを実行に移す。
「おいテン! こっちを見ろ!」
真壁がテンの正面に立つようにして声を上げる。真壁とテンの距離は直線にして十メートルといったところだ。
だが、テンは真壁を睨んだままその場から動こうとしない。じりじりと少しずつだが、入口の扉のほうへ向かおうとしていた。
真壁がちらりと後ろを見る。
「いいか?」
「今じゃ!」
「よし!」
そう言うなり身をかわすとテンが目にしたのは、ヴィクトリアを中心にしてヴェルフェ、リリア、スカーレットの四人がひとかたまりになっていた。
ヴィクトリアの手からまばゆい光が放たれたかと思うと、さっきまでその場を動こうとしなかったテンがまるで引き寄せられるかのようにずずずっと動く。
「ギ、ギギギギィイイ!」
「魔鉱石の法則その一、『魔鉱石は近くにあると磁石のように引かれ合う』だよっ!」
テンの咥えているスティックにはめ込まれた石とヴィクトリアが手にしている石はまさに磁石のS極とN極である。
ヴィクトリアの持つ魔鉱石にヴェルフェ、リリア、スカーレットが自らの魔力を注いで威力を増加させているのだ。
そして、ヴィクトリアの足元には魔法陣が――。
「テン、戻ってくるのじゃ!」
だが、激しく引っ張られようともテンはなおも抵抗する。
「みんな! もっと魔力をちょうだい!」
ヴィクトリアの持つ石にそれぞれが魔力を込めていく。
「くっ……! 魔力が尽きそうだわ!」
「私がもっと魔力を注ぎます! さっきテンさんから吸い取った魔力がありますから……!」
リリアとスカーレットが力を込めるように石に魔力を注ぐ。ヴェルフェも負けじと続く。
その効果が出たのか、さっきよりテンが近づいてきた。
「みんな! あと少しだよっ。頑張って!」
「待て! なにか様子がおかしいぞ!」
真壁がテンを指さす。見ると心なしかテンがにやりと口を歪めているように見えた。
次の瞬間には口を開けたかと思うと、咥えていたスティックはヴィクトリアの持つ石めがけて飛び込み、ひとつの石となった。
「いかん! これでは……!」
ヴェルフェが言い終わらないうちにテンが驚異的な跳躍を見せたかと思うと、ヴィクトリアたちのほうへと襲いかかってきた。
「うわぁああああ!!」
全員がたまらず目を閉じて身構える。
その時だ。入口の扉が弾かれるようにして吹き飛んだのは。
「なんだ!?」
だが、扉から出てきた人物はそれには答えず、呪文らしき言葉を短く唱えながら杖をくるりと一振り。
すると空中に魔法陣が浮かびあがり、その魔法陣に飛び込むかたちになったテンはぴたりと時が止まったかのように微動だにしなかった。
「おおスゲーな! 動きが止まったぞ!」
「すごい……! 私たちがあんなに苦労していたのに、それを一瞬でやるなんて……」
「これにはさすがにボクでもかなわないよ!」
「す、すごい……! 空中に魔法陣を浮かべるなんて……こんな芸当ができるのは……」
先生が扉のほうを向く。そこにはとんがり帽子をかぶり、黒い装束に身を包んだその出で立ちはまさに魔女であった。
「……ひっさしぶりに学園に戻ったら、なんや。面白いことやっとるやないの」
はちきれんばかりの巨乳に足首まで伸びた銀髪をなびかせながら言う。
「せ、先輩! 戻ってきたんですね!」
先生がたたたっと駆け寄る。
「だ、誰なんだ……?」
「そうか、お主はまだ会ったことがないんじゃったな。彼女はシルヴィー。この学園の教師の一人じゃ」
泣きじゃくる後輩をシルヴィーという名の魔女が長煙管を咥えながらよしよしと頭をなでる。
「そして、生徒会の顧問でもあるのじゃ」
顧問だという教師は長煙管を口から離すと煙を吐き出した。




