10話 霊幻道士 〜キョンシー対生徒会役員〜 前編
――――魔界王立パンデモニウム女学園の敷地内。
どんよりと曇った空の下、荒れ地に立つ者がひとり。見上げると城を思わせるパンデモニウム学園がそびえ立っていた。
「……ひっさしぶりやなぁ」
とんがり帽子を被った人物は聞き慣れない方言でそう呟くと、学園目指して歩く。
――同時刻。パンデモニウム学園内の図書室。
「みなさん、席につきましたか?」
担任の教師がぱんぱんと手を叩きながら。
「本日は先日お話したとおり、他のクラスと合同で授業を行います」
図書室に用意された長机には各クラスの生徒たちが座していた。その中には真壁をはじめ、生徒会役員一同が揃っている。
「なぁヴィック、今日って何の授業だっけ?」
「魔法陣の講座だよっ」
真壁の問いにヴィクトリアが答える。
「魔法陣か……あれ? そういえば俺がここに飛ばされたのって魔法陣を踏んだからだったような」
「あれはたまたまだったからね。ボクにも予測不可能だったよっ」
「元の世界に戻れる魔法陣ってなかったりするか?」
発明好きの副生徒会長がゆるゆると首を横に振りながら。
「残念ながら、そういう技術はボクにはないんだ。ものすごーくフクザツな魔法陣だからね。たぶん先生にもムリだと思うよ」
「そっか……良いアイデアだと思ったんだがな」
ため息をつくと、ちょうど授業が始まるところだ。全員がノートを取る準備をする。
「――――このように魔法陣は様々な性質があり、魔法陣を介して魔法を発するだけでなく、逆に魔力を封じることもできます」
先生が黒板に描かれた魔法陣を教鞭で指し示しながら解説し、生徒たちはすぐさまノートに要約していく。
「へぇー、魔法陣って魔力を封じ込める力もあるのか」
「うん! ちなみにテンの額に貼られているお札にも魔法陣が使われてるよ☆」
「へー……ん? てことはお札が剥がれたらどうなるんだ?」
「ボクにもよくわからないんだ。ずっと一緒にいるけど、一回もお札剥がれたとこ見たことないよ」
ふーんと真壁はちらりと右の方を見やる。そこには会計係であり、キョンシーでもあるテンがもくもくとノートを取っていた。
「俺のいたとこじゃ、キョンシーはお札が剥がれたら人を襲うってことになってるぞ」
「マジ?」
ヴィクトリアもテンの方を向く。相変わらずノートを取るだけだ。
「まあ、あれはあくまで映画のなかの話だしな」
「だよねっ。あの大人しいテンが人を襲うなんてねぇ。きっと魔力が強大だから抑えめにしてるとかだよ」
「いやいや、あんないかにもひ弱そうなのが人を襲うって、ないない」
ふたり揃ってはははと笑う。
「先ほども説明しましたように、魔法陣は魔力が少ない方や魔法を使うのが苦手な方も魔法を使うことができます。では、実際に魔法陣を描いてみましょうか。ええと……」
先生が生徒一同を見回す。
「それではテンさん。すみませんが、この魔導書をみなさんに配ってください」
テンがこくりと頷くと、教壇のほうへと。そして魔導書を受け取っていく。
「はい、これもお願いしますね」
テンの両手に積み重ねられた魔導書の上にさらに数冊。やがて顔が見えなくなるほど積み重ねられると、そのまま生徒たちに配り始める。
次々と魔導書が配られ、ついに真壁とヴィクトリアのところまできた。
「はい、これ二人の分ネ」
「おお、サンキューな」
真壁が二冊丸ごと取る。そのとき、ビリっと何かが破れる音。
「ん? なんだこりゃ?」
見れば本と本のあいだに何かが挟まっていた。つまんでみると黄色い紙に印と文字らしきものが書かれている。しかも見覚えのあるものだ。
「これって……」
「ね、ねぇ、これってヤバくない?」
おそるおそる二人がテンの方を見る。
当の本人は無表情のまま立っていた。顔色はもともと青白いが。
「なんだ? なにも起こらないじゃねーか」
「だ、だよねっ! これはただの飾りなんだよ! きっと!」
「ったく、ヒヤヒヤさせやがって……」
真壁が札を元の場所――テンの額に貼ろうとしたとき――
いきなりがっしと掴まれた。
「へ?」
掴まれた腕をほどこうとするが、びくともしない。細腕の割に怪力だ。
「お、おい、冗談はやめろって……」
「そ、そうそう! さっきテンのことをバカにしたことなら謝るからさ!」
だが次の瞬間、テンの口が大きく開けられたかと思うといきなり真壁の腕に噛みつこうとする――!
「あぶない!」
がぶりと噛み付く音。次いで皮を引きちぎるかのような音が。
「うわぁああああ!! お、俺の腕が……って、痛くない?」
腕を見るが、全くの無傷だ。テンの方を見ると、配られた魔導書を喰い破るのに必死になっていた。ヴィクトリアがとっさに本を噛ませたのだ。
「大丈夫!? 間一髪だったね!」
「あ、ああ。助かったぜ……」
「ひとまずここから離れようよ!」
すぐにその場を離れたふたりは担任の先生の下へと。すでに生徒全員が集まっていた。
「せ、先生……どうすれば?」
「もしかしなくても私たち食べられちゃうの!?」
「そうだ! 先生の魔法陣であの子を押さえつけられないかしら!?」
もはやパニック状態だ。生徒全員が先生のほうを見る。生徒たちの盾となるべく立つ先生が生徒たちのほうを見た。
「み、みんな……! だ、だ、大丈夫よ! お、お、お、落ち着くのよ……!」
「ダメだ! この先生、実戦でパニクるタイプだ!」
真壁がツッコむ間もテンは今にも襲いかかる体勢を取ろうとしていた。
両足を揃え、両手をまっすぐピンとこちらへ伸ばしたかと思うと、獲物を狙うかのような双眸で驚異的な跳躍を見せた。
たちまち悲鳴が上がる。
「なんだよ! なんであのフォームで速く走れんだよ!?」
「そういうツッコミはいいからさ! 逃げないとだよっ!」
真壁とヴィクトリアが一目散に走る。そこへ会計係のリリアが追いつく。背中にはヴェルフェを乗せていた。
「みんな! 役員の不始末はわしらで片付けるのじゃ! まずは生徒を全員図書室から避難させるのじゃ!」
リリアの背中で指示を飛ばす。そこへ学級委員長であるスカーレットが飛び込んできた。
「まって! 生徒の安全を守るのも委員長の役目よ! 私がかく乱するから、誘導をお願い!」
そう言うなりスカーレットの身体が突然十数匹のコウモリに変化した。
羽ばたかせながら、テンの周りへと。
キョンシーである彼女は生徒からコウモリとなったスカーレットへと標的を変えるが、うまく捕まえられないようだ。
「でかした! スカーレットよ! 感謝するぞ!」
その間に役員一同は生徒全員を図書室から避難させ、すぐさま扉を施錠した。
「よし! あとはテンをおとなしくさせるだけじゃ! みな、よいな?」
ヴェルフェ含め生徒会役員たちはごくりと唾を飲む。




