8話 ドローイング•ウィズ•ヴァンパイア 後編
真壁の部屋の前まできたスカーレットは扉をノックする。
少ししてから扉が開き、真壁が顔を出す。
「はいはいどなた……って、スカーレットさん!?」
「あなたに用があるの」
「へ? 俺に? あ、さっきのことだったらあれは不可抗力で……!」
「そのことで来たわけではないわ。あなたの力を借りたいの」
「はぁ。まぁここで立ち話も何なんですから話聞きますよ」
真壁が扉を開けて彼女を入れようとするが、入って来る気配がない。
きょとんとする真壁に委員長が溜息をつく。
「人間の男って、作法がなってないのね……いい? 私達吸血鬼は招かれないと入室できないのよ」
「ああ……そういう設定ね」
どうぞお入りくださいと許可すると「よろしい」と言い捨てて、部屋に入る。
そして部屋をひと通り眺めながら言う。
「まるで牢屋ね……ま、あなたのような人にはお似合いかしら」
「まるでというか、実際牢屋ですけどね……で、ご用件は? いいんちょ」
「いいんちょじゃなく、委員長と呼びなさい! というかヴィクトリアさんの真似をしないでくださる?」
へいへいと言いながらベッドに腰かける真壁に委員長はふたたび溜息をひとつ。
「まぁいいわ。まずその前に約束して。今日私があなたに相談に来たことは口外しないこと。いいわね?」
「はいはい、仰せのままに」
「…………とにかく! あなたの力を貸してほしいのよ!」
相談事をかいつまんで説明する。
「よーするに、俺にマンガのデッサンモデルをやれと?」
「そうよ! 悔しいけど、ここで男子はあなた一人しかいないわけだし、癪だけどあなたに頼むしかないのよ」
胸の前で腕を組みながら言う。対して真壁はぽりぽりと頬を掻くだけだ。
「まぁ、それくらいなら……」
「決まりね。それじゃ私の部屋に行くわよ」
数分後。真壁はスカーレットの部屋にいた。
「しっかし、この学園の部屋ってけっこう立派だな……俺の部屋とは大違いだ」
部屋には年代物の書き物机や調度品が置かれ、奥にはベッド代わりの棺桶が壁に立てかけてある。
「あまり人の部屋をじろじろ見ないでくださる? あなたにはこのポーズを取ってほしいの」
そう言って見せたのは彼女がさっきまで描いていたマンガだ。問題のコマを指差している。
「俺がこの男のキャラと同じポーズを取ればいいんだよな? ていうか……」
パラパラとページをめくる。下書きの段階だが、身分違いの恋愛劇が繰り広げられている。
「いいんちょってお固いと思ってたら、こんなの描くんだな」
「ちょ! 勝手にほかのページを見ないでくださる!? とにかくそこに立ってポーズを取ってくださればいいから!」
そう言って壁に掛けられた鏡を指さす。はいはいと生返事をしながら同じポーズを。
「うーん……男性キャラのほうは描けるけど、女性キャラのほうがいまいち描けないのよね……」
片目をつむりながらペンを立てる。
「こうなったら私もポーズを取るしかないわね」
真壁の前に立ち、自分も同じポーズを取っていく。
「いい? あなたのような汚らわしい輩の手を取るなんて嫌だけど、今回ばかりは大目に見てあげるんだからね!」
「それは別にいいけど……この状態でどうするんだ?」
「あなた何を言って……あ」
真壁が顎で鏡のほうをしゃくったので、その方を見る。そこには制服姿のスカーレットが立っているが、顔と手が映ってない。
古来より、鏡は邪悪な存在は映さないもの。吸血鬼もまたしかりだ。
「ぬかったわ……! でもこれなら!」
手袋をはめ、包帯で顔全体を覆うように巻く。
「これでどう!?」
今度はハッキリと映った。すかさずポーズを取る。
「これでバッチリだわ!」
「…………」
「な、なによ? なにか文句でもあるの?」
「や、ポーズ取ったままどうやってデッサンするのかと思って」
「あ……」
「いいんちょって、もしかしてポンコツだったりするのか?」
「う、うるさいわね! あと、委員長って呼びなさい! なにか別の手を考えないと……」
ぶつぶつとこぼす彼女に真壁が声をかける。
「なぁ俺に考えがあるんだが」
――――十分後。
「それでボクが呼ばれたってわけだね。オッケー! モデルになるよ☆」
事のあらましを聞いたヴィクトリアがウインクを。
「ちょ、ちょっと! 真壁さん! ヴィクトリアさん連れてきてどういうつもり!?」
「しょーがねーだろ。モデルがもう一人いないと描けないわけだし」
そういわれてはぐぅの音も出ない。
それにモデルのキャラである侍女の背丈はヴィクトリアとちょうど同じだ。
「……あなたの言うことももっともね。しかたないわ。とりあえずふたりでポーズを取ってちょうだい」
ふたりは鏡の前でポーズを取る。そこへスカーレットが手や顔の向きを細かく修正していく。
「手はそこへ、目線はもうすこし下に……そう、それでいいわ! そのまま動かないで!」
ペンを手に取ると、素早くネームに下書きを描きつけていく。
「えへへ、なんだかこうしてると恋人同士みたいだねっ。ボクたち」
「ま、まぁな」
指示されたポーズを崩さないように侍女役のヴィクトリアの顔を見つめる。
三つ編みの赤毛をした少女は何の疑いもなしにまっすぐこちらを見つめていた。
……よく見たら、こいつカワイイんだよな……。
「魔界じゃなかったらよかったのに……」
そうボソッと呟く。
「ん? なにか言った?」
「あ、いやっ! なんでもない!」
「そこ! 動かないで!」
スカーレットに注意され、元のポーズを取る。そうなると当然ふたたびふたりは見つめ合う形となった。
「良い! すごく良いわ! とても良いポージングよ! 手首の角度といい、腰のひねりといい、こういう見事なポージングを出せるなら私の作品は間違いなく傑作になるわよ!」
部屋には興奮気味なスカーレットのペンを走らせる音がするだけで、そのままコチコチと時計の針が時を刻む。
ポーズを取るふたりに限界が来ようとしたとき――――
「出来たわ! 会心の出来よ! もうポーズはいいわ」
やっと解放されたふたりは腕を伸ばしたり、腰を回したりとストレッチを。
「やっと終わったか。けっこーキツいな……」
「でも楽しかったよっ。ボクは!」
「ありがとう! あなた達のおかげよ! どうかしら? このコマ」
未完成だったコマには殿下と侍女のふたりが抱き合うシーンが下書きながらも躍動感溢れる場面となった。
「おお! 上手いな!」
「さっすがいいんちょ!」
「委員長と呼びなさい! さて、あとはペン入れね。あとは一人で出来るからもう結構よ」
ほくほく顔の委員長に別れを告げるとふたりは部屋を出る。
「いやー楽しかったね☆ またモデルの依頼来ないかな?」
「……俺はもういいかな」
また変な気分になりそうだしな……。
「なんでさ!? 生徒の願いをかなえるのも生徒会の立派なお仕事なんだよ!」
はいはいと手を振って部屋に戻る真壁の背中を見ながら、ヴィクトリアはぷくーっと膨れっ面を。
「もういいよ! イタルのわからず屋!」
ふんっとそっぽを向き、自室に戻ろうとした時――――
ヴィクトリアが自らの胸に手を当てる。どくどくと心拍が早くなっている。
「あ、あれ? ボク、どうしちゃったんだろ……?」
気づけば頬も紅くなっていた。それこそ熱を帯びるかのように。
「ボク、熱あるのかな……?」
初めての感情に戸惑いながらもヴィクトリアは自室へと歩き始めた。




