九話:望まざる進展
「さて、三つの方針ですが、
第一に、彼女と関係者の保護です。
第二に、各組織は、政府の直轄組織として再編成されます。
第三に、天晴をこちらの世界で潰します。
以上です」
画面の男が再び話し始めた。
「そういうことか」
女性が納得する。
「自分の期にこんな日が来るとはね。
では、もう少し状況を教えてください」
男は何かを諦めた様に答える。
「まず、彼らの目的はエルフのサンプル入手ということです」
「彼女はエルフでは無いのだろ?」
「そうです。 ただ、エルフ遺伝子を持っている。 それを見つけたいのです。
そして、おそらく、研究用に繁殖させるのでしょう。 その為には、彼女を早く手に入れたい。
その先にあるのは、彼らが転生を望んでいないということです。 永遠にこちらの世界で生き、支配するつもりです」
「向こうの世界の非道極まり無さをこちらの世界でか」
「今も向こうは転生を繰り返すためのバッファーですからね。 ある意味やりたい放題、もしくはてきとうかもしれません。 なので、同じで済めばいいくらいかもですね」
「そんなこと”人類”が許すわけがない。 だから、今回の話か」
「そうですね。
とはいえ、彼女は突然現れましたから、さすがに準備が間に合っていないのでしょう。
完璧な慈善団体を数百年装い続けた組織が、あっという間に反転してテロ組織です。
千載一遇なら、強引にでも動き出すしかなかった。
初手が、チンピラレベルの部隊での誘拐ですからね」
「確かに、なりふり構わずだな」
「それでも、先んじることで勝算があると考えたのでしょう。
まさかの誤算が、あの少年ですね。 見事に出鼻を挫いてくれた。 うちのエースが間に合わないところでしたから」
「何者なのですか? タイミング的に偶然居たとはとても思えない」
「まさか勇者様? それとも、賢者様」
「可能性はあるでしょうね。 急ぎ調査中です。
その方々が向こうの世界で復活すれば仕掛けるはずでしたから、こちらの世界で決着を付けるにも、ぜひ居て欲しい。
天晴の力は強大です。 巨大テロ組織だけでなく、どこかに地下帝国が存在するとも言われています。
さらに、もし協賛した国の軍隊も使うようであれば、こちらもあらたな同盟を組んでの世界大戦です。
その前に、決着を付けなければなりません」
「先に、向こうの世界をってのはやはり無理なのですか?」
「時間的に比較にならないです。
数日で結果を出して、それをこちら側に知らせるなんて」
「数十年かかりますものね」
「そりゃそうか」
「ましてや、先ほど申しました様に賢者ガーフも勇者サイトリムも見つかっていない。
双方準備が全く整っていないのなら、大国を味方にできる我々が有利なはずです。
既に、即動できる戦力を手配してもらっています」
「つまり、こっちであいつらを倒せるチャンスが来たと思えってことか?」
「そういうことです。
天晴は、この世界への貢献は本当に非の打ち所がない、世界へあらゆる奉仕をするだけでなく、あらゆる国際問題の解決に取り組む、
巨大な組織として作り出す莫大な利益のほとんどをそれらに充てる。 全てを認め賞賛されて当然です。
しかも、テロ組織も地下帝国も事実関係は全くない。向こうの世界では同じ組織でしょうに……。
今までは、彼らに手を出せば悪となり全世界が敵となったでしょう」
「あちらの世界の最恐悪だなんて、こちらの世界に関係ないですからね」
「それでも、正体を知ってる者達はいつか彼らが牙を剥くと考えていた。
百年先だったかもしれませんが、彼女の出現が全てを変えた」
「先達に報いる事がようやくできます」
「双方の世界の平和の為に、なんとしても天晴を終わらせましょう。
ちなみに、お聞きになっているかもしれませんが、世界市場は動き始めています。
天晴をインサイダー認定したいくらいです。
それでも、どっちが勝つかの読みあいですから今のところ一進一退、週明けにどうなることやら。
とりあえず、金は買っておくといいかもしれませんね。 インサイダーとしては出遅れですし、天晴に抑えられるよりいい」
「ううむ、もう動いてるなら仮想通貨は売っておこうかな。残念ながら赤字だが。 いや、こっちはまずいか」
「そうですね、戦いが始まれば情報系インフラはかなり止まるでしょう」
「やれやれ、それじゃ、天晴傘下に入りたくなる国の気持ちもわかるな」
「人質が多すぎますね。 だからこそ、戦う必要があります」
「さて、今日はここまでです。
緊急事項があれば招集しますので、まずはお部屋でおくつろぎを」
すぐに会議参加者達はSPを伴って会議室を後にした。
「賢至くん、ご意見いただけますか?」
画面の男が問いかけた。
「学校はもう固めてあると思うが、米国の部隊を借りれるなら回してくれ。
あと、ワラシア達との閉じた連絡ルートを作ってくれ」
「了解しました」
画面の男が、そう答えるとモニター表示が消えた。
この時、地下の駐車場に止まる守護達を送ったセダンの中で、少女がノートパソコンの画面を閉じて「行きましょう」と運転手に告げた。
守護達が連れて来られたこの建物は、ツインタワーになっており、プールのある棟とは別な棟が全てホテルとなっている。
そこにシークレットな部屋がいくつか存在し、守護達にそれぞれ一室を与えられた。 由美香の部屋は特に警備を厳重にできるVIPルームだ。
さらに、屋上にはプールでは無く庭園がある。
展望用デッキと展望レストランに囲まれており、外からは見えない中庭だ。
ところどころに木々や植物が植えられ、中央部分には小さな池があり周りにベンチが配置されている。
なお、守護達は部屋に通された後は指定区域でのみ行動自由となった。 指定区域とは部屋と庭園、およびその二つを結ぶ通路のみだ。
日が沈み星が見え始めた頃。
池に近いベンチの一つに星空を眺める由美香の姿があった。 SP達は出入口等に張り付いている。
少し離れた位置にいた守護が由美香に近づいて声をかけた。
「大丈夫そうだ」
自分も周囲の様子を確認していたのだろう。 護衛は継続中だ。
「ありがとうございます」
「そろそろかな?」
エルフ姿に戻る頃合いについてだ。
「はい。 もう少しだけお星さまを見たら部屋に戻ります」
「了解だ」
「あの」
「なにかな?」
「あの、あなたの今のご両親は?」
「突然だね。
俺に親はいないよ。
ずっと施設で暮らしてた」
「あ……ごめんなさい」
「かまわないよ。 中身おじさんに親はそれほど必要ない。
施設は倉田園って言うんだけど、前に賢至が言ってた倉田生体科学研究所の付属なんだけどね。
親代わりは研究所員の道仙まゆみさんで、学校関連で必要な時だけ来てくれるんだ。
あと、ついでだから賢至にもうっかり聞かない様に教えてあげるね。
彼のこちらでの御両親は事故で亡くなってるんだ。
今は、なんと向こうの世界の奥さんの一人と暮らしてる」
「あ」
今度の”あ”は、賢至関連の文字数に含む情報量の多さに呆気に取られたのだろう。
「俺達より先に転生してるんだ。 さらに、賢至の奥さんは向こうに二桁居るらしいし、親族やら弟子やらもけっこう来てるらしいけど、接触できないから俺もぜんぜん把握してない」
「え」
もう、どうにでも成れと言った感じか。
「勇の家は普通なので、特に説明無しで」
「あ、ええと、はい。
で、では、有栖川さんとは……」
由美香は、話を逸らすかの様に春子の名前を出した。
「春子?」
「仲よろしいですよね? よく噂になってます」
「ああ、幼馴染だからね」
「彼女も転生された方なのですか?」
「いや、彼女は違うよ。 幼いころ彼女も一緒の施設だったんだ。
詳しい話はしないけど、彼女が引き取られた先が近くてよく一緒に居たよ。
まぁ、俺にとっては娘みたいなもんだけどね。 娘持ったことないけど。
ちなみに、君のお母さんも娘みたいなもので、君は孫っていうか、やっぱ娘かな」
「娘、ですか……、有栖川さんに恋愛感情とか無いのですか? とても素敵な方です」
「う~ん、成長を見てきた娘だからなぁ。向こうもせいぜい変態の兄くらいにしか思って無いでしょ。 まぁ、たまにエロい目で見るくらいはあるか」
「質問を変えます」
「ちょっと怒ってない?」
「彼女が欲しいと思わないですか?」
「思って無いよ。 遠からず向こうに還る身だからね」
「そう……ですか」
「俺はね、たぶん絵野沢さんが思っている以上に人間じゃ無いんだよ。 たぶんこういう会話が成立しないくらいにだ。
絵野沢さんこそ、モテモテなのに彼氏作らないのは、やっぱり体のせいかい?」
「そうですね、普通の方に理解してもらえる、いえ、対応できるとは思えないですから……それに、男の子とはほとんどお話しした事が無いんです」
「そか、じゃぁ勇はどうかな?」
「え?」
「あいつはね、あっちには戻らせたく無いんだ。 賢至も同意見だ。
そして、春子のことが好きすぎて一途なんだけど、ずっとフラれまくってる。
あんなに優しい奴いないよ。 しかも、顔もいいし、頭もいい、絶対医者になれるまである。 ああ、魔法もたぶん使える」
「あのっ」
「はい。 ええと、またちょっと怒ってる?」
「勇さんが振られるのは……」
「え? 俺達三人同列の変態扱いだからじゃ?」
「たぶん、みんな知ってます」
「何を? だからと言ってどうもならんけどね」
「それでは、私はどうですか? 胸はぜんぜん無いですけど」
「は?」
「私、お母さんには言えないですけど、ずっとエルフみたいな姿が嫌でした。
お母さんが自責の念に苛まれているのも見ましたし、色々と負担を掛けてる事がずっと辛かったです。
……私、小学校も中学校も通って無いんです。お母さんが、魔法を習って来てくれて、ようやく高校には通える様になりました。
でも、お母さんの負担がまた増えてしまいました」
由美香は、話を遠回しに進めるようだ。
「本人、負担とは思って無いだろうけど、大変だよね」
「そうですね。
それで、入部をお願いしに言った時ですけど……、
扉の前に立つと、皆さんがエルフについて話す声が聞こえて、入部を止めた方が良いかもしれないと迷いました。
皆さん、変な噂のある方々なので本当に怖かったです。 クラスの皆さんにはものすごく止められましたし。
それでも、頑張ってくれているお母さんの為と思い切りました」
「そんなに……」
「でも、中に入ってお話をすると、すぐに良い人たちなのはわかりました」
「うん。 でも、やっぱり変な奴らとは思ったよね?」
「ええ……それは、そう……ですね。
そして、今日までいろいろな事があって、エルフがもっと嫌になりそうなのに、なぜか良かったと思ってる自分が居るんです」
「ほう」
「あなたに、逢えたから…………あ、ドキドキしすぎちゃったみたいです」
由美香の耳が伸び、髪の色が代わり光を拾って金色に輝く。少し遅れて黒瞳の色が薄れ青が増す。
「あ、え?」
「さっきのエルフの事を話して居る時のことですけど、あなたが……
”ただ、ひたすらに、代えがたく、エルフがいいんだ”
って」
「あ」
「あの時は、とても怖かった台詞ですけど、今は心の支えです」
「ええと、よくわからないが?」
「わたしと、お付き合いしていただけませんか?」
由美香が、顔を上げ守護と目を合わせる。
「あ……ええと、さっきも言ったけど、俺は居なくなるのが決まってる」
守護は、目を逸らしてから答える。
「はい、理解しました」
「娘にしか思えないが?」
「はい、理解しました」
「それでも?」
「だめですか?
やっぱり今でもお母さんが好きなのですか?」
「あれっ? いや、それは無い、よ。
そうだな、正直に言うと、俺は君のお母さんのお母さんにあこがれてた。
だから騎士団に入って努力して、近衛にしてもらっただけで満足できるくらいに。
ん、いや、向こうの世界の話ね」
「は……い」
「その人に頼まれたんだ娘を守ってくれって。
そして果たせず。
そんな後悔の念を引きずっててすぐにでも戻りたいとしか考えない俺に、この世界に居る意味をくれた。
君を守ってくれって。
だから、こちらに居る間は、君を守ってくれる者が現れるのを待ちつつ、それを果たす事しか考えていない」
「そう……だったのですね。
ごめんなさい、母のこと……。
でも、守っていただけるなら近くに居てくれますよね。
私、まだ頑張れそうです」
由美香は、現状維持で引き下がった様だ。
「おお。 じゃ、仲良くやっていこう」
「はい」
「あ、お迎えが来たようだ」
「あの、またお話してください」
「もちろん。 気軽に声掛けてくれ。
俺みたいなのが、こんな可愛い子とお話しできるなんてそうそうないから、ほんとにありがたい」
守護は羽織っていた上着を由美香の頭に掛けた。
そのまま由美香を迎えに来たSPに任せ、手を振って見送る。
由美香の姿が見えなくなって後ろを振り返る。
「お前も、こちらに残ればよい」
声の方、木の陰から出てきたのは賢至だ。
「聞いていたのですか?」
「お前も勇も、戻ってもただの一兵卒にしかならん。
戻るのはわしだけでいい」
「俺に迷いは無いですよ」
「そうかのぉ、惹かれておるじゃろ」
「めっちゃ可愛いですからね。
しかも、あんなにぐいぐい来られると……」
「状況が不安を煽ってるのじゃろう」
「あなたが、いろいろ教えたからじゃないですかね」
「この状況を予想してじゃ」
「まぁ、俺があなたに意見できるとも思えないですけど、それでも、向こうに戻ればエルフ万歳じゃないですか」
「エルフは貴様など相手にせんがな」
「それを言っちゃ……」
「それに惹かれているのは、この世界、今の平和なくらしについても……じゃろ?
まぁよい。
……じゃが、結論は思っているより早く必要になるやもな」
「何か、わかりましたか?」
「ああ、どうやら、こっちで決着を付ける事になりそうだ。
しかも、急がなければ、その後に想定されるのは世界大戦だ」
「最悪じゃないですか?」
「それまでに勝てるなら、最善じゃよ」
「犠牲者数ってことですよね?」
「ああ、単純な人数が段違いじゃ」
「それで、俺や勇はどうすれば?」
「さて、エルフちゃんの件、もう少しお前の背中を押そうかの」
「は?
いや、それはもう……」
「お前の心残りは姫を守れなかったことじゃろ?
だから、やつは転生させた姫を守れるようにその体を与えたのじゃ。
そして今、その姫に娘を守れと命じられた。 それを果たすことこそ、お前の役目では無いか?」
「なっ」
「我らとの約束は破棄でよい。
じゃから、お前の心の縛りはもうないぞ」
「ありがとうございます。
それでは、彼女のためにこちらの戦争に参加いたします」
「頭が硬いのう、一緒に逃げるくらいしてくれんと面白くないじゃろうに」
「俺は、あの人を信じてますから、今度は勝てると」
「そうか、じゃぁ、これを伝えても平気じゃな」
「なんですか?」
「母親を、やつらに引き渡したそうじゃ」
「ど、どういうことでしょう?」
「転生者を特定させないと、血縁を遡って狙われる。 しかも、父親側もだ」
「あぁ……そんな」
「実際、本命は母親になるだろうと、ずっとガードを貼り付けていたくらいじゃ。
向こうの本気が見えた時、仕方が無かったのじゃろう。
引き渡すときに、それ以上望まないことを条件にはしたらしいが、それでも、あれほどに色濃く出たエルフちゃんも当然欲しいだろう」
「戦う前に、もう、負けてるのですか?」
「いや、向こうが先手を打ってきた。 それに応じた手の一つじゃ。 もちろん、わしらをここで保護したのもな。
順に打ち合うようなルールも無い、双方、既に何かしら動いてるはずじゃ。
お前は、特に指示が無ければ、とにかくエルフちゃんを守れ」
「了解した」