七話:襲撃
翌週、金曜日。
いつもの様な帰り道、守護と由美香が駅へ向かう途中。
「あの?」
由美香がおもむろに守護に問いかけた。
「どうした?」
「向こうの世界に還るというのは……」
「うん?」
「……死ぬって……事ですよね?」
「気付くよね。 そうだよ、時が来れば俺は自決する」
「どうして……」
「どうしてそこまでするか?……なら、その為に転生してるからね。
そうでなければ、俺はここに居ない」
守護はたんたんと答える。
「そうですけど……」
その時、目の前二十メートルほど先に侍に見える三人が並んで立っている。
明らかに一般人ではない。 コスプレで通るのだろうか、得物がリアルっぽくて張りぼてに見えない。
今、真ん中の侍が守護と目が合うと同時に歩き出した。他の二人も追随する。
「別な道を行こう」
守護は、由美香に声を掛けて手を引く。
少し戻って横道へ入る。道幅は三メートルほどだ。 五メートルほど進んで電信柱の横で止まる。 振り返って、由美香を背の方に回らせて立つ。
すぐにさっきの三人が角を曲がって来た。 守護を見て止まる。 三人とも手にしていた刀らしき得物を鞘から抜かずに構える。
皆、三十代くらいの屈強な感じの男達だ。
「この先へ誘導する気だったか?」
守護が三人に向けて問う。
「どっちでも構わんさ」
侍の一人が答え、一歩前に出る。 視線が守護からわずかにずれた位置に移る。
守護は、その視線の先にゆっくりと目を向ける。
「意外と近くに居たんだな」
道の奥側から、十人ほど、やはり同様のコスプレをした者が近づいて来る。 伏兵だろう。
「お嬢さん、一緒に来てもらえるか」
先ほどの侍が要求する。
「このこが大人気なのはわかるが、あんたらみたいな変なやつらと一緒に行かせる訳にはいかんなぁ」
守護は、由美香を電信柱の陰に押しやりつつ、睨みを利かせる。
その時、この横道へバイクが一台曲がって来た。
三人が避けるべく左右に散る。 そのまま守護の横を通り過ぎたところで止まり、乗っていた者が降りた。
ヘルメットは普通だが、ツナギはどこかの変身ヒーローの様な出で立ちだ。
「また、増えやがった。 ここは、コスプレ会場かよ」
守護がぼやく。 今、コスプレ、イコール敵と認識している。
「なんだこいつ」
侍の一人が苦情を漏らす。
しかし、バイク男は、奥側へ歩き出すと片手をかるく上げた。
「任せろってことか? 味方なのか? じゃ、とっととこっち片付けるか」
守護は、なんとなく解釈して、動く。
侍たちも、動く。 三本の鞘付き刀を重ならないように同時に振る。
守護は、振り下ろすより先に近づき、左右からの刀は持ち手を掴んで止め中央は蹴り足で止めると、そのまま押し切って倒す。
「なんてぇ力だ」
倒れた侍が苦鳴を漏らす。
体制の崩れた三人から刀をもぎ取って、真ん中の侍の眼前に突き付けて言う。
「このまま帰るなら警察沙汰にはしないけど、もし続けるのなら、二度と戦えなくなるくらいは覚悟してくれ」
「いいのか? 俺達は敵じゃ無いぞ」
侍は、焦った様に交渉してきた。
「何を今更」
守護は、呆れた様に返す。 視線は、奥の方を見ている。
「引くぞ」
侍は奥の方をチラっと見てから、他の二人に合図した。
三人はなんとか立ち上がると、急ぐように道を戻って行った。
「こっちは終わったが、お前何者だ?」
バイクの男が、近づいて来て守護に問う。
「ええと、それはこっちが聞きたいんですけど? こっちは、どう見てもただの高校生でしょ?」
「聞きたいのはそういうことじゃ無い」
「つまり、あんたもこのこを狙って来たと?」
「あんた”も”?か。 まぁそうなんだけど、話を聞いてくれないか?」
「その怪しい格好でか?」
「ほんと怪しいわよねぇ」
守護の言葉に習う台詞は、大人の女性、妖艶な感じの声で聞こえた。
声は、道の入口側から聞こえ、三人の視線がそちらを向いた時、声の主らしき女性が現れた。
「え”え”~」
守護は呆れたを通り越して諦めの様に声を漏らす。
女性の姿は、顔は化粧が少し濃いめだが間違いなく美人で、大きな胸のあたりが谷間を目立たせるように開いた妖艶なワインレッドのドレス、そしてタイトなロングスカートの先のフリルと大きなスリットがさらに目を引く。さらに、ウェーブの掛かったピンクのロングヘア-に大きな花の髪飾りまで付いている。
さらに、手には大きな鎌を抱くように持っている。 さっきの侍の刀のように、張りぼてには見えない。
「助けに来ましたわ」
女性は、そういうことらしい。
「要らないです。 もう大丈夫ですから、お二人ともお引き取りを。 ご心配をおかけしてすいませんでした」
そう、今撃退した。 ただ、現状、バイク男の立ち位置がどっちか不明だが、鎌女の方がよっぽど危険に見える。
だから、守護は、社交辞令的に答えては見たものの、警戒を解けないでいた。
「お姉さん、こいつそうとう強いんで、共闘しないか?」
バイク男が、鎌女に提案する。
「あんた誰? でも、そんな強化服着たやつが……言うのなら」
鎌女は、さっきのバイク男の戦いも見ていたのだろう、一考している様だ。
「とりあえず、その銃で撃ってみればわかるよ」
「じゅう?」
守護には、銃がどこにあるかわからなかった。 鎌女の衣装に隠せそうな場所が無いからだ。
「兄ちゃん。 ゴム弾だが、当たると痛いぞ、うまく避けろよ」
「バレてるとはね」
鎌女は、鎌の刀身を外すと柄の端に合体させて、少し形を組み変えた。 そのまま柄の反対を守護に向ける。
ブシュッという音とともに柄の先から煙の様なガスが微かに噴出した。 高校生相手に躊躇なく撃ったのだ。
同時に、守護の目の前でゴッと小さく音がした。 守護は、さっきの侍から取り上げていた刀を振った様だ。
「うそ?」
鎌女が、驚きを口にした。
「ほらな」
バイク男が自慢げにつぶやく。
「あんた達、やっぱりどっちも敵ってことだな」
守護は、怒りの目で二人を睨む。
「なんてこと……でも、共闘はしません。 もうわたくしの援軍が来ましたから」
鎌女は守護の実力を見ても、バイク男の提案を蹴った。
「なに?」
バイク男は、援軍の部分を聞いて辺りを見回す。
通路の入口に”ザッ”と音がしたようなイメージで、十人ほどの女性が現れた。
どこかで見たような様々な衣装のコスプレ軍団だ。 手には、既に銃化した武器を構えている。
「いいかげんにしてくれ」
守護は頭を抱えた。
そして、由美香の手を取って通路の奥へと後ずさる。
「ええと、兄ちゃん、共闘する? 少なくとも、その姉さんは黙らせてやるよ。 要らないなら、俺は帰るけど。
ちなみに、俺は話をしに来ただけだ。 今日はね」
バイク男は、今度は守護に共闘を提案する。
「ああ、わかったよ。 飛び道具相手だし、的が増えてくれるだけでもよしとしよう」
「承知した」
「この数に対してその余裕、あんたが何者なのか気になるけど、まぁどうでもいいか」
鎌女は守護を気にしつつも本命は由美香なのだ。
「そうかい。 じゃ、俺にも一言言わせてもらう」
守護は、刀を手で遊びながら強い口調で言う。
「何よ」
「今引くなら追わない。 やると言うなら覚悟しろ、全員…………パンツ履いて帰れると思うなよ」
「どういうこと?」
鎌女が、聞き返す。
「ぇ?」
同時に由美香が、小さく反応していた。
「今のを解説させるのか……まぁいい、生きて帰れると思うなよって言いたかったけど、生き死にの戦いじゃ無いし、そっちのお姉さんのミニスカが気になってつい言っちまったのさ」
「変態か」
鎌女が、ゴミでも見るかの様な表情でつぶやく。
「そうかもな、だが、言ったからにはやるよ、俺は。 ……なんかわくわくしてきたのは秘密だ」
守護は絶対の自信を持って言い放つ。そして、言わなくても良い事も口走る。
「はっはっは、いいねぇ。 俺、兄ちゃん気に入ったよ。 俺、ツインテールの子二人分をもらうよ」
バイク男も、同類らしい。
「おーけー。 じゃ、始めようか」
守護は、刀を右手一本で持ち、相手に突き出すように構える。 誰かを選んでいるかの様にゆっくりと横に流す。
バイク男は、ツインテールの近いほうに向けて悠然と歩き出す。
「待って、ちょっと待って。 わかりました。 今日は引きます」
鎌女が慌てる様に制止する。
「今更おせぇ」
守護が、少し凄みを聞かせて応じる。
「全員撤退、速やかに帰りますよ~」
鎌女は仲間たちに指示をすると、鎌の形態に武器を戻しながら通路の出口の方へ速足で歩き出した。
付き従うコスプレ女達が小声で、怖かったとか、二度と会いたくないとか、あんな変態始めてみたとか、ぶつぶつ言ってるのが聞こえた。
「そうとう効いたみたいだな、パンツ」
バイク男が感嘆の言葉を守護にかける。
「いや、あんたがこっちについたからだろう。 その装備、偽物の銃じゃどうしようも無さそうだ。 あの人数相手に刀を全部避けたとも思えない。
最初に共闘断ったのも、俺に勝っても、その後あんたに勝てなきゃ意味が無い。
そもそも、出てきた時点で戦力の計算間違ってたみたいだしね。
だから、引き下がるきっかけになるかと脅してみた。 女性ばかりだったし、たぶん嫌だろ、こういう気持ち悪いやつ」
「関心するよ。 流れ弾が万が一でもその子に行かない様にするには、戦闘自体が無いのが一番だもんな」
バイク男はヘルメットを脱いでから賞賛の言葉を付けた。
「大丈夫だった?」
守護は、バイク男の言葉は無視して由美香に尋ねる。 既にいつもの柔らかい口調に戻っている。
「はい、大丈夫です」
「怖かったよね」
「いえ、今日は、そうでも無かったです」
「そか、なら、ちょっと待ってね」
「はい」
「で、話とは?」
守護は、あらためてバイク男に向き直る。 そう、バイク男は話をしたいと言っていた。
その時、守護のスマホが鳴った。
「どうぞ」
バイク男が、出る様に促す。
守護はスマホに出た。電話の相手はわかっているようだ。
「は?
…………
こいつと?
…………
絵野沢さんも?
…………
だって、時間が……
…………
本当だろうな?
…………
行けば賢至達も居るんだな?
…………
了解した」
「どうした?」
バイク男が聞く。
「車が来るから、それに乗ってあんたに付いて行けと言われた。 あ、車はお宅のでは無く、こちらで手配したって」
「ほう。 兄ちゃん、いったい何者だ?」
「平和高校二年、異世界転生研究部、部長、道仙守護。 今は、この娘の護衛を兼務している」
「なんじゃそりゃ」
「あ、あの……」
由美香が、守護の袖を引きながら問いかける。
「どうした。 あ、時間の件だけど、君も一緒にこの男に付いて行く様にって、お母さんには別途連絡してあって、あの事も気にせずにって」
「あの、それもですけど、あの……部の名前……」
「部の名前?」
「部の名前……異世界転生……妄想部じゃ無かったんですか?」
「はい~?」
聞き返す守護の語尾が上がる。
「ずっと、そう思っていました。入部届けにも……すいません」
「まぁ、どっちでもいいんだけどね。たいしてかわんないし、みんな、そう言ってるもんね」
守護は、苦笑いで答えた。入部届けは誰も気づいてなかったらしい。
その時、気付いて指をさす。
「車ってあれかな。 早いけど」
大き目の黒いセダンが通路の入口を塞ぐように横付けされた。
前のドアが開き、メイド服姿の人形、いや小学生くらいの女の子が降りた。
「こちらへ」
後部のドアを開けて手招きする。
「あれみたいだね」
守護は、由美香を先に行かせる様に誘導する。 警戒すべき優先順位はバイク男の方なのだろう。
二人が乗り込むと、車は通路を開ける様に動いて一旦止まる。
バイク男も、どこかへ連絡していた様だったが、すぐにバイクを発進させる。 奇麗にターンさせて通路を出てくる。
車は、男のバイクが前方に出たところで追跡するべく発進した。